Episode 6

文字数 3,265文字

 そんな時だった。コロニーラボに、新たな生物が持ち込まれた。
 それはマーヴィンの耳にも入ってきた。

「宇宙ネズミ?」

 採取された生物は、地球のネズミに似ているらしく、調査隊の間でそのようなあだ名をつけられていた。
 当初、マーヴィンは興味がなかった。だがあることを聞くと、その宇宙ネズミを担当することを名乗り出た。

「宇宙ネズミは、社会性生物であるらしい」

 あり得ない話ではない。現に地球に生息するハダカデバネズミが該当している。
グロブノイドと並行して飼育することになるだろう。だがグロブノイドの方は放っておいても、循環する環境を既に作ってある。だから新しい生物の飼育は、大した負担にはならない。マーヴィンはそう考えていた。
 そして、宇宙ネズミの担当に、見事マーヴィンが選ばれた。飼育カゴに入れられたそのネズミをまず、自分の担当区に持って来て様子を観察する。

「あら?」

 エリザベスは、とあることを見逃さなかった。それは飼育カゴを持ってマーヴィンがグロブノイドの飼育ケージを横切る時、近くにいたグロブノイドが一斉に暴れ出したことを…。
 だが同時に、彼女はことをそれほど深刻であることに気がつかなかったのだ。それは主に免疫を研究している彼女にとっては当たり前で、グロブノイドの本能についてはそれほど熟知していなかったからである。

 このミスが、後に深刻な問題を引き起こすことになるとは、彼女は考えてすらいなかった。


 マーヴィンはグロブノイドの飼育の傍ら、宇宙ネズミの観察も怠らなかった。これで成果を出せば、自分の立場を回復できる。上司よりも上に立つことができるかもしれない。宇宙ネズミはマーヴィンにとって、リーサルウェポンだったのだ。

「俺にとって社会性生物は、相性抜群だ。絶対にその生態を解明してみせる!」

 彼の意志は強かった。自信も強かった。


 まずは、宇宙ネズミが生きるのにベストな環境を用意した。調査隊の話によれば、地中の中で発見されたらしい。ゆえにマーヴィンは、飼育ケージを土で満たし、その中に宇宙ネズミを解き放った。ネズミはすぐに穴を掘り、巣を造った。あとは食性だ。調べるために彼は、肉、野菜、穀物などを餌として与えた。ネズミはそのどれにも食いついた。

「思ったよりも、簡単だ。これなら早めに成果を出せそうだ」

 期待が生じた。
 同時にマーヴィンは、次のグロブノイドの繁殖期に、本格的に新女王の数を増やすつもりでいた。宇宙ネズミの研究成果と合わせ、発表することで自分の発言権を強めようとしたのである。


 宇宙ネズミはグロブノイドに似て、大人しい性格だった。外敵と遭遇しても、まず逃げ出すほどだ。グロブノイドに似ているに越したことはない。それだけ早く研究が進む。
 そしてグロブノイドよりも魅力的だったのが、繁殖だ。一年に一回しか繁殖期がないグロブノイドと違って、宇宙ネズミはいつでも新女王を生み出した。増殖スピードが段違いであった。これなら早々に生態が解明できる。そんな期待がマーヴィンの中で生じた。
 そしてグロブノイドの繁殖期が近づいてきた頃には、様々な実験に用いても十分なほどに個体数が増えていた。

「まず、何を調べようか?」

 山ほどある内の実験プランから、一つ選択しなければいけない。これはグロブノイドの軍事利用を阻止することばかり考えていたマーヴィンにとっては、研究者としての初心に戻らせる、嬉しい悩みだった。

「免疫系を調べてみよう」

 グロブノイドと同じく、免疫系が発達しているかもしれない。聞くに宇宙ネズミは、太陽系から五つ隣の恒星系に属する惑星に生息していたらしい。恒星系が違えば生態も異なるだろうが、性質が収斂する可能性もゼロではない。試しにいくつかの毒物を注射してみた。
 だが宇宙ネズミは、毒を無毒化できず、死んでしまった。次にマクロファージを単離して調べてみたが、これといった特徴的な機能はなかった。また宇宙ネズミには、これといった毒物も持っていなかった。

