Episode 2
文字数 3,504文字
「あ、朝か……」
起きると同時に、ナサニエルはあれが夢であることと、父がやはり死んだことを同時に理解した。だがクリスタルに気分転換をさせられたからか、そこまで落ち込むことはなかった。
久しぶりに朝に目が覚めたので、ベッドから起き上がって部屋を出る。食卓には朝食が並んでいる。
「あらナサニエル、今日は早いのね」
母と午前中に話すのも久しぶりである。
「コーヒーお入れしますね」
クリスタルがマグカップに注いでくれている間、テレビをつけた。
「昨晩の火災で全焼しましたオツベル総合研究所ですが…」
どうやら昨晩、ナサニエルが寝ている間に火事があったようだ。
普通なら聞き流すだけのニュースだが、母の表情が一瞬だけ歪んだのをナサニエルは見逃さなかった。
「オツベル研究所…?」
ニュースでは、焼け落ち前の研究所の写真が映し出された。もちろんナサニエルはここに行ったことなどない。だが、どこかで名前を聞いたことがある気がしたのだ。そして母の表情から、何かあることもわかった。
だが何があるのか、それがわからないのだ。
「最近名前を聞いたのかな? でもどこで?」
クリスタルにも尋ねてみたが、彼女もわからないと言っていた。
「行ったことがあれば別ですが…。私は滅多にこの島を出ないのですぐにわかりますけど、ここには行ったことはないです」
「それは僕も同じだよ。でも母さんは?」
「私もどこかで聞いたことがある気がするの。とても重要なことだった気がするけど…」
しかしそれ以上は何もわからなかった。ナサニエルとクリスタルには特に思い出もなく、母も思い出せなさそうであったためだ。
このことは一旦忘れて、朝食をとることにした。
食べ終えるとナサニエルは、地下室に降りた。父が情熱と半生をかけて育てたグロブノイド。もうパラノイドの脅威は去ったが、だからといって放置するわけにもいかない。
初めて自分だけでこの扉を開く。地下室は一定の温度と湿度が保たれている。隅には机があり、その上には飼育マニュアルが置いてあった。
「こういう時のために父さんが遺してくれたんだ」
それに従い、世話をする。簡単にでき、すぐに終えられた。
他にも何かないものかと机とその周辺を探すと、ボロボロのノートが一冊、机の下に落ちていた。それは父の字で書かれた飼育記録であった。
「日付は僕が生まれる前から始まってる。相当昔のヤツだ」
コロニーラボにいた頃のものではなかったので、この島に来てから書かれたものだということがナサニエルにもわかった。
「確か、地球に持ち込まれたグロブノイドは他にもいたんだよな」
資金源にするために売ったと父は言っていた。どこが買い取ったのかは覚えていない。そこまで重要じゃないと思い、聞き流していた。しかも実際に、既にどうでもいいことになってしまった。
世話を終えると地下室を出た。せっかく元気を取り戻せたのだ、今日は何をしようか。それを考えていたら、ナサニエルは二度寝をしてしまった。昨日の疲れが残っていたためか、それとも夢でまた父に会えることを期待していたからか。
「声と姿に騙されるなって言ってたけど、もうパラノイドはいないんだ。そんなことより僕の人生にアドバイスしてよ」
だが期待とは裏腹に、父は夢に出て来なかった。
ナサニエルが本土に戻る予定の前の日、またニュースが耳に飛び込んで来た。
「ポラーノ大学で昨日、火災が発生しました。大学の発表によりますと、生物の飼育棟は全焼したが、犠牲者はゼロとのことです」
このニュースを聞くとナサニエルは、あることを思い出した。
「父さんが言っていた……。グロブノイドを売った研究施設…」
前のオツベル総合研究所も、今回のポラーノ大学もそうだ。行ったことがあるとかどうのではなく、聞いたことがあったのだ。
二つの施設の火災が示す意味を、ナサニエルは理解した。
「クリスタル! 一緒に来てくれ」
そして、ランドールにも連絡を入れる。彼とは、本土の港で落ち合うことにした。
そして翌日、一日かけて海を渡るとランドール、ジェームズと合流する。
「まだ休暇中だから良かったが…。ナサニエル、一体どういうことだ? なぜパラノイドが地球に来ていると断言できる?」
