文字数 955文字

 ムラナカリョウジは広域指定暴力団北陽会の舎弟頭で、組織のナンバー3である。大学の薬学部を出たインテリで、組織の麻薬取引を仕切っていた。薬物の成分や塩基配列にも詳しく、新種のドラッグの研究や製造なども自ら指示を出す程だった。それ故、同じ組織内に親しい者もなく、ハダケンゴ同様単独で立ちまわることが多かった。ハダケンゴとは初めから馬が合わなかった。ハダは多様なビジネスに精通し、義理を重んじるタイプだった。旧来より繋がりの深い台湾黒社会との取引を重視したのに対し、ムラナカはその逆で人間関係に信頼を置かず、ブラッドの入手ルートに関してもハダの忠告を無視し、香港ルートに切り替えようとした。一時は敵対しかけた香港の組織と、ハダという共通の敵を作り上げることで関係を修復し、現在のブラッドを巷に供給している。以前は目立たぬように捌いていたものを、急速に販路を拡大するようになったのは、ある男が現れてからだった。人を信用しないムラナカだったが、唯一、ヒラノカズヒロという男を傍に置くようになった。この男はがっしりとした体格と短髪、その体育会系の容姿とは異なり、ムラナカ同様に高学歴で、語学も堪能だった。ヒラノが居なければ香港の組織との取引にこぎつけられたかどうかわからない。組織内でただ一人、信用の置ける男だった。ヒラノを信用した理由がもう一つある。それは、ヒラノの父親は地方の極道だったが、ムラナカは若い頃に一度世話になったことがある。それを覚えていたのだった。ヒラノは体に似合わずよく気が利いた。ムラナカが上着のポケットに手を伸ばすと同時に、ジッポーのライターで火を差し出した。周囲に目を配り、命じたわけではないが、ボディーガードを買って出た。よく出来過ぎたところが逆に気にはなったが、かれこれ五年の付き合いになる。
 実は近々、香港のシグマと二度目の大きな取引がある。末端価格にして数十億円というブラッドの取引だった。一度目の取引をハダケンゴに妨害され、損害を被った。その後、小さな取引を繰り返し、信頼を回復しようやく二回目の大きな取引にこぎつけた。資金は若頭のソウマケンイチからも出ている。失敗は許されない。組織のナンバー2であるソウマケンイチは高齢で、引退の日も近い。次の若頭になるために金と実績が必要だった。
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