Episode 4
文字数 3,258文字
夜が明けた。ナサニエルは一人早く起きると、甲板に出た。
「懐かしいな…」
別に実家が嫌いというわけではない。むしろゆっくり過ごせるため、好きである。だが距離と旅費の問題をどうしても無視できないため、滅多に帰省しない。
「いよいよだな。僕の生まれ故郷、グスコー島…」
彼の視線は、薄っすらと見えてくる、一つの島に向けられていた。
大都会ではない。反対に田舎過ぎるわけでもない。言ってしまえば、これといった大きな特徴がない、ひっそりとした島だ。でも両親は気に入ったらしく、この島に移り住んだ。グスコー島のどこに惹かれたのかは不明だが、両親はここに根付きそして、自分が生まれた。そして大学に入る前まで、そこで過ごした。
腕時計で時間を確認する。港にはまだ着かない。ナサニエルは自室に戻り、あと少しだけ眠ることにした。
その時、自分以外にもそこに人がいることに、話し声で気がついた。
「そうは言ってもね、タトプロス君。情熱だけでは戦争には勝てないのだよ? 君も軍人ならわかるだろう?」
「で、ですが…」
話し声というよりは、揉めているように聞こえる。
「話がわからない奴だな! よく聞け、君の意見は採用できない! わかったか? さあ、部屋に帰った帰った!」
「はい……」
何の話をしていたのかは聞いていないのでわからないが、若い軍人が意見を却下されたのだろう。うなだれている。
「軍は軍で、大変そうだな…」
もっとも自分とは関わりのない世界だ、とナサニエルはこの時思っていた。
島に上陸した四人。
「ここからどうやって移動するんだ?」
荷物を抱えたロイが言った。ナサニエルもこの状態で歩きたくはない。
「迎えに来てもらう予定だよ。到着時間は教えてあるからそろそろ…」
来るんじゃないかな、と言おうとしたその時だった。こちらに向かって手を振る女性が一人、ナサニエルの視界に入り込んだのだ。
見たことがない顔ではない。むしろ見慣れた顔だ。
「あ、クリスタル!」
幼馴染のクリスタル・クライゴアだった。彼女は大学に進学しないと聞いていたが、この島に残っていたのだ。
「お久しぶりです、ナサニエル!」
「クリスタルこそ。何でここに?」
彼女が言うには、ナサニエルの実家でお手伝いとして働いているらしい。だから車を運転し、迎えに来たという。
車に荷物を詰め込む。そして乗り込む。
「意外だな、ナサニエル。こんな島にガールフレンドがいるなんてな!」
「一緒に育ったんだから、珍しくもないよ。そう言う君は故郷に友達はいないのかい?」
ロイはうつむいて黙り込んだ。
五人を乗せた車は、海岸線に沿って走っている。
「綺麗なビーチね。海水浴客も大勢だわ」
「今の季節なら思う存分楽しめますよ。えっと…」
「私はデライラ。よろしくね」
「はい!」
クリスタルはとても元気が良い。そこを両親に買われたのだろう。ナサニエルは見ず知らずの人よりも知っている人の方が、コミュニケーションに困らないため良かったと感じた。
だが疑問がある。両親はどうして、クリスタルが家で働いていることを自分に教えてくれなかったのだろうか? 隠しておくべきようなことではない。一体、何の事情があるというのだろう?