ランドールの疑問は当たり前のものであった。パラノイドはマーヴィンが命と引き換えに葬ったはずなのだから。
「詳しく説明してくださいよ」
「わかった」
ナサニエルは自分の推測を話した。
ナサニエルが、パラノイドが地球に来ていると考えた理由はやはり、火事に見舞われた二つの研究所にあった。
「あそこにはグロブノイドが秘密裏に飼育研究されているんだ。それを知っているのは僕の父さんだけ。でも最近になって、そのことを知った人たちがいる」
「おい、もったいぶってないでさっさと話せよ!」
ジェームズが急かしたが、
「これを二人に話すのは、あなたたちを信じているからです。………その事実を知ることができたのは僕と、クリスタル、ロイ、マックス、デライラ」
これに驚いたランドールが、
「君の仲間じゃないか? 確か父親から一緒に話を聞いたんだろう?」
「もちろん母さんも父さんの口から聞いたことがあったらしいですが、今まで行動に移さなかったし、パラノイドではグロブノイドの世話はできない。そして僕と一緒にグスコー島にいたクリスタルにも犯行は不可能…」
容疑が外れたクリスタルは安堵のため息を吐いた。横で聞いていたジェームズは、
「でもパラノイドの仲間じゃないって保証はできねえだろう? こんな見た目で俺たちのことを騙しているのかも!」
「僕はそうは思いません。パラノイドについて地球上で誰よりも知っていた父さんを長年欺けるとは思えません。それにクリスタルがパラノイドなら、研究所の焼き討ちは僕たちがコロニーラボ2に行っている間にできたはず。それをしなかったということは、彼女はパラノイドではない」
「ちょっと待て、ナサニエル!」
ここまで言われてランドールには、話の道筋が見えて来た。
「それじゃあ、パラノイドは………あの三人の内の誰か?」
「おそらく……」
ナサニエルは目を閉じて頷いた。自分の言っていることを、自分が一番信じたくなかった。
「まだ誰なのかは特定はできません。でも三人のうちの、誰か、です。ソイツは次に、次世代生物研究所を襲う。それはわかっています」
「そこにもグロブノイドがいるのか?」
ランドールが聞いてきたので、ナサニエルは、はいと答えた。
「でもソイツはいつ、地球に来たんだ?」
「それはわかりません。三人とは大学で出会いましたが、裏を返せばそれ以前のことは本人が話さない限りはわからないんです」
しばらく無言だった。
「何か対策はないのか? 例えば三人を予め拘束しておくとかは?」
ジェームズが言った。
「他に仲間がいたら意味がないぞ、ジェームズ。既に他の人に寄生している可能性も捨てきれない。だろ?」
「はい。それが可能なのがパラノイド……ですが僕はその可能性は低いと思います」
どういう意味だと聞かれたので彼は事情を説明した。
「パラノイドは非常に賢い生物です。かつてコロニーラボで父さんに寄生した時も、完璧にネズミのフリをして油断させていた。でもその時は父さんしかパラノイドのことを見ていなかったんです。地球はコロニーラボよりも人が沢山います。どこかで寄生しているところを見られてしまえば正体がバレてしまう。数を増やせばそのリスクが高くなる……。一番パラノイドにとって安全なのは、誰にも寄生しないで時をずっと待つことです」
「その時って、いつなんですか?」
「……父さんが死ぬ時と、地球に持ち込まれたグロブノイドの場所がわかる時まで」
今がベストタイミングだから、パラノイドはグロブノイドの研究施設を襲ったとナサニエルは主張した。
「それはマズイな…。ヤツにとっては今がチャンスというわけか」
ランドールが深刻な表情をしていると、
「でも簡単じゃねえか?」
とジェームズが言うのだ。
「な、何?」
「だって地球上の生物の内の三人まで絞り込めてるんだろ? ソイツをワザと泳がせようぜ。俺たちが先回りして極秘に警備する。何も知らずにやって来た奴がパラノイドってことだろ」
聞いていると乱暴な作戦である。だが賭けてみる価値がある。
「でも何もしなければ、いつ襲われるかわかりません。今日かもしれない!」
「ナサニエルだっけか? 俺だって馬鹿じゃない。一人一人に違うことを教えるんだ。それで誰なのかを絞り込む」
「なるほど! それなら白黒つけられますね!」
