[5]半端な「立ち位置」と完璧な「立ち姿」 *
文字数 6,285文字
今年も何卒宜しくお願い致します(^人^)
しかし大変な年のはじまりとなってしまいました(涙)。。。被害に遭われました方々のご冥福を深くお祈り申し上げます。
そして被災者の皆様が一日も早く日常を取り戻せますよう、心から願っております。
もう何度「彼女」と出会い、別れたのだろう?
もう何度……あの夢を見た?
放課後の教室、ついて来る黒々とした影、そして願いを伝えて去っていった少女。
「ねぇ、空夜くん。大人になったら必ず地質学者になって。博士になって。空夜くんがなってくれたら──」
「──なったら?」
「……──てほしいの」
「え? 何て言った?」
相変わらず肝心な所が聞こえないまま、此処で会話は途切れてしまう。
この夢はアメリカで研究していた時代も、日本でクサクサしていた日常にも見ていたのだろうか?
メリルと出逢ってから? ネイと出逢ってから? 夢の少女の顔は見えないが、明らかに日本人だと思う。メリルのように西欧風でもなければ、ネイのように東南アジア風でもない気がした。
それとも『エレメント』を体内に宿してからなのか? 『グランド・ムーン』で呑み込んでから、『ムーン・コミューター』で目覚めるまでの間にも、あの夢を見ていたのだろうか?
『エレメント』がきっかけであるのなら、地質学者としての機縁もないとも言えないかもしれないが──
クウヤは繰り返される夢をぼんやりと分析しながら、僅かに瞼を開いた。見えるのは薄暗いテントの天井だけだ。メリルが此処まで運んだに違いなかった。
薄暗いということは朝が近付いている証拠だった。が、メリルの気配は感じられない。クウヤは重だるい前頭部を揉みほぐしながら身を起こした。夢より前の過去に思いを巡らす──缶ビールを飲みながら森を戻って……さぁ、その後はどうしたのだっけ?
「メリル……いないのか?」
テントの入口の合わせをめくって、外の様子を窺いながら声を掛ける。余り見通しの良い時間ではないが、感じた通りメリルの赤いおかっぱ頭は存在しなかった。
「なんだ? ……これ」
テントから這い出てみると、その周囲の空間が微妙に歪んで見えた。昨夜の原因不明の「酔い」が続いているのか? と一瞬考えたが、どうも雰囲気は違っている。まるでシャボン玉のような虹色の膜が半球状に広がり、クウヤはその中にテントごと閉じ込められているようだった。
「……」
じーっと膜の向こうに目を凝らせば、明るさを取り戻しつつある森のフォルムが浮かんでくる。涼しげなそよ風も感じられ、上空からは鳥のさえずりも聞こえてきたので、このシールドらしき物が五感を遮ることはないらしかった。
「こいつに俺を任せて、あいつは一体何処へ行っちまったんだ?」
疑問を言葉に出した途端、昨夜のことが微かに思い出された。突然酔ったように眠くなり、メリルに抱えられて聞いた台詞──
「雑用を済ませるって……」
甦った記憶に辺りを見回そうとして、思わず立ち上がってしまった。刹那本物のシャボンのように膜が弾けて消え去った。
仕方なくしばらく近隣をウロウロと歩き回ってみたが、何も手掛かりが見当たらない上に、何もやること──いや、やれることのない自分に、クウヤはいい加減飽き飽きし始めていた。
──顔を洗いがてら、水でも汲みに行くかぁ……。
枕元に置かれたアイ・スコープを装着、タオルとプラスチックバックを数枚手に取り、再びテントの外へ出る。サーモグラフィを起動させておけば、敵に察知される前に何とか逃げ切ることも可能だろう。そんな安直な考えの元、クウヤは昨夜のように川を目指して独り歩き出した。
不時着後歩いた日中に比べて、湿度も少なく爽やかな朝だ。辺りには自分の草を踏む音と時々小動物の奏でる声が聞こえるだけ。これが絶世の美女でも侍らせた優雅なジャングル・クルーズならどんなに楽しかったことだろう。が、今はボディガードのメリルさえもいない。
「絶世ぇ……ねぇ」
思いついた妄想に自身で
だがもしも──メリルが人間だったなら?
──とはいえ、あいつも楽しくて俺と一緒にいる訳じゃないからなぁ。
頭に浮かんだ苦笑混じりの仮定に、ふと楽しそうに笑うメリルを想像してみようとしたが、全くイメージ出来ないことに失笑が零れた。
ならばアンドロイドとは、一体何のために造られたというのか?
