Episode 4
文字数 3,442文字
ビーチに着くと、宇宙船が一隻待機していた。
「おお! どうやって持ち出したんだ?」
「民間人が遭難したとの情報を得た、と言った。普通夜に捜索はしないのだが、知り合いだと言って無理を聞かせてね。スノートーヴのこの島の駐在基地はチョロい。私にかかれば、赤子の手を捻る方が難しいくらいだよ」
「なるほど。やるな、軍人!」
「ロイが溺れたことになっている」
ロイは砂に足を取られ、転んだ。
「何だと? 俺が?」
「溺れたのは事実だし、諦めなさいよ」
デライラがロイの体を引っ張って起こす。
「でも君が溺れなかったら、こうしてランドールと出会わなかったんだ」
「そう考えると、複雑ね、運命ってものは…」
列の後ろの方では、マックスとクリスタルが話している。
「本当に何が起こるんですか? 打上げ花火をする、とかではないんですか?」
何も言われず連れて来られたクリスタルはただ混乱するばかりだった。
「大丈夫だよ。いざという時は僕に任せてくれ。こう見えて慎重派なんだ。僕のそばにいれば安心だよ!」
「そうならことも慎重に選んでくださいよ! 私は何も聞いてないんですよ? なのにこんなところに連れ出されて……。しかも宇宙船? 全く話が見えて来ません! ちゃんとわかるように説明してください!」
「…ダメだ。ナサニエル、ちょっと来て」
パニクる彼女をなだめるのは、ナサニエルの役割となった。
「クリスタル。刺激が強すぎるかもだけど、黙って後ろをついて来てくれ! それが一番安心できる方法だから。それに今は君の助けも必要なんだ」
何とかして説得を試みる。幸いにもクリスタルは話が通じない人ではなかったので、不安は残ってはいるが、落ち着きを取り戻した。
「では搭乗しよう。宇宙船は反重力で飛行する。まずは見せかけだが、海の上を飛ぶ。そしたら一気に上昇し、大気圏を突破。宇宙空間に入るが、この船には重力装置が備え付けられている。だから無重力を遊ぶ暇はない。先に頭に入れておくことだ」
「ちぇ。つまんねえじゃねえか!」
ロイがボヤいた。
「これは遠足じゃない! それに重力装置なしの宇宙船に乗るなら、何ヶ月も地獄のような訓練が必要なんだぞ? 私ですらギブアップしかけたほどの、な! それがないだけ、ラッキーだと思え!」
「コロニーラボ2には、どれくらいの時間が?」
「そうだな…」
ランドールは腕時計を見ながら答える。
「少なくとも、今日中には到着しない。正確な座標は宇宙船にインプットしてあるからナビゲーションシステムを起動しないとわからないが、コロニーラボ2は確かスノートーヴから見ると地球の反対側だ。この宇宙船はそれほど速度が出るわけではないから、かなり緊張した状態が長引くことになるな…」
全員、気を引き締めた。長旅になるかもしれないし、一瞬で終わるかもしれない。
ここまで来て、引き返すという選択肢はなかった。六人は宇宙船に乗り込むと席に着き、シートベルトを締めた。
「では行くぞ。……テイクオフ!」
夜の海岸で宇宙船が飛び立つのを、マーヴィンは目撃していた。
「あれは…何だ、エリザベス?」
そう聞かれてもわからないとエリザベスは答えた。
「ナサニエル? ナサニエルはどこだ?」
家中を探したが、彼は、いや彼らはどこにもいない。クリスタルすらいないことに、マーヴィンは今気がついた。
「……まさか、な」
嫌な予感がしたが、そんなはずはないと思うことにした。きっと夜釣りでも楽しんでいるのだろう。そうでなければ、外出する理由がないのだ。
「ランドール・ジョナサン・タトプロス……。確か軍人と言ったな?」
だが、そのまさかを彼は予測してしまった。
計画通り宇宙船はまず、付近の海上を飛行する。
「こちら管制室。応答せよ。遭難者はどうだ?」
無線からジェームズの声が聞こえる。ランドールはニヤリと笑った。相手が彼なら、やりやすい。
「こちらタトプロス。沖に流されてしまったのかもしれない。もっとよく探してみる。どうぞ」
「おい、高度が高くなっていくぞ? もっと落とせ。その機は反重力だろ? 海面に影響はないはずだ。どうぞ」
ランドールは無線のダイヤルを適当に回して、