少しずつだが、パラノイドに勝つ術が見えてきた。
起きると同時に、ナサニエルはあれが夢であることと、父がやはり死んだことを同時に理解した。だがクリスタルに気分転換をさせられたからか、そこまで落ち込むことはなかった。
久しぶりに朝に目が覚めたので、ベッドから起き上がって部屋を出る。食卓には朝食が並んでいる。
「あらナサニエル、今日は早いのね」
母と午前中に話すのも久しぶりである。
「コーヒーお入れしますね」
クリスタルがマグカップに注いでくれている間、テレビをつけた。
「昨晩の火災で全焼しましたオツベル総合研究所ですが…」
どうやら昨晩、ナサニエルが寝ている間に火事があったようだ。
普通なら聞き流すだけのニュースだが、母の表情が一瞬だけ歪んだのをナサニエルは見逃さなかった。
「オツベル研究所…?」
ニュースでは、焼け落ち前の研究所の写真が映し出された。もちろんナサニエルはここに行ったことなどない。だが、どこかで名前を聞いたことがある気がしたのだ。そして母の表情から、何かあることもわかった。
だが何があるのか、それがわからないのだ。
「最近名前を聞いたのかな? でもどこで?」
クリスタルにも尋ねてみたが、彼女もわからないと言っていた。
「行ったことがあれば別ですが…。私は滅多にこの島を出ないのですぐにわかりますけど、ここには行ったことはないです」
「それは僕も同じだよ。でも母さんは?」
「私もどこかで聞いたことがある気がするの。とても重要なことだった気がするけど…」
しかしそれ以上は何もわからなかった。ナサニエルとクリスタルには特に思い出もなく、母も思い出せなさそうであったためだ。
このことは一旦忘れて、朝食をとることにした。
食べ終えるとナサニエルは、地下室に降りた。父が情熱と半生をかけて育てたグロブノイド。もうパラノイドの脅威は去ったが、だからといって放置するわけにもいかない。
初めて自分だけでこの扉を開く。地下室は一定の温度と湿度が保たれている。隅には机があり、その上には飼育マニュアルが置いてあった。
「こういう時のために父さんが遺してくれたんだ」
それに従い、世話をする。簡単にでき、すぐに終えられた。
他にも何かないものかと机とその周辺を探すと、ボロボロのノートが一冊、机の下に落ちていた。それは父の字で書かれた飼育記録であった。
「日付は僕が生まれる前から始まってる。相当昔のヤツだ」
コロニーラボにいた頃のものではなかったので、この島に来てから書かれたものだということがナサニエルにもわかった。
「確か、地球に持ち込まれたグロブノイドは他にもいたんだよな」
資金源にするために売ったと父は言っていた。どこが買い取ったのかは覚えていない。そこまで重要じゃないと思い、聞き流していた。しかも実際に、既にどうでもいいことになってしまった。
世話を終えると地下室を出た。せっかく元気を取り戻せたのだ、今日は何をしようか。それを考えていたら、ナサニエルは二度寝をしてしまった。昨日の疲れが残っていたためか、それとも夢でまた父に会えることを期待していたからか。
「声と姿に騙されるなって言ってたけど、もうパラノイドはいないんだ。そんなことより僕の人生にアドバイスしてよ」
だが期待とは裏腹に、父は夢に出て来なかった。
ナサニエルが本土に戻る予定の前の日、またニュースが耳に飛び込んで来た。
「ポラーノ大学で昨日、火災が発生しました。大学の発表によりますと、生物の飼育棟は全焼したが、犠牲者はゼロとのことです」
このニュースを聞くとナサニエルは、あることを思い出した。
「父さんが言っていた……。グロブノイドを売った研究施設…」
前のオツベル総合研究所も、今回のポラーノ大学もそうだ。行ったことがあるとかどうのではなく、聞いたことがあったのだ。
二つの施設の火災が示す意味を、ナサニエルは理解した。
「クリスタル! 一緒に来てくれ」
そして、ランドールにも連絡を入れる。彼とは、本土の港で落ち合うことにした。
そして翌日、一日かけて海を渡るとランドール、ジェームズと合流する。
「まだ休暇中だから良かったが…。ナサニエル、一体どういうことだ? なぜパラノイドが地球に来ていると断言できる?」
ランドールの疑問は当たり前のものであった。パラノイドはマーヴィンが命と引き換えに葬ったはずなのだから。