作業性だけを考えるなら、躯体はシンプルに外装カバーで覆われた機器で十分なのだ。手間を掛けて人間に近付ける必要などない。孤独な独居老人のための癒しだろうか? であるのなら、あの氷の微笑は真逆の対象だ。「メリルを造った設計士の顔でも拝んでみたいもんだ」と思ったが、メリルも笑うことはなきにせよ、ほんの時々だが人間に近い表情を見せることがある。機械にはあるまじき「希望的観測」などと、不確定な計算の元で行動に移すこともある。
言ってみればアンドロイドとは、人間と機械の間に立つ存在なのかもしれない。
「良いような悪いような……中庸と言えば聞こえはイイが、中途半端とも言える、か……──って、変なヤツ~」
一応警戒も兼ねたつもりか、喉の奥でクククと笑いを噛み殺す。そんなことを考えている内に、まもなく川岸という所まで辿り着いていた。
既に朝日が顔を見せ、目の前の木々の間を縫って眩しい陽光が溢れてくる。開けた地に出るには用心が必要だろうと、極力物音を立てないように進んでいった。木立から最後の繁みに差し掛かったところで、真っ直ぐ前の水面に腰まで浸かった人影があることに気が付いた。
「……え……」
つと洩らしてしまった驚きの声に、慌てて口元を塞ぐ。
太陽に向かってじっと動かない細い背は、陰になって良くは見えないものの、光に透けてなびく赤毛から、おそらくメリルだと思われた──それも見える限りでは、上半身何も着けていない裸体のメリル、だ。
──あいつ、一体何で……。川なんかに入って何やってるんだ?
俺の朝食のために魚でも獲ろうとしてるのか? クウヤは一瞬そう考えてみたが、その割にはメリルの目線は上方に向いているようだった。
アイ・スコープにはズーム機能があるので、彼女が脱衣していると思うと少々気が咎めたが、幾らか拡大表示してみた。それでも直射日光が邪魔をして、それほど詳細は見えなかった。
やがて頭部がやや傾き、左の肩先を望むように横顔のシルエットに変わる。身体がくねるにつれ背と腕の隙間から、女性らしいふくらみが現れた。こちらもシルエット程度で細部までは分からないが、クウヤはその美しさにいつの間にか息を呑み込んでいた。
──い、いやいや、あれも含めて全部ニセモノだからっ! まぁ……ニセモノの割には柔らかかったけどな……。
そう呟きながら、昨朝の感触を思い出す。頬で感じた弾力の通り、こんなに遠くからでも張りの良さが見受けられるほど、彼女のプロポーションは完璧だった。
金色の光に縁取られたメリルの後ろ姿は、クウヤでなくとも老若男女を魅了するに違いなかった。アンドロイドとは思えぬ
──沐浴……? いや、あいつ『雑用』とやらで外装が汚れたのか?
自分の視界に水が滴ってきたので上空を見上げると、木の枝にメリルの衣服が干されているのが見えた。
メリルは見つめた肩先に、掌に
──ホログラムをオフにしてんのか? だとしたら、肘や手首にも関節が見えそうなものだが……。
それから彼女は首まで浸かり、こちらに振り向いて岸辺に戻ろうと泳ぎ始めたようだった。クウヤは今一度「やべっ!」と叫びそうな口元を押さえ、音を立てないように後ずさる。洗濯物も見えない程度まで後退した頃、南の空から何やら爆音が近付いてきて、と同時にメリルの気配が慌ただしく動き出した。
「クウヤ様……? クウヤ様! そちらにいらっしゃいますか!?」
「ひぃ!?」
速攻自分の居場所がバレたことに、クウヤは思わず小さな悲鳴を上げた。途端小さなメリルが目の端に映り込む。その身体はもはや目を奪うヌードではなく、半渇きの衣服を身に着け、肩には大仰な銃器までぶら下げていた! その姿を見たクウヤが咄嗟に逃げ出したのは、覗き見をした自分に後ろめたさがあったからだろうか?
「そのまま走ってください!」
「そのっ? ……なんだってぇ~!?」
問いかけながらも、いつもの如く脚だけは動かしている。とっくに追いついたメリルはクウヤを追い越し、しばらくして足を止め振り返った。腰を落とし、銃器──ロケットランチャーを肩に構え、クウヤにその口腔を向けた!
