第11話 稀にみる祟り

文字数 2,907文字

今日はカルタ大会に出場しました。

会場は我が町の公民館で全国から選りすぐりの名人達が集まるのでした。出場するからにはもちろん優勝したいし、その賞金で美味しいものでも食べたい目論見であります。ただし、賞金が出るかどうかはわかりません。


それはさておき、朝の六時から会場前に並びました。入場締め切りは九時で競技?は十時から行われます。

自分は一番乗りでした。まだ主催側の人達も出場者も誰もいません。

誰も彼も平和ボケした奴らのようで、カルタにかけた姿勢や今大会への意気込みで俺は勝った気がしていた。

しかし、冬の朝はとても寒く、競技に備えて動きやすい薄着のため鼻水と咳が止まりませんでした。


さて、待つこと二時間。

凍え死に直前にようやく主催側のスタッフらしき人達がやって来ました。その中の一人が横たわっている俺を見て驚き、駆け寄ってきました。彼は俺を抱き抱えると他の人達に「救急車!」と何度も叫びました。

俺は震える手でそれを制しました。たかが寒さごときで今大会を欠場するわけにはいきませんから。

なんとかよろけながらも立ち上がり、また会場前に並びました。スタッフ達の心配そうな顔を余所にやはり先頭です。

俺は倒れそうになるのを堪えながら一人で会場前に並んでいました。



それから更に一時間ほど経過し、ポツポツと人が集まり始めました。

そして、受付が始まり、俺は会場へと向かいました。

会場は公民館の一室で会議室のようなところでした。机や椅子が片付けられていて、部屋の中央に畳が敷いてあります。

それを目にして戦いの実感が沸き起こりました。俺は気合いを入れるため自分の頬を平手で打ち、深呼吸をしました。


それではウォーミングアップ開始です。

俺はアキレス腱を数回伸ばすと会場内をランニングしました。始めは軽く流し、徐々にスピードアップです。

会場内の人達は顔をしかめて俺を見ています。俺から逃げ惑う子供達の姿もあります。迷惑顔の人が多々いますが、なにぶん狭い会場が悪いのです。

俺は四方の壁にぶつかりながら、また人々を押し退けながらなんとか走りました。


次に発声練習です(カルタでは自分が取ったことをアピールするため大きな声が必要とされる)

俺は腹に力を込めると叫んだ。

ヤーッ!

もう一度

ヤーッ!

人々が驚き、俺を見た。ひそひそと声を潜めて俺の悪口を言う主婦達もいます。

それにもめげす、俺は言葉を変えて再び大きな声で、

キャー!

と叫んだ。

ざわめく会場内。中には俺に向かってキチガイとかアブナイヤツだとか口にする者もいた。


今度は昔好きだった女の子の顔を頭に思い描いた。(マシュマロ発声法では好きな物や将来の夢などを発声すると数倍の効果が得られるとされている)

そして、その子の名前を叫んだ。

サチコー!

もう一度、

サチコー!

会場内は笑いの渦に包まれています。皆さんの視線が集中しているのがわかります。それでも、俺は腹の底から彼女の名前を叫んだ。

サチコー!



やがて、俺の声と体が温まったころ、スタッフの人達が会場に現れました。スタッフの男は大きな声で言った。

「それでは始めまーす!みんなで仲良く楽しくカルタをしましょう!」

はーい!

と会場の人々はこれまた大きな声で返事をした。

俺は驚いていた。子供部門、大人部門と別れているのではなくて、ガキもジジィも一緒になって戦うのだ。

まぁ、敵が多いほど燃えるのが俺だからな………

俺はニヤリとほくそ笑んだ。と言うか、会場内には近辺の見知った人が多かった。とくにガキが多い。俺はカルタの低年齢化を嘆くのであった。



それでは戦いのゴングです。

名前を呼ばれた俺は会場の中央へと進んだ。戦いの相手はすでに名前を呼ばれて決戦に備えている。

まずは山田と言う名のジジィだ。彼は齢七十を越えていて自分の名前も覚えていないもうろくジジィである。それに六歳の女の子とその姉七歳。
それと携帯ゲーム機に夢中な男の子。
そして、トオル君、小学五年生である。彼は近所でも悪ガキとして有名で実は二度ほど自分もお金を取られた経験がある。いわゆるカツアゲをされたのだった。

トオル君は俺を見て不敵な笑みを浮かべている。

奴にだけは絶対に負けない!

と俺は殺気立った。



しばらくして畳の上にカルタが広げられ、カルタを読む女の人が座った。いよいよ始まるのだ。それから女の人が口を開いた。

「犬も歩けば……」

俺の目の前に犬の顔が描かれたカルタがある。犬も歩けば……、の次は知らないが犬の顔が描かれているので多分これだろう。

だが、俺は伸ばしかけた手を止めた。これは引っかけかも知れない。実はこのカルタの犬はタロウとか言う名前で正解と違うとか。もしくは犬に似せた猫かも……

そう考えている間、五秒。さっと俺の前に手が伸びて、さっきのカルタを掴んだ。トオル君である。

「トオル君、早い!さすが!」

カルタを読む女の人が嬉しそうに言った。

奴は取ったカルタをヒラヒラとさせて、俺に向かってアカンベーをした。俺は震える拳を握りしめた。

それなら先手必勝である。俺は次に読まれそうなカルタを探した。

すると、俺の斜め前に豚の描かれたカルタがあって、それに目が止まった。豚は家畜である。辞書によると、

ぶた(豚)ウシ目の哺乳類。イノシンを改良して家畜化した。豚肉。

とある。

今日の夜はトンカツを食べるかな……

俺は店でトンカツ定食を食べるか、スーパーでトンカツを買って食べるか迷った。

その迷っている間、三秒。斜め前のカルタに手が伸びた。また、トオル君だ。奴は俺に向かって口パクで「バーカ」と言った。俺は頭に血が上りすぎて卒倒した。


そうして、あれよあれよとするうちに畳の上のカルタは一枚だけになった。俺の取ったカルタは0枚である。最後のカルタにはアンパンマンが描かれていた。

アンパンマンは金持ちだ……

俺は思わずアンパンマンのテーマソングを口ずさんだ。しかし、ちょっと違うし。

アンパンマンは亀持ちだ……

これも、少し違う。

ぽっくんは歩く身代金……

これなんかは全然違う。と言うか、おぼっちゃま君のテーマソングが頭から離れなかったのだ。

どうせならサザエさんのテーマソングのほうが良かったのに……

などと思っているうちに最後のカルタもトオル君の手の中に。


俺はその場にへたり込み、うずくまった。悔し涙が頬を伝った。

このカルタ大会に向けた俺の一年間はなんだったんだ……

残業もすすんでしたし、居残って社内の掃除もした。シートベルトもきちんとしてるし、制限速度だってしっかりと守った。


あまりの悔しさに俺は隣にいた六歳の女の子の胸ぐらを掴んだ。

「カルタをナメるなよ……」

と、その子に向かって凄んだ。そして、女の子が泣き出す寸前にもう一言、

「大人をナメるなよ……」

と捨て台詞をはいた。それから、俺はカルタを読む女の人の前まで走り、叫んだ。

好きだー!

これは発声法でもなんでもなくて、お想いのたけをぶつけているのだ。女の人は怯えてガタガタと震えている。俺はもう一度「好きだー!」と叫ぶと泣き叫ぶ彼女にしがみついた。

結婚!

を連呼しながら彼女の胸に頬を埋めたりもした。



だが、あっという間に俺は数人の大人達によって羽交い締めにされ、会場から叩き出されたのであった。
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