第9話 お手頃な発狂

文字数 1,158文字

放浪癖、とでもいうのか、ついフラフラと旅をしたくなる。忙しい仕事のことや煩わしい人間関係など忘れてどこか遠くに行ってしまいたい、と思って俺は旅人になるのだ。

そして、今日もまた俺は一人旅をすることにした。


今回、向かったのはスペインだった。

ボンジュール!

家を出てから、俺は道行く人々に挨拶をしながら歩いた。


五分後、歩き疲れたので公園のベンチで一服。満開の桜の木々を眺めて、旅の疲れを癒した。


いつしか、うっつらうっつら、としていて、気が付けば夕暮れだ。

日本時間では今何時ごろなんだろうか
そんなことを思いながら、俺は公園を出て今日の宿を探すため、辺りをうろついた。



それで、目についたのが中山旅館というボロくて安そうな宿だった。風情があり、いかにもスペインといった感じで、何よりも家から近い。俺はそこに向かった。


ボンジュール!

旅館の女将さんに挨拶をして、一晩泊めてくれるように頼んだ。もちろん、お金はないので「ノーマネー」を繰り返した。

だが、やはりお金がないと泊まれない、と言うことで俺は身振り手振りを交えて必死に女将さんに訴えた。

「私は日本から遥々このスペインにやって来ました。私はスペインが大好きです!」

それでも、なかなか強情な女将さんで彼女は俺に向かって、

「私はあなたを知っている!」

と声を張り上げてから、

「松本さんのところのバカ息子でしょ!」

とか、

「近所でもキチガイで評判の!」

などと喚きだした。終いには、

「警察を呼ぶわよ!」

と叫んだ。
しかし、日本語はとても難しくて俺には理解できない。だから、俺は「ノー日本語!」と何度も懇願した。

「でもスシとトーキョーはわかります!」

も付け加えて。

だけども、いい加減女将さんが本気で警察を呼びそうになったので俺は慌ててその旅館から退散した。



やはり外国は怖いところだ……

俺はひとまず近くの路地裏に逃げ込み、一息ついた。

今夜は仕方なし野宿だ。それと、寝る前に腹ごしらえも必要だ。


俺はコンビニに行ってオニギリを二つ掴んだ。
ご存知のとおり、お金がないので店員には「ノーマネー」と「私はスペインが大好きです!」と言った。
しかし、ここでも俺のスペイン語が通じないらしく、その店員にキチガイだのコジキだのと罵倒された。しかも流暢な日本語で。

俺は腹ごしらえを断念し、その空腹を紛らわすため、雑誌コーナーで立ち読みをしている女子高生を見物した。

オー!ジャパニーズ ゲイシャ!

と、いつしか俺は浮かれて手を叩いて喜び

「日本の女性は奥ゆかしくて大好きでーす!」

と片言の日本語を操りながら、その女子高生を写真撮りした。

さらに興奮してきた俺は彼女のスカートをめくっては写真に収めたり、彼女の耳元で「結婚」について熱く語ったりした。

優秀な日本の警察官がすぐ真後ろにいるとは全く知らずに……



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