Episode 5

文字数 2,846文字

 次の日は、みんなで海に来た。せっかく綺麗な海が目の前にあるのに、入らないのはもったいないと誰かが言ったからだ。

「いっちに、さんしっ!」

 準備運動をするロイ。本気で泳ぐつもりである。

「ロイ、もし溺れても僕は助けに行けないよ?」

 一大事が起きても見捨てる、という意味で言ったのではない。今のナサニエルの頭の中は、考え事で一杯だ。だから他の事をする余裕がないのだ。
 父は、明日以降ならいつでも、と言った。そう言ったからには今日にでも聞きに行こうと思っているが、その内容だ。もしかしたら地下室のことではないのかもしれない。だが他に思い当たることもない。

「ナサニエル? マックスは岩場に釣りに行ったわよ。あなたは泳いだり釣りをしたりしないの?」

 そう言うデライラも、ビニールシートの外側に出ようとしない。

「父さんが、重要な話があるって…」

 ナサニエルは言った。我慢できなかったからではない。デライラたちを味方につけるべきと思ったからだ。
 父の話は地下室に限らない。他のことかもしれない。いずれにしろ、きっと自分は頭を抱えるのだろう。その時に相談できる相手を作っておかなくてはいけない。

「地下室?」
「まだそうだと決まってはいないけど、多分ね」

 ハートアームズ家の何か…。それしか聞いていない。

「もしかしたら、僕が両親の実の息子ってわけじゃないってことかもしれないよ」
「それはないわね。あなたの目の色は、母親と全く同じだったじゃない」

 立てておこうと思った予防線は、デライラが壊してしまった。


「あぷ!」

 少し沖の方で、ロイが泳いでいるが、その様子がおかしいことに二人は気がついた。

「ロイ! 大丈夫か?」

 ナサニエルは叫んだが、ここからでは声が届かない。いや、聞こえたとしても返事のできる状況じゃない。

「マズイわこれは! ロイが!」

 溺れている。

「誰かー!」

 するとすぐに、男性が一人ロイの方へ泳いでいき、彼を助けた。ロイのことを掴んで浜辺に向かってゆっくりと泳いでくる。

「ここまで来れば大丈夫。呼吸できるか?」
「は、はい…」

 その男性とロイに二人は駆け寄る。

「あ、あの、私の友人を助けてくれてありがとうございます」
「礼には及ばないよ。人助けは軍人の仕事だからね」

 聞いたことのある声だった。

「すみません、どこかで会いました?」

 ナサニエルが聞くと男性は、

「……さあ? 私には心当たりがないな」

 勘違いか? いや、違う。そんな確信がナサニエルにはあった。

「名前は何ていいます?」
「私はランドール・タトプロスだ」

 ファミリーネームをどこかで聞いた。だがどこだ?

「おや、今度は私から言わせてもらうが…。君は昨日、このグスコー島に来たのでは?」

 はいと言って頷くと、

「やはり、あの時の青年だろ! 覚えているぞ、私が上官に拒否られたとき、甲板にいたのが君か!」
「というと、あの時の軍人ですか?」

 ナサニエルはフェリーで、声を聞いたことを思い出せた。

「あの時は、恥ずかしいところを見せたね…」
「いいえ、僕には何も聞こえませんでしたよ」


 ロイの様子を見守りながら、ランドールと話すナサニエル。

「…と言うことはだ、君たちは未来の研究者ってわけだな?」
「なろうと思ってるのはナサニエルだけだと思うわ」
「ちょうど良かった! 今度協力してくれ」
「と言うと?」
「実は私は、フェリーでも上官に言ったんだが…。もっと若い人の意見も聞くべきだと思うのだ。だが、『今時の若造に何がわかるか』なんて言われてしまってね…。軍人はどうも頭が硬いらしい。せっかく休暇でこの島に来たというのに、誰もビーチにいやしないぐらいにね」

 つまりランドールは、ナサニエルたちに若者として軍部に進言して欲しいらしい。

「でも何について、ですか?」
「それはこれから改めて教える…と言うよりまだ深くは考えてないんだ。でも私は、軍部の考えを変えてみせる。そのためにも君たちに協力を仰ぎたい」
「はあ…。ま、僕たちにできることなら」

 ナサニエルは、ランドールと握手した。


 その日の夕食は、五人でバーベキューだ。みんな自分好みの肉を焼いては口に運ぶ。野菜ばかり食べる人もいる。マックスは自分の釣った魚と、採ってきた貝類を焼いている。

「おい、食べないのか?」

 ロイに言われた。ナサニエルは、彼に心配されるぐらい口を動かしていない。

「あまり、進まなくてね…」
「父親の話なんて、そう構えなくたっていいだろうが!」

 デライラはあの後、ロイとマックスに話をしていた。そしてロイがこの話題を言っているということは、今日この後のナサニエルの予定を知っているということだ。

「ちゃんと食っとけよ。体がもたねえぞ?」
「これでも食べてるよ~」

 肉を口に持っていくが、なかなか動かせない。ここまで緊張したことは、ナサニエルの今までの人生において一度もなかった。

「しっかし、地下室には何があるんだろうな?」

 違う。ナサニエルの中で本能が大きな声で叫んでいる。地下室がどうのという次元の話ではない。何か、もっとスケールの大きな出来事が自分の知らないところで動いているのではないかという感じがした。

「ロイ。野菜を分けてくれない?」

 ここは彼の言う通り食べておいた方がいい。そう感じたナサニエルは好物の野菜を食べた。肉よりもエネルギーにはなりにくいだろうが、腹を膨らませられるなら野菜でも何でも良かった。

「もっと食べてくださいね」

 クリスタルがそう言う。

「ちゃんと食べてるよ、だから心配ない。クリスタルも少し食べたら?」

 ナサニエルは笑顔で返した。
 デライラが瓶を持ち出すと、それを開けて中身をグラスに注ぐ。

「君ってそんなに強かったっけ?」
「今日はほんのり酔いたい気分なの」

 五人分用意すると、一つをナサニエルに差し出した。

「一口ぐらい、飲んでおきなよ。じゃないとやってられないわ」
「遠慮しておくよ。僕はアルコール、飲み出したら止まらないからさ」

 それに今は、お酒という気分じゃない。だからデライラのグラスは受け取らなかった。

「代わりにさ、クリスタルにあげて。僕にはいらないから」

 そう言うとデライラはクリスタルに与えた。

「そう言えばあなたとはまだ、あまり話せてないわね」
「そうですね。昨日車で喋った程度でしたね」
「もっと聞かせてよ。ナサニエルの昔話。できれば笑えるヤツをお願い」
「わかりました! じゃああの話一択ですね。あれは私たちが十歳の時、地元のお墓で肝試しをした時のことです」

 クリスタルは懐かしい話をデライラにした。

「あの時も笑いました! もう、お腹がねじれそうってぐらい!」
「それは確かに笑えるわ! ナサニエルってお化けとか苦手なのね、初めて知った」
「普段から強がってますからね。なかなか弱いところを見つけにくいんですよね。次の話は…」

 二人はわざわざナサニエルの横で話をしている。

「…クリスタル、そんなことって、あったっけ?」

 盛り上がっている二人の耳に、ナサニエルの声は届いていなかった。
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