「こちらタトプロス。電波が悪い。よく聞こえない。周波数をチェックしてくれ。どうぞ」
「こ………んせい……。しゅう……はさん………………………。おう……せ……。…ちらにい…………」
完全に無線が聞こえなくなったことを確認すると、
「ダメだ。何も聞こえない」
ワザとらしく言った。
そしてそのまま、宇宙船は高度をドンドンと上げて行き、大気圏を突破する。
「見てみろよデライラ。地球が見えるぜ」
ロイに促されてデライラは窓を覗き込む。綺麗な青い海に白い雲がかかっていて…とても幻想的な風景がそこには映し出されていた。
「素敵ね」
同時に、この地球をパラノイドの手から何としてでも守らねばいけないとも感じた。
「コロニーラボ2までは数時間かかる。この宇宙船にはカプセルホテルみたいな睡眠スペースがあるから、休んでいろ」
ランドールが言うとロイたちはコックピットから出た。ナサニエルだけが残り、副操縦士席に着いた。
「変に計器をいじってみろ、タダじゃおかない。この機体から出てってもらうぞ」
ランドールにはパイロットとしての誇りがある。素人のナサニエルには、何もさせないつもりでいる。
「わかってますよ」
ナサニエルも彼のプライドを理解していた。ただ黙って流星群のように流れて行く星々を見ていた。
「どうして信じてくれたんです?」
不意に、ナサニエルが言った。
「嘘を言っているようには見えなかったからだ。それに騙すつもりなら、もっと金になる話をするだろう?」
ナサニエルがした話には、お金を騙し盗ろうという意思を疑わせる内容がなかった。それがランドールが、パラノイドの話を信じる根拠にした。
「でもまだ、半信半疑な部分もある。実物を見てみないことには、白黒はつけがたい。見ることは信じることだからな」
百聞は一見にしかず。ランドールはナサニエルの話が本当かどうか確かめるためにも、コロニーラボ2に行くべきと思っていた。何か確信の持てる物があれば…と心のどこかで思っている。もちろん何事もなくても落胆することはなく、ただ平和であることがわかる。
「だが、パラノイドの存在をどうやって君は証明するつもりでいる? 聞いた話じゃパラノイドは、寄生するまさにその時しか姿を見せてくれないようじゃないか。普通の人間とどうやって見分けるんだ?」
「一つだけ、ありますよ」
姿をそのままコピーするパラノイドだからこそ、一目でわかる方法がある。
「僕の父さんに成り済ましているパラノイドがいるはずなんです」
「そう言えば言っていたな、そんなこと。お父上と話した時、義手を思わず見てしまったが、寄生されて切り落としたんだっけか?」
「はい」
ナサニエルはそれ以上言わなかった。ランドールの言う通り、見ればわかることだからだ。
「国際データベースで検索した結果、君の親父さんはまだコロニーラボ2にいることになっていた。やはりフォルカディアの研究員で、スノートーヴのことは一行も書かれていなかった」
ランドールもそれ以上は語らなかった。
宇宙空間は無音で、コックピットも静かであった。沈黙が宇宙船を包んでいるようだった。
「ランドール、もしパラノイドが本当にいたら、心中するつもりなんですか?」
「それしか解決策がないなら、そうなるだろう」
「怖くはないので?」
「怖く?」
ランドールは首を傾げて答えた。
「それはパラノイドのことか?」
「死ぬことが、ですよ…」
「そんなものを恐れて、軍人なんてやってられない。私は輸送機を操縦しない時は、新型機のテストパイロットをしているが、いつ爆発して墜落するかわからない珍機に搭乗することが頻繁だ。それに比べたらこの任務なんぞ怖くもない」
そうですかと返すと、逆にランドールが、
「君こそ、怖くないのかね? 今から恐怖のパラノイドが蔓延している場所に乗り込むというのに」
ナサニエルは腕の鳥肌を撫でながら、
「正直言うと、少しは…」
と答えた。ランドールにコロニーラボに行くことを頼んでおいて怖気付くか、と言われればナサニエルの心境は複雑だ。実のところ、彼をここまで突き動かしているのは、パラノイドをどうにかしなければいけないという使命感である。それには勇気がいる。常に勇気を振り絞れるほど、彼は精神的に発達しているわけではない。
