第16話 バッティングセンター

文字数 1,825文字

 12月23日。

 俺は夜のバッティングセンターで、高木くんと、大西くんと一緒にボールを打ち続けていた。高木くんが汗を拭きながら、バッターボックスを出る。

「久しぶりにバット振りました。高校の部活を引退してから、ほとんど触ったこともなかったから」

 高木くんも大西くんも、高校で野球部に所属していた。練習試合で対戦したこともあったらしい。学生課のカウンターでいつものように高木くんと話していたら、大西くんが来て、バットを振りに行こうという話になった。それで、俺もついてきたのだ。

「ホームラン打つまでやるって言ったの誰ですか。もう二百球くらい打ってますよ。ほら、豆」

 大西くんの右手に小さな水疱ができている。結局誰も、ホームランを打てなかった。意気消沈で、休憩所の長椅子に座ると、高木くんが思い出したように言う。

「そういえば、明日バンドのライブに行くんです。彼女に誘われてて」
「……それってUnsigned Bright?」
「そうです。なんか最後のライブらしくて。僕は聴いたことないんですけどね」

 俺は大西くんと顔を見合わせて笑う。

「え? え? なんですか」
「いや、俺たちも行くんだよ。そのライブ」
「そうなんですね。じゃ一緒に近くで聴きましょうよ」
「そうだね。チアリーダー部の西山さんも来るよ」
「げっ。僕、あの人苦手なんですよ。すっごい冷たい目で見てくるから」

 俺は、なんとなくその理由を察した。高木くんは完全なる被害者だろう。大西くんが缶コーヒーを買いに自販機コーナーへ歩いて行った。

「高木くん。俺、そのバンドのボーカルの子と付き合ってるんだ」
「えっ、そうなんですか。……もしかして、正社員になろうって就活してたの、その人のためです?」
「うん。その人のために、ちゃんと生きようって思って、今までの自分の(から)を破って、進めたんだ」
「愛の力、ってやつですか。僕は、今の彼女とずっと一緒にいるつもりはないかなぁ。向こうもそんなつもり無いだろうし」
「若い子はそれでいいんじゃないかな。俺も色んな人と関わってきて、ようやく見つけたんだ。大事な人」

 大西くんが3人分の缶を持って戻ってきた。ひとつ受け取り、コーヒー缶を持つ手に温もりが戻ってくる。大西くんが缶を開けながら言う。

「僕もようやく就活できるようになったんですよ。コンサルタント会社とか、インフラ系の手堅いところを攻めるつもりです。ちょっと遅れた分、頑張らないと」
「君はすぐに決まるよ。どう見たってデキる男なんだから」
「大西はいいよな。これからどこにだって行けるんだ。僕はもう決まった道を歩くしかないよ。長男だし」

 就活しなくていいって言ってたけど、跡取(あとと)りは跡取りで大変なんだな。そういう意味での辛さは全く分からない。大西くんが俺の顔を見て()く。

「吉田さんは栗谷さんと結婚、するんですか?」
「……したいけど、俺は3月から、彼女は新年明けてから新しいところで働くからねぇ。そもそも、彼女は大学をまだ卒業してないし。とりあえずふたりの生活が安定してからでないと、無理だよね」
「新しい職場で、浮気しちゃダメですよ」
「するわけないよ」

 俺の頭に、本間さんの顔がチラついた。なんてことをしてくれたんだ、あの人は。

「今、ちょっと目、()らしました」
「しないって。大西くんも含めて、色んな人が応援してくれて今があるんだ。彼女も周りの人も裏切りたくないよ」
「なら、良かった」

 何目線なんだと思いつつ、大西くんは今も応援してくれていることが分かった。なんというイケメン。
 もう1回ずつ打席に立ったが、やはり誰もホームランは打てなかった。
 俺たちはバッティングセンターを出て、駅へ向かって歩く。

「冬休みはウチの手伝いしなきゃいけないんですよねー。和菓子屋は年末年始、忙しいから」
「俺も日雇いでおせちの仕事とか、やるつもりだよ」
「相変わらず働きますねぇ。貧乏暇なしか」
「それ、普通は自分で言うことだよ」

 笑って話していると、大西くんが、ぱんと手を叩いて提案する。

(みんな)、僕の(うち)の別荘に来ませんか。ログハウスなんですけど、暖炉があって雰囲気が()いんです。栗谷さん、ライブの(あと)は暇でしょ」
「どうなんだろう。明日、()いておくよ」
「大西、僕も行っていい?」
「だから(みんな)って言ってるだろ。皆を誘うんだよ」
「どんな大パーティーになるんだ……」

 くだらない話も含めて、笑い、話しながら歩いて行く。明日はライブ。ひとつの旅が終わって、きっと何かが始まる日。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み