二十五

文字数 1,220文字

 翌朝、劉建をホテルの前で待たせ、ハダケンゴはラウンジで一人コーヒーを飲んだ。島の北側にあるホテルの支配人から、この島に住む日本人の噂を聞いた。名前も素性も知らないが、二十年ほど前にふらりとこの島に流れ着き、今は島の南側の村に住んでいるという。月に一度、ホテル近くのバス停に立っているのを見たことがあり、たいてい四角い板のようなものを抱える姿が印象的だったという。しかし、その男の情報はそれっきりで、街のどこへ行っても目撃情報はない。恐らく島の北側と南側とを行き来するだけで、他に一切立ち寄ることが無いのだろう。この島の南側に一体何があるというのだろうか? 南側に行く前に一度、地元のバス会社に行ってみることにした。
 バス会社はすぐに見つかった。プレハブ小屋のような事務所に、現地採用の女が一人いるだけで、その女は何も知らなかった。本土の会社が所有する一台のバスが、日にニ回、島の北側と南側を往復している。運転手は基本一名、午前に一度、長い昼休憩の後、午後に一度往復する。バス停と呼べるようなものはなく、乗りたいと手を上げれば乗ることができ、乗客が降りたいと言えばその場で降ろす。この島の時間の流れは緩やか過ぎる。特に日本人であるハダケンゴには、どうにも馴染めそうにない。膝の上で何度指を叩いたかわからない。
 昼を二時間過ぎた頃、小太りの眼鏡をかけた男が事務所に戻ってきた。白い短パンとアロハシャツ姿で、日焼けした顔は、どう見ても地元のチンピラにしか見えない。そんな男が運転するバスに乗るなんて、どこに連れて行かれるか知れたものではない。ハダケンゴは劉建に通訳させて、男に話しかけた。
「この街に来る日本人について聞きたい。島の南側に住んでいる男だ」
 男がハダを見て、眉をひそめた。
「知ラナイネ、アンタ、日本人カ?」
「そうだ。南側から来る日本人の男を探している。教えてくれたら、謝礼ははずませてもらうが」
 男が首を横に振った。
「ホテルで聞いた話だが、その男はホテル前のバス停から月に一度バスに乗るって話だ。乗せたことあるだろう?」
「ソンナコトモアッタカモ知ランガ、イチイチ覚エチャイナイ」
「だが、この島じゃ、日本人というだけで珍しいはずだ。本当は知ってるんだろう? 頼むから教えてくれないか」
「ソノ男ガドウシタト言ウンダ、何故探シテル?」
「そんなことはアンタには関係ないはずだ」
 男が鼻を鳴らした。
「ナラ、話ハ終ワリダ。帰ッテクレ」
 ハダケンゴが溜息をついた。
「ところが、そうはいかないんだよ」
 腰に手を回し、銃を突きつけた。
「ナンノ真似ダ?」
「こちらは本気なんだ。力ずくでも話してもらわないと困るんだよ。さあ、痛い目にあいたくなければ話せ」
 劉建が銃を見て声を上げた。背を向けて、自分の車の方に逃げ出す。ハダケンゴが劉建の背に向けて発砲した。弾は劉建の腕に命中し、叫び声を上げた劉建が地べたに転がった。
「ワカッタ、ワカッタヨ、ダカラ撃ツナ」
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