Episode 7

文字数 3,668文字



 マーヴィンは思考を巡らせていた。情報量は少ないが、考えられることをまとめるのだ。
宇宙ネズミは、寄生されていた。そしてその寄生生物は、自分が目撃したように宿主を殺して、宿主そっくりの姿で体から出て来るのだ。
 これはおそらく、寄生中に宿主の遺伝情報をコピーして自身の体をその情報を元手にそっくりに作り変えるのだろう。

 しかも、自分にも寄生したということは、宿主は選ばない。何者にでも寄生できるのだ。これは驚異的だった。
 マーヴィンの頭の中には、最悪の事態が想像できていた。
 それは、このコロニーラボの飼育生物と職員全てにこの生物が寄生し、成り済ますということだった。人類はこの生物に取って代わられる。一度地球に降り立てば、全人類が、いや全生物が寄生されてしまう。

「何ということだ…」

 さらに驚くべきことに、この生物は知能が高い。コロニーラボに運び込まれた時点で、いつでも自分に寄生できたはずだ。それ以前に、採取した調査隊に寄生できたはず。でもそうしなかった。考えられるのは、より多くの宿主に寄生するためだ。だから普通のネズミのように振る舞い、自分を油断させたのだ。もしかしたらこのラボに持ち込まれることも、寄生生物の思惑通りだったのかもしれない。
 マーヴィンは宇宙ネズミの飼育ケージを見た。

「この中のネズミは既に、寄生生物が成り済ましているものかもしれない…」

 土の中に巣を作っているため、ここからでは内部が見えない。だから実態はわからないが、そうであるような気がするのだ。

「でも、あの一匹だけ寄生されていたのかもよ?」

 エリザベスが言う。だがマーヴィンは違うと思った。

「あえて寄生されていない個体を用意していたのかもしれない…」
「そんなに知能が?」
「ああ…。言葉を話すわけではないみたいだけど、種の繁栄が目的で、そのためにありとあらゆる生物に寄生する。だから知能も高くなった、俺はそう考えるよ」

 人間である自分が一杯食わされたのだ。舐めてかかれば確実に返り討ちに合う。


 マーヴィンはどうすべきか、考えていた。この寄生生物を研究対象にするという選択肢はない。ならば上司に報告するか。それが一番取るべき手段であろう。
 だがそうはできなかった。上司は研究の先には軍事利用があると考えている。この、寄生生物にどのような価値があるのかはわからない。だが二言目には、軍のために、と言うだろう。そうはさせない。そのためにもこの生物は、根絶させる。

 だが問題があった。宇宙ネズミを全滅させてしまったと上司に言えば確実に罰せられる。ただでさえ上層部とマーヴィンは、グロブノイドの軍事利用のことで揉めているのだ。そんな時に、飼育に失敗しました、と報告すれば何をされるかわかったものではない。
 軍部はきっと、この生物に魅力を感じるだろう。軍事に疎いマーヴィンには全く理解できないことだが、何かしらの方法で、利用したがるに決まっている。しかしそれは、この寄生生物の思う壺なのだ。そうやって生息域を拡大していくのだろう。非常に恐ろしい生態だ。

「どうする…? どうすればいい?」

 悩みに悩んだ。


 だがマーヴィンは答えを出せなかった。

 急に頭痛が彼を襲った。吐き気もし、高熱が出た。コロニーラボないには医療デッキがあるが、そこで診断しても原因が不明だった。

「いや、俺にはわかる。これは…」

 あの寄生生物のせいだ。そう言いかけた時、既に意識は朦朧としており、何も考えることができなかった。彼はベッドの上で、ゆっくりと瞼を閉じた。


 次に目が覚めたのは、それから何日後のことだったのだろうか。起き上がると同時にマーヴィンは、自分の体に何の異常もないことがわかった。

「効いたのね、あの特効薬が」

 横でエリザベスがそう言った。

「…? 何のことだ?」

 実はエリザベスは、寄生生物の死骸をグロブノイドに与えていた。そしてそこから、治療薬を作り出すことに成功していたのだ。
 意識のないマーヴィンにエリザベスは、上層部にバレないように作り出した特効薬を投与した。寄生生物に対して本能的に攻撃する性質に加え、あらゆる毒を無毒化できるグロブノイド。この二つが組み合わされば、あの寄生生物に勝つことは簡単であった。実際にマーヴィンは死の淵から舞い戻って来た。

だがそれは、エリザベスがグロブノイドから治療薬を作り出す技術を確立したことを秘密にしていたことを意味する。図らずもエリザベスは、マーヴィンと同じような立場となってしまった。


