第17話 光

文字数 3,137文字

 12月24日。

 ライブ会場に入ると、照明の下に楽器が用意されていた。スタンディングライブだから、自由な場所で観られるが、前の方には既に人集(ひとだか)りができている。

「吉田さん」

 西山さんが手を上に伸ばして呼ぶ。集団を()き分けながら進み、彼女の近くに寄ると、古賀教授と竹内さん、大西くんと高木くんとその彼女がひと(かたまり)になっていた。

「お兄ちゃん、気合い入ってましたよ。絶対、ほまれさんの最後のライブを成功させるんだって」
「西山くんも、もう他のバンドでも()ってるのに、すごいよね」
「お兄ちゃんもほまれさんのこと、大好きだから」

 西山くんもだったか。このバンド、面白いな。

 古賀教授と竹内さんを見ると、手を繋いでいた。恋人繋ぎじゃないけど、優しく握り合っている。なぜか妙に安心した。

 会場が暗くなり、(ざわ)めきが起きる。ステージを見つめる俺の鼓動が大きく、早くなっていく。

 照明が()くと同時に、最初の曲が始まった。ドラムが最初に曲を引っ張り、ベース、ギターの順に入ってくる。洋楽寄りのサウンドで、観客が沸く。CDで何度も聴いてたけれど、ライブではさらに疾走感がある。栗谷さんの透き通る歌声は、スピーカーで増幅されて、観客へと放たれる。観客はリズムに合わせて手を振る。会場に一体感が生まれていく。

 3曲目までアップテンポの曲が続き、音が鳴り止むと、盛大な拍手が起こった。栗谷さんは汗ばんだ顔で笑顔を振り()き、マイクを手に取った。

「えと、今日は私たちの最後のライブにお集まりいただき、本当にありがとうございます。こんな満員の会場で演奏できて、すごく幸せです」

 コホンとひとつ咳払いをして、続ける。

「この中に、もうすぐ結婚する人、結婚の予定がある人はいますかー!」

 観客の中で、まばらに手が挙がる。古賀教授も元気に手を挙げていて、横で竹内さんが恥ずかしそうにしている。

「今から演奏する曲は、そんな人たちのために作った曲です。聴いてください、『Wedding songs』!」

 スローバラードのその曲は、CDには入ってなかった曲だ。もしかして、今日のために作ったのか。竹内さんのために。

 その歌詞は、プロポーズを受けて戸惑っていた女の子が、何度も何度も愛を伝えられて、最後には気持ちを受け取り、結婚を決める詩だった。ゆったりと伸びる声で、歌詞を優しく響かせていく。ふと竹内さんを見ると、(うつむ)いて大粒の涙を流していた。教授が差し出したハンカチで、彼女は目を押さえる。

 最後のギターの音色が会場に溶けていくと、大きな拍手が起こった。栗谷さんはもう一度マイクを手に取り、真剣な表情で話し始める。

「私には大事な、大事な人がいます。次の曲はその人と出会う前に作りました。でも今、この曲はその人のために歌いたいです。皆さんも、ご自身の大事な人を想いながら聴いてください。『Days』」

 大学祭でも聴いたし、CDでも何度も聴いた曲だ。でも、イントロは少し変えていて、ゆったりと始まった。ロックバラードだが、テンポも遅くしているようだ。歌詞がしっかりと伝わってくる。

 愛情を育んでいくふたりの物語。強い風が吹いてもしっかりと手を繋ぎ、寒い夜は抱き合い、光を大切に守りながら生きていくふたり。最後は、ふたりきりの世界を、手を繋いで走って行く。

 音が鳴り止むと、一瞬の静寂の後、会場は拍手の音で包まれる。栗谷さんは少しの間、目を(つむ)り、そして満面の笑みで大きな声を出す。

「じゃあ、あとは(みんな)で騒ぎましょう! いくぞー!」

 大きな歓声が起きる。そのあとはハードロック調や、アップテンポの曲が続く。観客はジャンプしたり手を振ったりして盛り上がり、ライブはさながらパーティーのような雰囲気になった。