「詳しく説明してくださいよ」
「わかった」
ナサニエルは自分の推測を話した。
ナサニエルが、パラノイドが地球に来ていると考えた理由はやはり、火事に見舞われた二つの研究所にあった。
「あそこにはグロブノイドが秘密裏に飼育研究されているんだ。それを知っているのは僕の父さんだけ。でも最近になって、そのことを知った人たちがいる」
「おい、もったいぶってないでさっさと話せよ!」
ジェームズが急かしたが、
「これを二人に話すのは、あなたたちを信じているからです。………その事実を知ることができたのは僕と、クリスタル、ロイ、マックス、デライラ」
これに驚いたランドールが、
「君の仲間じゃないか? 確か父親から一緒に話を聞いたんだろう?」
「もちろん母さんも父さんの口から聞いたことがあったらしいですが、今まで行動に移さなかったし、パラノイドではグロブノイドの世話はできない。そして僕と一緒にグスコー島にいたクリスタルにも犯行は不可能…」
容疑が外れたクリスタルは安堵のため息を吐いた。横で聞いていたジェームズは、
「でもパラノイドの仲間じゃないって保証はできねえだろう? こんな見た目で俺たちのことを騙しているのかも!」
「僕はそうは思いません。パラノイドについて地球上で誰よりも知っていた父さんを長年欺けるとは思えません。それにクリスタルがパラノイドなら、研究所の焼き討ちは僕たちがコロニーラボ2に行っている間にできたはず。それをしなかったということは、彼女はパラノイドではない」
「ちょっと待て、ナサニエル!」
ここまで言われてランドールには、話の道筋が見えて来た。
「それじゃあ、パラノイドは………あの三人の内の誰か?」
「おそらく……」
ナサニエルは目を閉じて頷いた。自分の言っていることを、自分が一番信じたくなかった。
「まだ誰なのかは特定はできません。でも三人のうちの、誰か、です。ソイツは次に、次世代生物研究所を襲う。それはわかっています」
「そこにもグロブノイドがいるのか?」
ランドールが聞いてきたので、ナサニエルは、はいと答えた。
「でもソイツはいつ、地球に来たんだ?」
「それはわかりません。三人とは大学で出会いましたが、裏を返せばそれ以前のことは本人が話さない限りはわからないんです」
しばらく無言だった。
「何か対策はないのか? 例えば三人を予め拘束しておくとかは?」
ジェームズが言った。
「他に仲間がいたら意味がないぞ、ジェームズ。既に他の人に寄生している可能性も捨てきれない。だろ?」
「はい。それが可能なのがパラノイド……ですが僕はその可能性は低いと思います」
どういう意味だと聞かれたので彼は事情を説明した。
「パラノイドは非常に賢い生物です。かつてコロニーラボで父さんに寄生した時も、完璧にネズミのフリをして油断させていた。でもその時は父さんしかパラノイドのことを見ていなかったんです。地球はコロニーラボよりも人が沢山います。どこかで寄生しているところを見られてしまえば正体がバレてしまう。数を増やせばそのリスクが高くなる……。一番パラノイドにとって安全なのは、誰にも寄生しないで時をずっと待つことです」
「その時って、いつなんですか?」
「……父さんが死ぬ時と、地球に持ち込まれたグロブノイドの場所がわかる時まで」
今がベストタイミングだから、パラノイドはグロブノイドの研究施設を襲ったとナサニエルは主張した。
「それはマズイな…。ヤツにとっては今がチャンスというわけか」
ランドールが深刻な表情をしていると、
「でも簡単じゃねえか?」
とジェームズが言うのだ。
「な、何?」
「だって地球上の生物の内の三人まで絞り込めてるんだろ? ソイツをワザと泳がせようぜ。俺たちが先回りして極秘に警備する。何も知らずにやって来た奴がパラノイドってことだろ」
聞いていると乱暴な作戦である。だが賭けてみる価値がある。
「でも何もしなければ、いつ襲われるかわかりません。今日かもしれない!」
「ナサニエルだっけか? 俺だって馬鹿じゃない。一人一人に違うことを教えるんだ。それで誰なのかを絞り込む」
「なるほど! それなら白黒つけられますね!」
少しずつだが、パラノイドに勝つ術が見えてきた。