「えっ!? いやっ、おいっ、や、やめろって!!」
勢いづいた脚は急には止まれず、否が応にも照準に入ってしまう。
「見てない! 見てない!! 俺は何にも見てないからっ!!」
「そのままこちらへお進みください!」
会話が噛み合わないまま、クウヤは背後から迫る何かにも脅威を感じて本能的に走った。もはや覚悟を決めたかのように、いつの間にか目を
「わ、分かった! 謝る!! だ、だから~」
「──行きます」
冷静なメリルの言葉に続けて、耳をつんざく爆撃音。余りの轟きに目を見開いたクウヤは、いきなり現れた大木に驚き、慌てて幹の右手に身体をひねる。かろうじてよけることは出来たが、地面を這う根につまずいた。生い茂った草むらにスライディングしたクウヤの視線は、ちょうど逃げてきた東の空を仰ぎ、その眼が捉えたのは木々よりも上から落下する人型二人と、その二人を乗せていたであろう『ムーン・モービル』だった。
そんな騒動の手前、ロケットランチャーを肩から降ろして戦闘態勢を解いたメリルの後ろ姿が、一気に撃墜した方角へダッシュした。無人の『ムーン・モービル』は自動運転にセットされているのか、地面に激突する寸前体勢を立て直し、メリルに向かって突っ込んでいった。
「おいっ、危ないっ!!」
暴れ馬と化す『ムーン・モービル』。しかし衝突する直前、高く跳躍し乗り込んだメリルによって、あたかも手綱を握られたかのように大人しくなった。
「お乗りください、クウヤ様」
「あんまりヒヤヒヤさせるなよ……」
草にまみれて倒れたままのクウヤは、横付けされた『ムーン・モービル』を見上げて疲れたように息を吐いた。が、ぼやいている暇はなさそうだ。同型らしき爆音が数機、点のような影が徐々に肥大している。クウヤが急いで後部座席に乗り込んだ途端、メリルは高速発進した。
「ひぇ~!」
慌ててメリルのウエストに腕を絡みつけるが、肩掛けされたロケットランチャーと胸側のデイバッグが何とも邪魔くさい。
「クウヤ様、どちらでしたら
「んん? どちらって!?」
上空では易く
「モービルの操縦と、ロケットランチャーの射撃です」
「えぇ~!? えーっと……い、いや、正直どちらも……」
ハッタリをかましてやりたいところだったが、こんな危機的状況で嘘などつけば即刻爆死か事故死で「ジ・エンド」だ。余りの情けなさにいつになく小声となったが、メリルが聞き逃すことはなかった。
「では上昇して障害物のない空へ参ります。クウヤ様は両ハンドルを握って、出来るだけやや上向きに維持してください。わたくしが全機撃破致します」
「……ラ、ラジャー」
驚きも反論も、している場合ではないとクウヤも理解した。メリルは重力など完全無視した急上昇後、シートに立ち上がってクウヤにハンドルを握らせた。一旦フロントカウルに足先を移動し、座っていたシートにクウヤが移った直後、クウヤの両肩に手を突いたメリルの身体は、華麗な
「クウヤ様、右ハンドルのグリップを向こう側へお回しください。スピードが上がります」
「了解!」
両拳のバランスに気を付けながら、右手のみに力を込める。空気以外何物もない空間を滑るのは爽快だった。もちろん背後に敵が迫っていなければ、だが。
クウヤには見えていないが、デイバッグから替えの弾頭部を取り付けたメリルが、片っ端から残りの『ムーン・モービル』を撃墜していく。だが敵もやられてばかりの訳などなく、モービルに搭載されたミサイルが二人に向かって数回発射され、クウヤにはそれらを回避する技などないので、百発百中のメリルがミサイルに弾を撃ち当てるしか術はなかった。
──となれば必然的に、
「恐れ入ります、クウヤ様。操縦を代わらせていただきます」
「え? あ、何でだよ?」
「残りあと二機というところで、残念なことに弾が切れました」
「えぇーーー!!」
当たり前だが、デイバッグにランチャーの弾頭など、入れられる数には限りがあるのだ。
「テントに戻ることが出来ますなら、バズーカなど残してあるのでございますが……」
「あの荷物の重さって……まさか全部武器だったのかよ!?」
テントを張った地点は既に遥か後方となってしまった。
「──うわっ!!」
そんな腹の足しにもならない会話が続いている内に、ミサイルが二人の左スレスレを追い越してゆく。バランスを失いそうになったハンドルの端をメリルが背後から握り締めたため、昨朝頬に受けたあの柔らかな感触が、今度はクウヤの背中に押し当てられた。
──まったくこんな非常事態に、理性を失わせないでくれっつ~の!
「……ちっくしょ! メリル、他に攻撃出来る物はないのかよ?」
(『ムーン・シールド』を傷つけないため、ミサイル等弾頭類はどんなに低空でも上方へ向けて発射してはならないと国際条約で遵守されているので)極力高度を取ろうとする敵に対抗し、二人を乗せたモービルも随分地上から引き離されていた。このまま燃料切れとなり下降を始めれば、あの『ムーン・ライナー』最後尾の如く、格好の的となるのは必至である。
「こちらのモービルにもミサイルは残っておりますが、フロント仕様ですので攻撃するには相手に正面を向けなければなりません。他と申しますと……護身用の拳銃でしたら、二丁ほどございますが」
申し訳なさそうなメリルの語尾に、珍しくクウヤの心が色めき立った!
「何だよーそれを先に言えって! ロケットランチャーは無理だが、ピストルならイケる! メリル、極力敵に近付けるか? 射程距離に入れば必ず俺が仕留めてやる!」
「は? ……はい。承知しました!」
自信満々のクウヤの口調に、状況を把握したメリルも珍しく声の張った返事をした。
ようやく自分の出番が回ってきたクウヤの瞳は、光が甦ったようだった──!