 リストバンドで汗を拭き、栗谷さんが会場を見回し、微笑んでマイクに口を当てる。

「アンコールは無しなので、次が本当に私たちの最後の曲です。『明日に架ける橋』」

 ベースから入り、ギターとドラムが追いかけるように入っていく。知らない曲だ。この日のために、この1回のために作ったのだろう。アップテンポで、ドラムの手数が多く、ベースも複雑に聴こえる。西山くんと服部くんが次のステージに進むための曲なのかも知れない。

 迷いとか、絶望とか、ネガティブなことを全部捨てて、明日に飛び出していくという歌詞。その先にある光を目指して、全力で駆けていく。最後は、ドラムに合わせてギターとベースが鳴らされ、同時に音が停まった。

 そうして、このバンドの旅は、終わった。

 会場が割れんばかりの拍手と歓声に包まれる。手を振り、栗谷さんたちは観客に(こた)える。しばらくして、だんだんと拍手が鳴り止むと、栗谷さんはマイクを取った。

「皆さん、今日は本当にありがとう……あれ、……ゴメンなさい。ステージでは泣かないって決めてたのに……」

 涙が止まらず(うずくま)った栗谷さんに声をかけ、服部くんが優しくマイクを取る。

「おれたちは、これから違う道を歩んでいきます。でも、心は繋がったままだと思っています。これまで支えてくれた人たち、今日、ここに来てくれた皆さんに感謝しています。本当にありがとうございました」

 会場から温かい拍手が起こる。服部くんから西山くんにマイクが渡る。

「えー、皆さん、今日はありがとうございました。あんまりこういうの得意じゃないから……ほまれ、もう喋れるか?」

 笑いが起き、まばらに拍手が起こる。栗谷さんは立ち上がり、(うなず)くとマイクを譲り受けた。

「私たちの活動はこれで終わりですが、いつか、機会があれば、こうやってまた皆さんと大騒ぎしたいと思います。本当に、本当にどうもありがとうございました!」

 彼女の顔には、迷いも悲しみも無かった。

 3人が深々と頭を下げると、盛大な拍手が会場に広がっていく。頭を上げ、全員が爽やかな笑顔を見せて、手を振りながらステージを降りて行った。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 俺と栗谷さんは公園のベンチに座っていた。

 ライブの後、服部くんも西山くんも、それぞれ別のバンドの活動に合流するため、すぐに車で移動しなければならなかった。西山くんは俺に、ちゃんと栗谷さんを家まで送り届けるように言いつけて去って行った。

 俺たちは真っ直ぐ駅に向かう気になれず、適当に歩いて、公園のベンチを見つけ、そこで話をすることにした。

「寒くない? 今日、雪の予報だったよね」
「このダウン、結構あったかいから大丈夫。吉田くんこそ、そんな薄着で大丈夫?」
「寒いから、ちょっとくっつこうか」

 体を寄せ合い、栗谷さんのダウンのポケットの中で手を握る。

「あー楽しかった。ねえ、私ほとんどミスしなかったんだよ。すごいでしょ」
「ああ、西山さんも上手いって言ってたな」

 彼女は俺の頬をつねる。

「私は、あなたの言葉が欲しいの。どうだった?」
「……響いてきた。ここに」

 俺は胸に拳を当てる。ふと、あの時の言葉が(よみがえ)った。

「そういえば、俺、あの時の言葉のお礼してないな」
「どの言葉?」
「ほら、駅のホームで君が叫んだ言葉」

 『吉田くんは色々諦めてきたけど、それで良かったんだよ!』
 『だって、私に出逢えたんだから!』

「あの言葉が、俺を変えてくれた。俺をここまで連れてきてくれたんだ」

 彼女は、微笑みを浮かべる。

「じゃあ、お礼、してよ」

 俺は、キスをして、抱きしめる。
 目を(つむ)ると大きな光が見えた。温かい光が、確かに俺たちの間にあった。

「光が、見えた……」
「私は初めから見えてたよ。やっと、受け取ってくれたんだね」

 ひとひらの雪が、彼女の肩に舞い落ちた。
 俺は、降り始めた雪から彼女を守るように、もう一度抱きしめる。

 俺と栗谷さんの恋の旅は終わった。

 そして始まる。ふたりの長い、長い、光に包まれた旅が。
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