二十八

文字数 1,764文字

 ショウの携帯電話が鳴った。アベヤスオからだった。慌てているのか、呼吸が荒く、早口だった。
「どうした?」
「わかりました! わかりましたよ! 今度のムラナカの取引の日が」
「何? 本当か! それでいつだ?」
「今週の金曜日の夜九時っす。場所は米軍基地のどこか」
「ムラナカが基地内に入るのか?」
「そうみたいです。俺らは基地の外でムラナカが出て来るのを車で待ちます。限られた者しか中に入れないみたいですから」
「ヤス、でかしたぞ。しかし、よく突き止めたな」
「はい。実はムラナカの運転手、ケンカで顔がボコボコになったみたいで、取引のメンバーから外されたみたいなんすよ。それで当日の横須賀までのドライバーを俺が代わりに任されることになりました。運転するだけですから、詳しいことはわかりませんが、時間と場所くらいは」
「そうか、しかし、よりによって米軍基地内とはな。お前らヤクザ者は基地内に入れるのか? ブラックリストに載っているはずだろ?」
「確かにそうなんすけど、聞いたところでは、基地の外から内に通じる抜け道があるんだとか言ってました」
「なるほどな。しかし、基地の中となると俺たちも自由に出入りできるわけじゃない。取引相手のシグマはどうやって中に入る?」
「それが、取引相手は米軍らしいですよ」
「何? 本当か? そうか、シグマの奴らは海上にいるんだな。よく考えたものだ」
「タザキさん、どうしてシグマが海上だとわかったんすか?」
「だってそうだろう? 奴らは国外からやってくるんだ。これだけ無防備な海岸線を利用しない手はない。この横須賀基地の周囲の海域に日本の船は入れない。米軍の船で入航し、外洋に出れば、これだけ安全な取引ルートはない」
「確かに、そうっすね」
「ヤス、感心するのはいいが、悪用するなよ」
「わかってますって、それじゃあ、俺、そろそろ電話切ります。今度会った時、また飯おごって下さい」
「わかった。お前も気をつけろよ。奴らと一緒にパクられたら、さすがに今度は助けてやれないからな」
 アベヤスオが通話を切った。ショウがすぐにサヤカに連絡を入れる。
「サヤカさん、横須賀の日時がわかりました。今週の金曜日、二十一時、場所は米軍基地内のどこか」
「え? 嘘でしょう? 米軍基地の中だなんて。奴らは米軍基地に入れるってこと?」
「奴らは、この日のために基地内に通じる抜け穴を用意していたようです。それに、奴らが取引する相手はシグマじゃない」
「それ、どういうこと?」
「米軍ですよ。シグマは米軍を仲介して取引をしようとしている」
「そんな、それじゃあ、私たちはどうやって・・・・・・」
 ショウが苦笑する。
「サヤカさん、そんな時のために私に協力を求めたんでしょう?」
「そうだけど」
「私に良い考えがあります」
「わかりました。私もこれから横須賀に向かいます。ただ・・・・・・」
 サヤカの声が急に小さくなった。
「先輩、本当にすみませんが、私が到着したら、先輩たちには、このヤマから降りていただくことになると思います。万世橋署の方には私から説明します」
「どうして? 我々との合同チームというわけにはいかないのですか?」
「ごめんなさい。上層部の方針なの。麻トリに先を越されたら、私の立場もどうなるかわからないし」
「立場ね」
「散々、情報だけ吸い上げて、何だよって思ってるでしょうけど」
「わかりました。サヤカさんがそこまで言うなら。でも、このヤマの背後に何か警察内部の事が絡んでいるんですね?」
「ご想像にお任せします」
「だけど、この取引、米軍基地内で行われることは確かです。どうやって、基地内で逮捕するつもりですか? まさか正面切って行くわけにもいかないでしょうし、公式に身柄引き渡しでも申し入れますか? その時点で取引は中止になるでしょうけど」
「そうね、向こうのポリスに逮捕してもらって、身柄を引き渡してもらう以外何ともしようがないわね。でも、この一件、米兵も絡んでいるとしたら、それも難しいかも」
 ショウが溜息をついた。
「サヤカさん、私が勝手に動くのは黙認していただけますか?」
「何をするつもりなの?」
 ショウが苦笑する。
「それは秘密です。今それを話してしまったら、プライベートでは済まなくなりますからね。私もこれから現地に向かいます」
 そう言って、ショウが通話を切った。
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