「流石に、超免疫生物であるグロブノイドとは違うか…。いや免疫に関しては、グロブノイドが異常なだけか」

 これ想定の範囲内で、さらに実験も失敗ではない。地球のネズミと似ているなら、より早く研究が進むのだ。マーヴィンにとって、失敗なんて頭の中にはなかった。


 だが次の日のことであった。運命の第二波が、彼を飲み込んだのである。

 その日も宇宙ネズミの観察をしていた。だが様子がおかしいことに気がついた。
 巣の外で、ネズミが一匹、ひっくり返っていたのだ。そしてピクリとも動かない。

「まさか……死んだ?」

 あり得ない話ではない。寿命が来たのか、病気になったのか、それとも環境の変化に耐えられなかったのか。考え得る可能性は多岐に渡る。だがマーヴィンは前向きだった。死因を調べることも研究の一環だ。早速ケージから取り出し、解剖の準備を進める。死体を解剖マットの上に置いた。

 その時だ。
 急に死体が、ピクリと動いた。

「え?」

 マーヴィンは自分の目を疑った。見間違いだろうか? だがそれは一瞬だけだった。

「死後の反射か。まあ、珍しいことじゃない」

 気にも留めず、彼は解明の準備を進める。まず固定するために、マチ針を四肢に刺す。そのためにマーヴィンは、まず左手で死体を固定しようとした。まさにその時、信じられないことが起きた。
 宇宙ネズミの死体の腹がバリバリと開くと、中からネズミそっくりな、〝何か〟が現れたのだ。

「な、何だ?」

 彼は驚いてしまったがゆえに、反応が遅れた。それが剥き出した牙に、左手を噛まれてしまったのだ。

「うぐわぁっ!」

 引き剥がそうとしても、すぐには離れなかった。それほど深々と牙を突き刺されたのだ。

「ぐぐぐ、ぐわっ!」

 パニックに陥ってしまったマーヴィンには、正常な判断ができなかった。彼は力一杯左手にひっついている“それ”を振り回した。すると流石に耐えられなかったのか、手から離れて飛んでいき、床に叩きつけられた。

「う、うう…」

 すぐに傷口を消毒した。だが彼は、毒などを注入されたのとはまた違う、何かが自分の手の中に入っていく感覚を覚えた。

「この宇宙ネズミ? いや、何だ? 何なのだこの生物は…?」

 こうやって、中から新しい体が飛び出して増えるのか? いや、それはあり得ないとマーヴィンは首を振る。社会性を持つ生物が、女王でもないのに子を産むなんてあり得ない。そもそも今目の前で起きた現象は、宇宙ネズミが本来持っている特性なのだろうか? それもない。大人しい性格のはずだ。自分に噛み付いてくることがあり得ないのだ。

「どうしたの?」

 隣の部屋にいたエリザベスがやって来た。マーヴィンは事情を説明すると、彼女は気になることを言った。

「そういえば、その宇宙ネズミ…。ここに持ち込まれた時、グロブノイドが異常に反応していたわ」

 それを聞いたマーヴィンは、青ざめた。グロブノイドが闘争本能を剥き出す相手はある特定の生物しかない。

 それは、寄生生物だ。

「ま、まさか…」

 マーヴィンは左手首の辺りに、違和感を覚えていた。これは、寄生されたということなのか? 未知の宇宙生物に?
 試しにマーヴィンは、先ほどの腹が割れた死骸と、床に打ちつけられて死んだ宇宙ネズミの二つをグロブノイドの飼育ケージに近づけてみた。

 結果は、予想通りだったがそれは最悪でもあった。グロブノイドは、腹を食い破られた死骸の方には無関心だったが、彼が殺した死骸には過剰に反応した。つまりこれは、寄生生物なのだ。

「俺が、寄生された?」

 今感じる左腕の違和感も、そうだとしたら説明がつく。
 未知の生物に寄生された。特効薬などないだろう。それに早く手を打たねばならない。迷っている暇などなかった。

 マーヴィンは、左腕の肘から先を切り落とした。
 切り落とされた左腕はひとまず密閉できる容器に入れた。傷口は適切な処置をしたので大きな問題にはならなかった。後で義手でもつければいいだけの話だ。


 重要なのは、寄生生物の方であった。
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