「クリスタル、俺はロイだぜ、よろしくな!」
「僕はマックス。お世話になるよ」
「こちらこそ、短い間ですが、みなさんのお役に立てるよう頑張ります!」
車の中ではそんな会話が繰り広げられている。だが疑問のせいで、ナサニエルは上の空であった。
「そんなことがあったんだ、ナサニエル?」
「えっと、何?」
デライラに急に話を振られても、反応できなかった。
「もう、何ボサッとしてるの?」
「いや、昨日眠れなくてさ…」
ナサニエルは嘘を吐いた。クリスタルの前で、彼女に関する疑問を言うのは失礼に感じたからだ。
「ママのベッドで寝たいからかよ?」
ロイがからかうと、
「それは暖かそうだね」
マックスも便乗して来る。
「うるさいよ? 僕は船に弱いだけさ!」
ナサニエルは深く悩まず、リラックスするために会話に混ざることにした。
十数分も走れば、車はナサニエルの家に着いた。
「デケー! ナサニエル、ここがお前の実家かよ?」
驚くのも無理はない。一言で言うなら豪邸、それが彼の実家と言うのだから。
「これなら寝泊まりできるスペースと言うより、部屋自体が余ってそうね」
そう言うとデライラは辺りを見回し、
「この辺も全部、家の敷地?」
「はい、そうです。ハートアームズ家はグスコー島では一番のお金持ちなんですよー」
クリスタルが代わって答えた。
「へえぇ…。どおりでナサニエルがアルバイトしないわけだわ。だってお金に困る未来が見えないもの…」
「いや僕は勉学に集中したくてバイトしてないだけだよ?」
だがデライラの目には、彼女が言ったように映っているのだ。
「これだけ大きいと、地下にも何かありそうだね」
マックスの言葉に、
「ああ、そうだ。絶対に、ある」
とナサニエルは返した。それを聞いていたのかデライラが、
「処刑場だけはなさそうだけど」
「おい、まだそれいじくってんな? 冗談だぜ冗談!」
ロイも聞き漏らさなかった。
「地下?」
ナサニエルが驚いたのは、クリスタルが首を傾げてそう言ったからだ。
「聞いてないのか? いや、見てないのか、クリスタル?」
「はい…。あ、でも、立ち入らないようにって言われた通路がありましたから、その先にあるのかもしれませんね。私は詳しくないですけど…」
ナサニエルは一瞬焦った。これで、クリスタルに頼んでひっそりと地下室に行くという手段が取れなくなったからだ。だがもとより両親に直談判すつつもりであったので、冷や汗も一瞬で引いた。
「何か重要なことですか?」
クリスタルの問いに、ナサニエルは首を横に振った。勝手に彼女を巻き込んで、クビにしたくないからだ。
四人はクリスタルに先導されて、門をくぐり玄関にたどり着いた。
「ようこそ、みなさん」
母が出迎えてくれた。
「久しぶり、母さん」
ナサニエルの挨拶は簡単だった。ロイたちは自己紹介をしながら、お世話になりますと言って頭を下げた。
「かあ、父さんは?」
「書斎にいるわよ。ナサニエル、挨拶して来なさい。他のみんなは部屋に案内するわね。クリスタル、手伝って」
一人はぐれて家の中を進むナサニエル。父の部屋はわかるので、真っ直ぐ進む。
扉をコンコンとノックする。
「父さん、入っていい?」
いいぞ、と返事が来たので、ドアノブを回して中に入る。
父は机に向かって座っていた。
「父さん、久しぶり」
「ああ、ナサニエル。大学に行ったっきりで帰ってこないと心配していたところだ」
「うう…」
実は、そう思っていた時期が彼にもあった。
「でもこうして戻って来てくれて、嬉しいな。今日は一杯飲むか?」
「遠慮するよ。みんなと話して過ごしたいんだ」
「そうか。まあ、それがいい」
父はそう言って、黙った。
ナサニエルも無言だった。
「どうした? みんなの所に行ったらどうだ?」
ここで切り出すべきか、まだ時を待つか。ナサニエルはそれで悩んでいた。
「父さん!」
切り出すことを選んだ。だが話題は地下室のことではなく、
