Episode 2

文字数 3,659文字

 桟橋では船が一隻、待機していた。

「ランドール! どうだった?」
「連れて来〜たぞ、ジェームズ」

 ランドールの同僚、ジェームズ・オックスリーが大声で尋ねると、ランドールはウキウキと答えた。

「やっぱり四人か。まあでも、お前と一緒よりじゃマシだな」
「おいそれ、どういう意味だよ?」

 二人は仲が良いのか、笑顔で言葉を交わす。

「まあいい。さあみんな、こっちだ。足元気をつけて」

 ナサニエルたちは船に乗り込んだ。

「さあ出発だ! エチケット袋は持ったか? 酔い止めの配布はない! これよりグスコー島の名物の……えっと何だっけ?」
「ブドリ岬ではないですか?」

 ナサニエルは答えた。ここで育った彼からすれば常識だ。

「そうそれ! ブドリ岬に向かう! いざ、出発! 面舵いっぱい!」

 船は動き出すと、左に曲がる。

「完全に取舵よね…」
「ああ…。私たちは海軍じゃないからね。あまり気にしないでくれ。まあ気分を味わおう」

 ナサニエルはランドールのある一言に反応した。
そういえば、彼らは軍のどこに所属しているのだろうか? それを聞いてない。海軍ではないらしいが…。
 四人はランドールにつられて、甲板に移動する。マックスは釣り具を準備し始めた。ロイとデライラは目の前の青い海を見ている。

「潮風が気持ちいいわね」
「ああ」

 二人は風を感じている。だがナサニエルにはその心地よい風が、吹いていなかった。

「ナサニエル。大丈夫か?」

 様子を見て心配したランドールが彼に聞いた。

「はい。大丈夫ですが?」
「いいや、それは嘘だろう? 全く顔色が良くないぞ? 気分が悪いのか?」

 ランドールは、かなり心配しているようだし、自分の表情も良くないらしい。これでは相手を説得できる気がしない。ナサニエルは言われるがまま、ランドールに先導されて船室に降りて行く。

「気持ち悪いのなら遠慮することはない。いつでも言ってくれ」

 ランドールはそう言いながら、救急箱をあさる。

「ええっと、薬はこれでいいのかな? 母国のとはちょっと配置が違うな…」

 ナサニエルは船室を見回した。ここには自分とランドールしかいない。

「水水…。ミネラルウォーターが冷蔵庫で冷えてたな確か。それを取ってくれ」

 ナサニエルは、あることを思っていた。だからランドールの声が耳に入っていなかった。

「おい、聞こえなかったのか? ってか、酔いは大丈夫なのか?」
「大丈夫ですが…?」
「そうか。でも、落ち着くまでここでくつろいでいてくれ」

 そう言って船室から出ようとしたランドールを、ナサニエルが腕を引っ張って止めた。

「どうしたんだい? 一人じゃ寂しいのかい?」
「違いますよ。思えばランドールとは、あまり喋っていないような気がしましてね…」
「言われてみれば、確かにそうだな」

 ランドールは船室のソファに座り、

「いい機会だし、何か聞きたいことはあるかね?」
「そうですね。でしたら、軍のどこに所属してるんです?」
「私はね、宇宙軍の輸送機のパイロットをしているんだ」

 ランドールが誇らしげに言うのも無理もない。人類の宇宙進出後は宇宙船が飛ぶのは珍しいことではなくなったが、相当優秀な人材でなければパイロットにはなれない。

「と言うことは、宇宙船を操縦できるってことですよね?」

 勢いよく頷くランドール。

「ジェームズの奴もパイロットなのだが、アイツはいつも飛ばしたがる。私はゆっくりと宇宙飛行を楽しむタイプだ。とは言っても無許可でそこら中飛び回るわけにはいかんのだがな」

 そんなことはナサニエルにとって、どうでもよかった。宇宙船を操縦できるかどうかが大事だったからだ。

 ナサニエルは切り出した。

「ランドール、あなたは前に、自分に協力してくれって言いました。ですが今は、僕に協力してくれませんか?」
「ん? まぁ私も約束してもらったからには、君の意見も聞かないと。何でも言ってくれ」

 ナサニエルは、自分が少し汗ばんでいることがわかった。緊張しているのだ。心臓の鼓動も大きく早くなる。

「僕は、コロニーラボ2に行きたいんです」

 この一言に、どれだけの勇気を込めたのだろうか。彼の体から汗が流れる。

「それは私が協力しなければいけないことなのかい? 今から見学を申請すれば、来年の今頃には許可が降りていると思うぞ?」
「どうしても今すぐに行かないといけないんだー!」

