エピローグ2 マサト

文字数 1,225文字

 服部マサトはカーテンを全開にして、東京の夜景を見下ろす。きっと濱田なら、この光景を上手い具合に歌詞にのせて歌いあげるんだろうなと思いながら、コーヒーを(すす)る。

 プレイヤーにディスクを挿入し、ソファーにゆったりと深く座る。半年前のライブが、壁掛けの65インチのディスプレイに映し出される。

 クリスマス・イブに開催された、Unsigned Brightの最後のライブ。

 奮発してプロのカメラマンを入れ撮影してもらっていた。でき上がってきたディスクは、関係者に配った。自分たちの最後にして最高の演奏を、忘れられたくなかった。

 あのライブの後、マサトは本格的に別のバンドに合流し、メジャーバンドのベーシストとしてレコーディングやライブに参加していた。もちろんベースの腕前には自信がある。だが(いま)だに、あのライブほどの気持ちを込めて演奏することは出来ずにいた。

 その原因は分かっている。分かっているが、どうしようもない。あいつはもう別の男のものだ。

 ほまれは、映像に出てくるたび、必ず同じ方向を見ている。ライブの間、ずっとあいつを見ていた。あいつに歌いかけていたんだ。マサトは、胸の不快感を無視したまま、ライブの映像を観続けた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 遠征先の東北地方で、ライブ会場に足を踏み入れた。ステージに上がり、観客席を見回す。3階席まである。今夜はここが観客で満員になる予定だ。

 機材の音合わせをしていると、パタパタと駆けて行く見知った顔を見つけた。

「ほまれ!」

 声に気付き、彼女は手を振りながら、忙しそうに観客席を走り抜けて行く。

 音合わせを終えて、控え室に向かう廊下で、また彼女の姿を見つけた。マサトは、今度は近付いてから声を掛ける。

「ほまれ、お疲れ様」
「あ、マサト、お疲れ様。準備が押しててゴメンね。機材が足りないらしくて、今、急遽用意してるところ」
「いや、別にそういう話がしたいわけじゃないんだけど」

 彼女は首を(かし)げる。
 向こうも仕事なのは分かるが、半年でずいぶんと他人行儀になってしまったなと感じる。

「……あいつとは上手くやってるか?」
「うん。ほら、見て」

 左手を上げて見せてくる。薬指に、鈍い光を放つ指輪があった。

「そっか、良かったな」
「ありがと。マサトも、良い人見つかるといいね、あっ、今モテモテかな?」
「そんなことねぇよ。おれは愛想が悪いから」

 フフッと彼女が笑う。久しぶりに見る、大好きな笑顔だ。
 遠くから呼ぶ声がする。

「吉田さーん! 早く持ってきて!」
「はーい! すぐ行きます!」

 よく通る大きな声で返事をすると、彼女は駆け出そうとする。

「ほまれ」

 マサトの声で、振り返る。

「幸せに、なれよな」
「うん!」

 元気に返事をしながら手を振って、走って行った。
 取り残されて、マサトは誓う。

 絶対に、日本一のベーシストになる。それで、いつか、またあの4人で音楽を奏でる。いつかきっと。

 マサトは、誰に向けてなのか分からない言葉を(つぶや)く。

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