文字数 1,080文字

 東京、霞が関にある警察庁本庁。ホンダサヤカは警視になっていた。上海での出来事から三年が経ち年齢も二十八歳になった。今でも時々上海でのことを思い出す。ショウがホテルから抜け出して香港へ向かった時、タザキショウという一人の人間の真実に触れたような気がした。自分とは比べ物にならない生き方を目の当たりにし、熱していた心が醒めて行くのを感じた。住んでいる世界が違う。しかし、あれから三年の間、ショウのことを考えまいとすればする程、あの別れ際の胸の鼓動が蘇ってくる。額に汗が噴き出るような上海の夏。忘れることなんてできない。本庁に戻ってからは猛勉強の日々を過ごした。マキノは相変わらずむっつりと言い寄ってきたが、昇進試験を理由に断ってきた。おかげで本庁のキャリアとしては出世コースに乗ることができた。今頃、ショウはどうしているのだろうか。会ってみたい気もするが、怖い気もする。あの頃は、まだまだ子供扱いされていたが、私ももう二十八歳。立派な大人の女である。ミウラユキナとまだ続いていることは知っている。あの後、一度週刊誌を賑わせたことがあったが、気に留めなかった。今はショウへの憧れというよりも、ショウという人間の人生に興味があった。付き合うことができなくてもよい。タザキショウというミステリーの結末を見てみたい、そんな想いだった。サヤカは今、香港を拠点として暗躍する組織『シグマ』の実態を解明するために捜査を続けている。広域指定暴力団北陽会のムラナカリョウジに、シグマがブラッドを流しているという情報があった。シグマは四年ほど前に六本木で銃撃戦をした武闘派組織だが、それ以前にも大量のブラッドの原液を日本国内に持ち込んで、北陽会傘下の組員が逮捕されている。今、都市部を中心に広まっているブラッドは、シグマからムラナカに渡り、それが末端の売人に流れている。サヤカはショウに出会ってから、特に麻薬絡みの捜査に情熱を傾けてきた。警視庁に出向した時、初めて本格的な捜査に加わったハダケンゴの案件以来、ずっと心の奥底で燻っていたのである。近々、サヤカが在籍する警察庁刑事局から警視庁の合同チームに派遣される。今回は国際犯罪組織と警視庁、そして厚生労働省の麻薬捜査官が絡む複雑な案件となる。以前から厚生労働省と警察は犬猿の仲と言われてきた。ため息が出る。警察庁のキャリアとは言え、麻薬Gメンの正体を知らされていなかった。ショウたちのような所轄の動きも気になった。情報が欲しい。そうかといって内密の捜査が所轄に知られては困る。ショウに事情を話して、協力を求めるしか方法がなかった。
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