 ナサニエルがいきなり怒鳴ると、流石にランドールも驚いた。

「ど、どうしたんだ?」

 ここから先は、他の人には話せない。ナサニエルは船室の扉を閉めた。

「どうしても行かなきゃいけないんです。今すぐにでも!」
「おいおいおい、話が全く見えてこないぞ? 何を意味してる?」

 流石に黙って協力してくれるわけではないらしい。ナサニエルはどこからどこまで話せばいいか迷った。

「コロニーラボ2に行って、やらないといけないことがあるんです。そしてそれは、僕じゃないといけないんです」
「だから! 何の目的があってのことだ? それを教えてくれないことには、頷けないだろう!」

 もう、言うしかない。ナサニエルは覚悟を決めた。だが、それが人類のためなのだ。

「コロニーラボ2には、人間はいない」
「は?」

 首を傾げるランドール。当たり前だ。何の根拠もなくそんなことを言われても、対応に困るだけだ。

「これから僕の言うことは、全て本当ですが! ランドールの心の中にしまってください。実は…」

 ナサニエルは、まずグロブノイドの存在を喋った。

「何だって!」
「声が大きいです」
「上げずにいられるか、ナサニエル! それが本当なら私は、責任を持って君らを拘束しなければいけなくなる。なあ、嘘だろう?」

 ナサニエルは、首を横に振らなかった。

「本当、なのか?」
「でもまだ話には、続きがあるんです」

 この時ランドールは行動に迷った。民間人であるナサニエルの行為は、処罰に値する。ならば有無を言わさず、規則に従って拘束し、軍の上層部に連絡、指示を仰ぐ。冗談で言っているなら、大人をからかうのは良くないと親御さんにも言って聞かせる必要がある。
 だが彼は、見逃さなかった。ナサニエルの瞳の奥にある、灯火を。彼は嘘を言っているわけでもなく、そしてかなり重要なことを言っている。目を見ただけでランドールにはそれが理解できた。

「いいぞ、続けろ」

 若い研究者が口を開くのなら、自分には最後まで聞く義務がある。ランドールは自分のルールの方に従ったのだ。

「あのラボにいるのは、寄生生物パラノイドなんです。そしてその事実は、地球では全く知られていない。そしてパラノイドもまだ地球には来ていない。だから手を打つなら、今しかないんです」

 ナサニエルは自分の言いたいことを言い切った。

「それも本当なのか…? そっちはなかなか信じられないな」

 ナサニエルの話には、説得力がなかった。パラノイドの存在は父から聞いていても、実物を見たことがないのは事実。そもそも父の話もパラノイドについては、憶測がほとんどを占める。作り話と言われても、否定できないのだ。

「私は生物学に詳しいわけではないが……。パラノイドの真の目的は何だ? もし私がパラノイドなら、地球侵略を目論むが。母星から援軍を呼ぶってことはしないのか? せっかく人類の叡智があるというのに? それに、だ。そのパラノイドが蔓延してるなら、コロニーラボには宿主にできる存在がもういないのだろう? 寄生生物が宿主なしでも生きられるなんて信じがたいが…」
「それは、確かにパラノイドにしかわからないことです…。ですがグロブノイドを持ち込めば真偽がわかります」
「でもそれは、君のお父上が許してはくれない」

 相手は腐ってもエリートの軍人。ナサニエルは己の無力さを悟り、肩を落とした。
 だが、

「しかしそこまで熱弁されると、あながち嘘でもなさそうだな…。こんなことを言うのはなんだが、面白そうではある。是非とも協力したい」
「本当ですか!」
「ああ。きっと難しいミッションになるだろう。何せ宇宙船で黙って飛び、コロニーラボに侵入するのだからな。実際の行動プランはよく考えよう」

 ランドールは賛同してくれた。彼の同意がなければ、ナサニエルは落胆したままであっただろう。

「まずは、君の家にお邪魔させてくれ。作戦会議とともに、君の親父さんと話をしてみたい」
「でもグロブノイドのことは話してくれないと思いますよ?」
「それでいい。私は言葉の力を再確認したいだけだ」

 ランドールは船室の扉を開けると、

「今はクルージングを楽しもう。今日の夜は忙しくなりそうだからな」

 ナサニエルも彼について行き、甲板に出た。失意の中からも出てきたためか、太陽光が眩しく感じる。

「おお、大丈夫か? やっとブドリ岬に着くぜ。結構時間がかかっちまったよ」

 ジェームズが言うと、

「探したんですよね? 目印がないからわかりにくい。それがブドリ岬がいかにガッカリスポットであるかの所以です」
「確かに退屈だ………。変わった形の崖があるだけとはな…」

 その後も船は遊覧を楽しんだ。
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