「おお! どうやって持ち出したんだ?」
「民間人が遭難したとの情報を得た、と言った。普通夜に捜索はしないのだが、知り合いだと言って無理を聞かせてね。スノートーヴのこの島の駐在基地はチョロい。私にかかれば、赤子の手を捻る方が難しいくらいだよ」
「なるほど。やるな、軍人!」
「ロイが溺れたことになっている」
ロイは砂に足を取られ、転んだ。
「何だと? 俺が?」
「溺れたのは事実だし、諦めなさいよ」
デライラがロイの体を引っ張って起こす。
「でも君が溺れなかったら、こうしてランドールと出会わなかったんだ」
「そう考えると、複雑ね、運命ってものは…」
列の後ろの方では、マックスとクリスタルが話している。
「本当に何が起こるんですか? 打上げ花火をする、とかではないんですか?」
何も言われず連れて来られたクリスタルはただ混乱するばかりだった。
「大丈夫だよ。いざという時は僕に任せてくれ。こう見えて慎重派なんだ。僕のそばにいれば安心だよ!」
「そうならことも慎重に選んでくださいよ! 私は何も聞いてないんですよ? なのにこんなところに連れ出されて……。しかも宇宙船? 全く話が見えて来ません! ちゃんとわかるように説明してください!」
「…ダメだ。ナサニエル、ちょっと来て」
パニクる彼女をなだめるのは、ナサニエルの役割となった。
「クリスタル。刺激が強すぎるかもだけど、黙って後ろをついて来てくれ! それが一番安心できる方法だから。それに今は君の助けも必要なんだ」
何とかして説得を試みる。幸いにもクリスタルは話が通じない人ではなかったので、不安は残ってはいるが、落ち着きを取り戻した。
「では搭乗しよう。宇宙船は反重力で飛行する。まずは見せかけだが、海の上を飛ぶ。そしたら一気に上昇し、大気圏を突破。宇宙空間に入るが、この船には重力装置が備え付けられている。だから無重力を遊ぶ暇はない。先に頭に入れておくことだ」
「ちぇ。つまんねえじゃねえか!」
ロイがボヤいた。
「これは遠足じゃない! それに重力装置なしの宇宙船に乗るなら、何ヶ月も地獄のような訓練が必要なんだぞ? 私ですらギブアップしかけたほどの、な! それがないだけ、ラッキーだと思え!」
「コロニーラボ2には、どれくらいの時間が?」
「そうだな…」
ランドールは腕時計を見ながら答える。
「少なくとも、今日中には到着しない。正確な座標は宇宙船にインプットしてあるからナビゲーションシステムを起動しないとわからないが、コロニーラボ2は確かスノートーヴから見ると地球の反対側だ。この宇宙船はそれほど速度が出るわけではないから、かなり緊張した状態が長引くことになるな…」
全員、気を引き締めた。長旅になるかもしれないし、一瞬で終わるかもしれない。
ここまで来て、引き返すという選択肢はなかった。六人は宇宙船に乗り込むと席に着き、シートベルトを締めた。
「では行くぞ。……テイクオフ!」
夜の海岸で宇宙船が飛び立つのを、マーヴィンは目撃していた。
「あれは…何だ、エリザベス?」
そう聞かれてもわからないとエリザベスは答えた。
「ナサニエル? ナサニエルはどこだ?」
家中を探したが、彼は、いや彼らはどこにもいない。クリスタルすらいないことに、マーヴィンは今気がついた。
「……まさか、な」
嫌な予感がしたが、そんなはずはないと思うことにした。きっと夜釣りでも楽しんでいるのだろう。そうでなければ、外出する理由がないのだ。
「ランドール・ジョナサン・タトプロス……。確か軍人と言ったな?」
だが、そのまさかを彼は予測してしまった。
計画通り宇宙船はまず、付近の海上を飛行する。
「こちら管制室。応答せよ。遭難者はどうだ?」
無線からジェームズの声が聞こえる。ランドールはニヤリと笑った。相手が彼なら、やりやすい。
「こちらタトプロス。沖に流されてしまったのかもしれない。もっとよく探してみる。どうぞ」
「おい、高度が高くなっていくぞ? もっと落とせ。その機は反重力だろ? 海面に影響はないはずだ。どうぞ」
ランドールは無線のダイヤルを適当に回して、
「こちらタトプロス。電波が悪い。よく聞こえない。周波数をチェックしてくれ。どうぞ」
