[6]「満を持して」の「登場」と「満足」いかない「口上(こうじょう)」 *
文字数 2,964文字
続けてその背後に移動したメリルが、片手で器用に運転しながらデイバッグのポケットを探り、見つけた拳銃二丁をクウヤの両手に握らせた。
「懐かしいなぁ~アメリカに留学してすぐ、射撃大会で優勝したんだ」
一丁はジーパンのウエストに押し込み、もう一丁を愛でたクウヤの表情は、メリルには見えなくとも嬉しさに溢れていることは容易に想像出来た。
元々は大学の同級生に遊びで射撃場に連れていかれたのが始まりだった。(国境という概念がなくなっても、国内での所持は固く禁じられているため)銃に触れたことすらない日本人の少年が、おっかなビックリ慌てふためくところをバカにしてやりたかったのだろう。だが初体験でありながらバンバン命中させていくクウヤに、クラスメイトは悔しさもあったのか、ビギナーズラックだと決めつけて取り合わなかった。実力と認められないことに俄然奮起したクウヤが、数日後催された射撃大会に出場して、奴らを見返したいと思うのは必然だった。
「クウヤ様の履歴にそのような記録はございませんでしたが」
「まぁな。出場資格に満たない十六歳だったのがバレて、翌日には剥奪されちまったからなー」
大抵の日本人は幼く見えるため容易に詐称出来たのだが、優勝というのはさすがにやり過ぎた。
「さぁて! ちょっとブランク空きすぎだが、まだヤレるだろ~。メリル、どうやって接近戦に持ち込む?」
こうしている間にも、後ろに二機は迫っている。あちらより何とか高度を保っているため襲われずにいるが、もはや時間の問題だった。
「少しずつ下降しまして、敵機に距離を詰めさせます。ミサイルが発射されましたら、同時に急上昇しまして、敵機の上空にてモービルを後転させ、背後を取りたいと思います……出来れば両機の」
「んじゃあ、遠い方はミサイルで攻撃だな。近い一機は俺がやる」
「後転時はくれぐれもお気を付けください」
「ああ」
計画はまとまった。メリルはスピードを落とし、徐々に高度を下げていった。案の定敵も上を取りながら近付いてくる。先の一機に倣ってもう一機も同じ動きをしてはいるが、一定の距離を保ちながら後続している状態だった。
どのように察知したのかは分からないが、メリルは敵機のミサイル発射と同時にモービルを急上昇させ、次第に機体は弧を描くように回転して、先頭の一機の真上で上下逆転した。
「……くっ……!」
クウヤはフロントカウルにしがみつき踏ん張るが、逆さまでの滞空時間は異様に長く感じられた。気付けばメリルの両脚が器用にクウヤの胴体を絡めて支えている。二機目の後ろを捉えるため、メリルはかなりの距離を後退させたかったようだが、残念ながら後続モービルには旋回され、左後方に逃げられてしまった。
やがて状態を戻し、射程領域に入ったモービルへ向けてミサイルを発射する。しかし敵もいい加減パターンは把握していたのであろう。着弾する間際に急加速してよけられてしまった──と思われた瞬間。
ミサイルに続けて発射された何かが、物凄いスピードで後を追いかけていったのだ。それは敵機の進行軌道を完璧に解析したかのように、見事モービルのド真ん中を
「……」
「驚かせてしまいまして申し訳ありません。少々力が有り余っておりまして……」
「そう……みたい、だな」
フロントカウルにしがみついたままのクウヤは、あんぐり口を開けて後ろのメリルを見上げていた。メリルがその細腕で敵機に投げつけた物は、既に用済みと化したロケットランチャー……だった。
「ま、まぁこれで一機片付いた! 次こそは任せとけって」
「ではどのように近付きましょう?」
逃げたもう一機には先程同様追尾されている。再び後転して背後を取っても、同じようによけられるに違いなく、更に今回は投げつける物ももうなかった──しかし。
「さっきと同じでいい。もう一度敵機の上で宙返りしてくれ」
「は、はい」
意外な答えにメリルの返事はやや歯切れが悪かったものの、即時指示に従った。背筋を伸ばして銃に力を込めたクウヤの後ろ姿は自信に満ちていた。
「──行きます」
今一度微妙に下降した後、一気に上昇して機体を反らせる。が、今度はそれを待っていたように敵機も急上昇し、同じく後転して後をついて来ようという算段らしかった。
「──させるかぁぁっ!」
敵の行動を察したクウヤは、逆立ちした身体をのけ反らした。自分の後頭部をメリルの左肩に乗せ、両手に握った拳銃も後ろへ反らせる。さすがにそこまで立ち上がられてはメリルの両脚もほどけたので、取り急ぎ左腕でクウヤの胴体を抱え込んだ。お陰で体幹の安定を得たクウヤは敵機目がけて発砲した。
銃弾がモービルの砲口へ真っ直ぐ吸い込まれていく。内部爆発を起こして分裂した機体は、乗員諸共落下していった。体勢を戻した二人のモービルは、それを見届ける間もなく西へと向けて一路コルカタを目指した。
「……少々ご無理をされ過ぎです」
ほぼ逆ブリッジ状態で拳銃を執り成したクウヤは、そのままメリルの背中ででんぐり返し、後部座席に落ち着いたのを見計らってメリルも一言苦言を呈した。
「わりぃ、本来は敵が真下に来た時に発砲する予定だったんだ。なのにおんなじ動きされちまったから……真後ろに向けて撃つしかなくなった」
聞こえてくる苦笑いに、メリルはまるでホッと息を吐いたような──もしくは呆れた様子で? ──両肩を上下させてみせる。
「まぁ~最悪落ちても俺には『エレメント』があるしな。でもその前に、お宅がどうにかしてくれるとは思ったけどさー」
「……」
揺らした肩がピタリと止まる。アンドロイド・メリルは、機械の身体で何を感じたのだろうか? クウヤの言葉から見えたものは──『
それから夕刻コルカタの総合駅到着まで敵の気配はなく、警戒しながらも二人は青々としたジャングルの海原ドライブを堪能した。
その間に交わされたお互いへの質問──メリルの「雑用」とは一体何だったのか? どうしてクウヤは川べりに隠れていたのか? 見つかった後の「見てない」と「謝る」とは、一体何を意味していたのか──?
「雑用」に関して、特に秘密にする必要のなかったメリルはあっさり告白した。それは単純に「敵を減らす」ことだったそうだ。先程モービルで襲ってきた敵の他、少なくとも三組織は
さてお次はクウヤの答える番であったが、「水を汲みに」という目的以外は、何ともお粗末な言い訳となった。覗き見していたとはさすがに言い難かったのはもちろんだが、となればクウヤはまだまだメリルを人として扱っているということであろうか? 真相を隠した理由は自分自身でも見出せなかった。しかしもしも真っ正直に伝えたら──メリルはどんな反応を示したのか?
強引にはぐらかしてしまったため確かめる術はなかったが、間もなくそれを想像出来る騒動が待っているとは、この時のクウヤには知る由もなかった──。
第三章・■Ⅲ■TO INDIA■・完結