「僕に期待してくれてるかい?」
自分の将来についてだった。
「と言うと?」
「母さんは心配事があっても、僕の選ぶ道を応援してくれると言った。でも父さんは? 最近電話しても留守電だったから聞いてないけど、僕がコロニーラボのような所で働いても…」
ナサニエルが途中で口を閉じたのは、父の表情が一瞬だけ変化したのを見逃さなかったからだ。
「父さん?」
我に返った父は、
「ナサニエル。お前に話しておきたいことがあるんだ。今日はゆっくり休め。明日以降、お前の都合の良い時にしよう」
今度はナサニエルの表情が変わった。
「どういう意味?」
「あー、特に深い意味はないが…。お前もハートアームズ家の一員だ。知らなければいけないことがあるからな」
この時にナサニエルがいくら父に聞いても、それ以上は教えてくれなかった。
「懐かしいな…」
別に実家が嫌いというわけではない。むしろゆっくり過ごせるため、好きである。だが距離と旅費の問題をどうしても無視できないため、滅多に帰省しない。
「いよいよだな。僕の生まれ故郷、グスコー島…」
彼の視線は、薄っすらと見えてくる、一つの島に向けられていた。
大都会ではない。反対に田舎過ぎるわけでもない。言ってしまえば、これといった大きな特徴がない、ひっそりとした島だ。でも両親は気に入ったらしく、この島に移り住んだ。グスコー島のどこに惹かれたのかは不明だが、両親はここに根付きそして、自分が生まれた。そして大学に入る前まで、そこで過ごした。
腕時計で時間を確認する。港にはまだ着かない。ナサニエルは自室に戻り、あと少しだけ眠ることにした。
その時、自分以外にもそこに人がいることに、話し声で気がついた。
「そうは言ってもね、タトプロス君。情熱だけでは戦争には勝てないのだよ? 君も軍人ならわかるだろう?」
「で、ですが…」
話し声というよりは、揉めているように聞こえる。
「話がわからない奴だな! よく聞け、君の意見は採用できない! わかったか? さあ、部屋に帰った帰った!」
「はい……」
何の話をしていたのかは聞いていないのでわからないが、若い軍人が意見を却下されたのだろう。うなだれている。
「軍は軍で、大変そうだな…」
もっとも自分とは関わりのない世界だ、とナサニエルはこの時思っていた。
島に上陸した四人。
「ここからどうやって移動するんだ?」
荷物を抱えたロイが言った。ナサニエルもこの状態で歩きたくはない。
「迎えに来てもらう予定だよ。到着時間は教えてあるからそろそろ…」
来るんじゃないかな、と言おうとしたその時だった。こちらに向かって手を振る女性が一人、ナサニエルの視界に入り込んだのだ。
見たことがない顔ではない。むしろ見慣れた顔だ。
「あ、クリスタル!」
幼馴染のクリスタル・クライゴアだった。彼女は大学に進学しないと聞いていたが、この島に残っていたのだ。
「お久しぶりです、ナサニエル!」
「クリスタルこそ。何でここに?」
彼女が言うには、ナサニエルの実家でお手伝いとして働いているらしい。だから車を運転し、迎えに来たという。
車に荷物を詰め込む。そして乗り込む。
「意外だな、ナサニエル。こんな島にガールフレンドがいるなんてな!」
「一緒に育ったんだから、珍しくもないよ。そう言う君は故郷に友達はいないのかい?」
ロイはうつむいて黙り込んだ。
五人を乗せた車は、海岸線に沿って走っている。
「綺麗なビーチね。海水浴客も大勢だわ」
「今の季節なら思う存分楽しめますよ。えっと…」
「私はデライラ。よろしくね」
「はい!」
クリスタルはとても元気が良い。そこを両親に買われたのだろう。ナサニエルは見ず知らずの人よりも知っている人の方が、コミュニケーションに困らないため良かったと感じた。
だが疑問がある。両親はどうして、クリスタルが家で働いていることを自分に教えてくれなかったのだろうか? 隠しておくべきようなことではない。一体、何の事情があるというのだろう?