「こ………んせい……。しゅう……はさん………………………。おう……せ……。…ちらにい…………」
完全に無線が聞こえなくなったことを確認すると、
「ダメだ。何も聞こえない」
ワザとらしく言った。
そしてそのまま、宇宙船は高度をドンドンと上げて行き、大気圏を突破する。
「見てみろよデライラ。地球が見えるぜ」
ロイに促されてデライラは窓を覗き込む。綺麗な青い海に白い雲がかかっていて…とても幻想的な風景がそこには映し出されていた。
「素敵ね」
同時に、この地球をパラノイドの手から何としてでも守らねばいけないとも感じた。
「コロニーラボ2までは数時間かかる。この宇宙船にはカプセルホテルみたいな睡眠スペースがあるから、休んでいろ」
ランドールが言うとロイたちはコックピットから出た。ナサニエルだけが残り、副操縦士席に着いた。
「変に計器をいじってみろ、タダじゃおかない。この機体から出てってもらうぞ」
ランドールにはパイロットとしての誇りがある。素人のナサニエルには、何もさせないつもりでいる。
「わかってますよ」
ナサニエルも彼のプライドを理解していた。ただ黙って流星群のように流れて行く星々を見ていた。
「どうして信じてくれたんです?」
不意に、ナサニエルが言った。
「嘘を言っているようには見えなかったからだ。それに騙すつもりなら、もっと金になる話をするだろう?」
ナサニエルがした話には、お金を騙し盗ろうという意思を疑わせる内容がなかった。それがランドールが、パラノイドの話を信じる根拠にした。
「でもまだ、半信半疑な部分もある。実物を見てみないことには、白黒はつけがたい。見ることは信じることだからな」
百聞は一見にしかず。ランドールはナサニエルの話が本当かどうか確かめるためにも、コロニーラボ2に行くべきと思っていた。何か確信の持てる物があれば…と心のどこかで思っている。もちろん何事もなくても落胆することはなく、ただ平和であることがわかる。
「だが、パラノイドの存在をどうやって君は証明するつもりでいる? 聞いた話じゃパラノイドは、寄生するまさにその時しか姿を見せてくれないようじゃないか。普通の人間とどうやって見分けるんだ?」
「一つだけ、ありますよ」
姿をそのままコピーするパラノイドだからこそ、一目でわかる方法がある。
「僕の父さんに成り済ましているパラノイドがいるはずなんです」
「そう言えば言っていたな、そんなこと。お父上と話した時、義手を思わず見てしまったが、寄生されて切り落としたんだっけか?」
「はい」
ナサニエルはそれ以上言わなかった。ランドールの言う通り、見ればわかることだからだ。
「国際データベースで検索した結果、君の親父さんはまだコロニーラボ2にいることになっていた。やはりフォルカディアの研究員で、スノートーヴのことは一行も書かれていなかった」
ランドールもそれ以上は語らなかった。
宇宙空間は無音で、コックピットも静かであった。沈黙が宇宙船を包んでいるようだった。
「ランドール、もしパラノイドが本当にいたら、心中するつもりなんですか?」
「それしか解決策がないなら、そうなるだろう」
「怖くはないので?」
「怖く?」
ランドールは首を傾げて答えた。
「それはパラノイドのことか?」
「死ぬことが、ですよ…」
「そんなものを恐れて、軍人なんてやってられない。私は輸送機を操縦しない時は、新型機のテストパイロットをしているが、いつ爆発して墜落するかわからない珍機に搭乗することが頻繁だ。それに比べたらこの任務なんぞ怖くもない」
そうですかと返すと、逆にランドールが、
「君こそ、怖くないのかね? 今から恐怖のパラノイドが蔓延している場所に乗り込むというのに」
ナサニエルは腕の鳥肌を撫でながら、
「正直言うと、少しは…」
と答えた。ランドールにコロニーラボに行くことを頼んでおいて怖気付くか、と言われればナサニエルの心境は複雑だ。実のところ、彼をここまで突き動かしているのは、パラノイドをどうにかしなければいけないという使命感である。それには勇気がいる。常に勇気を振り絞れるほど、彼は精神的に発達しているわけではない。