 自室に戻って来たマーヴィン。既に決心がついていた。

 グロブノイドに水を近づけた。何度もこれを行い、人工的に繁殖期を迎えさせると、女王にも水を近づけた。これで新女王の数を増やすのだ。
 結果はすぐに出た。数日もすればグロブノイドは、新女王を五匹も生み出していた。一匹は今まで通りコロニーを受け継がせる。
 そしてマーヴィンは、残りの四匹とエリザベスを連れ、秘密裏に宇宙船に乗り込むと、地球に戻った。
 コロニーラボで研究を続ける意味は、もうない。勝手な実験は許されないので、グロブノイドと宇宙ネズミを同じ飼育ケージに入れることはできない。それにラボに置いて来たグロブノイドたちは、特に世話をしなくても生きていける。放置することになった宇宙ネズミは、餓死すればいい。

 彼の意志は固かった。地球に戻り、独力で研究を続けるのだ。もしあの寄生生物、マーヴィンはパラノイドと名付けたあの生物が何かの拍子で地球に飛来した時、対抗するためにグロブノイドの数を増やし、特効薬を作り、Xデーに備えるのだ。


 マーヴィンはフォルカディアには戻らなかった。無断で戻って来たのがバレてしまうからだ。だから遠く離れたスノートーヴに降り立つことにした。そしてそこで、次世代生物研究所、ポラーノ大学、オツベル総合研究所の三つの異なる研究機関に、自分の書いた研究レポートと共に莫大な金額で売りつけた。そして得たお金で、グスコー島の土地を買い取って自分の家と地下の飼育スペースを建てたのだ。


 同時に、パラノイドについても限られた情報を整理することでまとめ上げた。

 パラノイドは、超寄生生物と呼ぶに相応しい生物だ。自分以外の生物であれば、何者にでも寄生できる。そして寄生中に遺伝情報を得ると共に宿主を殺し、何食わぬ顔で体の外に出て来る。宿主に成り代わって、普通にいつものような生活を送るのだ。
 パラノイドの行動の根幹には、種の繁栄があると考えられた。貪欲に寄生しては、生息域を広げ、新たなる宿主を見つける。それをひたすら繰り返すのだ。宿主の遺伝情報を得るのも、本来なら立ち入れない環境に適応するためかもしれない。
 そして、驚くべき高度な知能。本能を制御することができ、寄生のタイミングを図れる。ベストなタイミングを辛抱強く待ち、決して逃さないのだ。しかも、ワザと寄生時期をずらして、未だ寄生してない正常な個体をその時まで保つことも可能。
 また自分たちの特性すら、徹底的に理解していると思われる。そうでなければ人間にも寄生しようとはしないだろう。これは生息域を広げるのにも役立つし、終宿主を選ばなくていいことも理解しているはずだ。

 対抗策はある。グロブノイド由来の特効薬なら、体に寄生したパラノイドを死滅させることができる。つまりグロブノイドは、パラノイドにとって最大の天敵である。おそらく直接対峙しても、グロブノイドはパラノイドを殲滅してくれるだろう。

 だがマーヴィンをしてもわからないことがあった。それはパラノイドは具体的にどうやって増えるのか、である。宿主の中で増えるなら、あの時のネズミの死骸に他のパラノイドが残っていなかったのは不自然であるし、飛び出したパラノイドが一匹であったのも変だ。しかしこれには、自分に寄生する役割を担うことになった個体が、ワザと増殖しなかったとも考えられる。そもそも生殖方法はどうなのだろうか? 無性生殖で増えることができるのか、有性生殖も可能なのか、はたまた地球上では見られない生殖方法なのか。
 また、パラノイド本来の姿はどうなのだろうか? これが一番の謎であった。マーヴィンは寄生し、宿主に化けたパラノイドしか見たことがない。真の姿がわからないと、全く別の生物と勘違いしてしまう可能性がある。また彼の時はネズミが噛み付いたが、本来の寄生方法も謎であった。アニサキスのように生きたまま食べられることで寄生するのか、それとも寄生蜂のように卵を植え付けるのか。もしくは、直接皮膚を食い破ってまたは浸透して中に侵入するのか。実物がなければわからないことも多かった。

 マーヴィンとエリザベスは、改めてこのパラノイドの恐ろしさを知った。マーヴィンについては実際に寄生されたこともあってか、必要以上に用心深くなった。


 マーヴィンは自分が確立した方法で、グロブノイドの数を増やした。時間はいくらあっても足りない。その日は明日かもしれない。そう怯えながらグスコー島で過ごしていたのだ。
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