「クリスタル、俺はロイだぜ、よろしくな!」
「僕はマックス。お世話になるよ」
「こちらこそ、短い間ですが、みなさんのお役に立てるよう頑張ります!」
車の中ではそんな会話が繰り広げられている。だが疑問のせいで、ナサニエルは上の空であった。
「そんなことがあったんだ、ナサニエル?」
「えっと、何?」
デライラに急に話を振られても、反応できなかった。
「もう、何ボサッとしてるの?」
「いや、昨日眠れなくてさ…」
ナサニエルは嘘を吐いた。クリスタルの前で、彼女に関する疑問を言うのは失礼に感じたからだ。
「ママのベッドで寝たいからかよ?」
ロイがからかうと、
「それは暖かそうだね」
マックスも便乗して来る。
「うるさいよ? 僕は船に弱いだけさ!」
ナサニエルは深く悩まず、リラックスするために会話に混ざることにした。
十数分も走れば、車はナサニエルの家に着いた。
「デケー! ナサニエル、ここがお前の実家かよ?」
驚くのも無理はない。一言で言うなら豪邸、それが彼の実家と言うのだから。
「これなら寝泊まりできるスペースと言うより、部屋自体が余ってそうね」
そう言うとデライラは辺りを見回し、
「この辺も全部、家の敷地?」
「はい、そうです。ハートアームズ家はグスコー島では一番のお金持ちなんですよー」
クリスタルが代わって答えた。
「へえぇ…。どおりでナサニエルがアルバイトしないわけだわ。だってお金に困る未来が見えないもの…」
「いや僕は勉学に集中したくてバイトしてないだけだよ?」
だがデライラの目には、彼女が言ったように映っているのだ。
「これだけ大きいと、地下にも何かありそうだね」
マックスの言葉に、
「ああ、そうだ。絶対に、ある」
とナサニエルは返した。それを聞いていたのかデライラが、
「処刑場だけはなさそうだけど」
「おい、まだそれいじくってんな? 冗談だぜ冗談!」
ロイも聞き漏らさなかった。
「地下?」
ナサニエルが驚いたのは、クリスタルが首を傾げてそう言ったからだ。
「聞いてないのか? いや、見てないのか、クリスタル?」
「はい…。あ、でも、立ち入らないようにって言われた通路がありましたから、その先にあるのかもしれませんね。私は詳しくないですけど…」
ナサニエルは一瞬焦った。これで、クリスタルに頼んでひっそりと地下室に行くという手段が取れなくなったからだ。だがもとより両親に直談判すつつもりであったので、冷や汗も一瞬で引いた。
「何か重要なことですか?」
クリスタルの問いに、ナサニエルは首を横に振った。勝手に彼女を巻き込んで、クビにしたくないからだ。
四人はクリスタルに先導されて、門をくぐり玄関にたどり着いた。
「ようこそ、みなさん」
母が出迎えてくれた。
「久しぶり、母さん」
ナサニエルの挨拶は簡単だった。ロイたちは自己紹介をしながら、お世話になりますと言って頭を下げた。
「かあ、父さんは?」
「書斎にいるわよ。ナサニエル、挨拶して来なさい。他のみんなは部屋に案内するわね。クリスタル、手伝って」
一人はぐれて家の中を進むナサニエル。父の部屋はわかるので、真っ直ぐ進む。
扉をコンコンとノックする。
「父さん、入っていい?」
いいぞ、と返事が来たので、ドアノブを回して中に入る。
父は机に向かって座っていた。
「父さん、久しぶり」
「ああ、ナサニエル。大学に行ったっきりで帰ってこないと心配していたところだ」
「うう…」
実は、そう思っていた時期が彼にもあった。
「でもこうして戻って来てくれて、嬉しいな。今日は一杯飲むか?」
「遠慮するよ。みんなと話して過ごしたいんだ」
「そうか。まあ、それがいい」
父はそう言って、黙った。
ナサニエルも無言だった。
「どうした? みんなの所に行ったらどうだ?」
ここで切り出すべきか、まだ時を待つか。ナサニエルはそれで悩んでいた。
「父さん!」
切り出すことを選んだ。だが話題は地下室のことではなく、
「僕に期待してくれてるかい?」
自分の将来についてだった。
「と言うと?」
「母さんは心配事があっても、僕の選ぶ道を応援してくれると言った。でも父さんは? 最近電話しても留守電だったから聞いてないけど、僕がコロニーラボのような所で働いても…」
ナサニエルが途中で口を閉じたのは、父の表情が一瞬だけ変化したのを見逃さなかったからだ。
「父さん?」
我に返った父は、
「ナサニエル。お前に話しておきたいことがあるんだ。今日はゆっくり休め。明日以降、お前の都合の良い時にしよう」
今度はナサニエルの表情が変わった。
「どういう意味?」
「あー、特に深い意味はないが…。お前もハートアームズ家の一員だ。知らなければいけないことがあるからな」
この時にナサニエルがいくら父に聞いても、それ以上は教えてくれなかった。