Episode 3

文字数 3,031文字

 マーヴィンは、手詰まりを感じていた。これ以上調べても、この生物についてわかることがないのでは? そう感じていた。

 そしてそのまま、一年が過ぎた。生物は世代交代し、新しい女王が巣をまとめ上げている。その様子も記録した。

「一匹、貸してくれない?」

 エリザベスはこの得体の知れない生物を、実験に使うおうとしていた。断る理由もなくマーヴィンは貸し出した。

「俺にも手伝わせてくれ」

 エリザベスは、地球外生命体に寄生虫が寄生できるのかを調べようとしていた。

「不可能じゃないと思うけど、どうだろう?」
「さあね、わからないわ。だってこの一年、散々予想を打ち砕いてくれたじゃない?」

 エリザベスはケージに、一匹の寄生蜂を入れた。そして寄生させようとした。
その時だった。
 普段は大人しいこの生物が、勢いよくハサミを開いた。そして蜂を挟むと尻尾の針を深々と突き立てる。蜂が動けなくなったことを確認すると、もう片方のハサミでも挟み、そしてそのまま引きちぎったのだ。

「な、何だと?」

 今まで見せたことのない反応だった。今のは本当に自分が飼育していたあの生物なのかと、目と頭を疑った。エリザベスも動揺を隠せなかった。

「マーヴィン? これはカーストでいう、ソルジャーなの?」
「いいや、普通のワーカーだ…」

 それは間違っていない。一年間見てきたのだ、自信がある。
 だが今目の前で行って見せた行動を説明しろと言われても、自信がない。
 しかしこの一瞬で、マーヴィンの瞳から失われた灯火が蘇ったのも事実であった。

「まだ俺は! この生物について何も理解していない!」

 マーヴィンは叫んだ。それは研究を怠っていたという意味ではなく、自分のアプローチが間違っており、正しく調べれば今まで以上の成果が出せることに気がついたからであった。


 まずマーヴィンは飼育記録を見返した。すると寿命で死んだ個体はいくつか存在したが、病気で死んだ個体がいなかったことに気がついた。

「何を言っているの、マーヴィン?」

 エリザベスが疑問に思っていた。だが彼は既に、この生物の正しい性質を頭で理解していた。そして今までの実験も全て振り返り、ある結論にたどり着いた。

「この生物は、免疫系が非常に発達しているのではないか? だからいかなる植物でも問題なく食べることができる。これはおそらく、腸管免疫のおかげだろう。そしてあらゆる毒物を注入しても平気でいられるのは、免疫細胞が即座に無毒化しているからなのでは?」

 だとすれば、麻酔が効かないのも納得できる。体内で無効化されてしまうからだ。

「でも、何でそんな免疫系が…?」

 エリザベスのこの疑問には、マーヴィンは答えを用意できない。進化の過程か、それとも元々生息していた惑星の環境が過酷だったのか。それは実際にその星に行ってみないとわからないことだろう。
 だがラボ内でわかったことは、この生物の免疫系は、今までに知られているありとあらゆる生物のそれを圧倒的に上回っていることだった。

「研究を続けよう」

 マーヴィンはそう言うと、再び実験計画を立てた。
 その実験とは、地球上の寄生生物と同じ空間にこの生物を置いてみることだ。彼の仮説が正しければ、この生物は寄生生物に襲いかかるはず。そして実験を開始してみると、その仮説が正しいことが証明されたのであった。

「この生物は! 本能で寄生生物に攻撃するのだ。言い換えればこの生物自体が免疫細胞のようなものだ! 超免疫生物……グロブノイドとでも言おうか……!」

 幸運なことに彼の側には、免疫学に精通しているエリザベスがいた。

「エリザベス、俺の実験に協力してくれ! この生物、いやグロブノイドの免疫細胞についてもっと深く調べたい」

 彼女は一呼吸もおかずに、

「臨むところよ」

 と答えた。


 グロブノイドの免疫力の謎は、まず人体で言う白血球に該当する細胞にあった。この白血球はあらゆる物質を食作用で食べると、無毒化できる。植物由来のアルカノイドであっても、動物から抽出したブフォトキシンであっても例外ではない。驚くべきことに、人体にとっては発癌性物質であるニコチンも、無毒化できるのだ。
 さらに、である。グロブノイドにも抗体産生細胞は存在する。そしてその細胞から作り出された抗体は、やはりあらゆる毒物に作用し、無毒化をする。驚くべきことに、普通の生物では一つの抗体産生細胞につき一種類の抗体しか作れないが、グロブノイドではそうではなく、数百種類は作り出すことが可能であった。

「もしかしたら、このグロブノイドは人類の希望になるかもしれない…」

 マーヴィンはそのように言いながらも確信していた。科学の発達した現代であっても、ウィルスや他の病原菌の根絶は叶っていない。それどころか、未だに治療薬が存在しない病気だってある。癌は人類の脅威であるし、クロイツフェルトヤコブ病も解決策が確立できていない。
 だがそれらの病原体を、グロブノイドなら無効化できる。グロブノイドからワクチンを作り出せる。マーヴィンは自分には無理かもしれないが、エリザベスになら可能と確信していた。

「病気に怯える時代が終わるかもしれない…」

 そう感じたマーヴィンは、グロブノイドを増やす方法を開拓することにした。今のままでは、一匹の女王からなる一コロニーしかない。これでは医療には足りないだろう。グロブノイドのライフサイクルは長くても一年。研究に研究を重ねれば、人工的に増やすことができるのかもしれない。

「早速上司と相談だ。今のままでは飼育スペースが足りない。もっと空間があればそれだけ数を増やせるのかもしれない!」

 マーヴィンの目は宝石よりも輝いていた。


「グロブノイド…?」
「まだ仮称ではありますが」

 マーヴィンは上司に、自分の研究レポートを見せた。

「ふむふむ…なるほど。そんな生物が宇宙には存在したのか!」

 上司も驚きを隠せない。当然である。

「これからコロニー数を増やします。今のままではスペースが足りません。どうにか、増やせないでしょうか?」
「うむ。これぐらいの成果が上がっているなら、可能だろう。私が上にこのレポートを見せ、掛け合ってみる。もしかしたらこの惑星にまた、調査隊が出向いてくれるかもしれないぞ?」
「本当ですか!」

 サンプル数は多いことに越したことはない。さらなる研究の発展に期待が持てる。
 もしかしたら、放射能すらも克服できるかもしれない。マーヴィンはそう思っていた。また薬の副作用もなくすことができるのかもしれない。彼は、自分が人類の文明の発展に貢献できていると思うと、嬉しくてしかたがなかった。別に歴史に名を刻むことが彼の目標ではなかったが、自分の研究が認められ、しかもそれが人類のためになるとわかれば舞い上がらない人はいないだろう。


 マーヴィンはすぐに新たな研究の準備を開始した。免疫系に関することはエリザベスに任せ、自分は数を増やすことに専念するのであった。

「しかし、本当に興味深い生物ね。私も徹底的に研究してみたくなっちゃったわ」

 グロブノイドの免疫は、その道のスペシャリストであるエリザベスさえも唸らせた。

「ワクチンとかも作れそうかい?」
「だから任せてって。私も腐っても研究者よ? マーヴィンはマーヴィンで、自分のことに専念して」

 エリザベスに丸投げしてしまう形となったが、あまり深い知恵が無い自分が介入するよりも早く成果を上げそうなのでマーヴィンは信じて任せた。
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