[5]ヤルか? ヤラレルか!? *
文字数 4,918文字
そんなことよりも「この状況」を予期して自分を急がせていたのかもしれない……天上を望みながら、クウヤは考えを改めざるを得なかった。
「誤解のなきよう、お先に弁明致しますが」
「え?」
メリルへ向けて九十度、更に九十度を振り向いた背後、二人を見送るためについて来ていたラヴィが、にこやかな笑顔のまま声を掛けた。
「私は飽くまでもお客様の味方です。実はお二人がいらっしゃる前より、敵対する何者かによって監視されていることには気付いたものですから、それなりに撃退させていただいたのですが……どうもそれ以上に残っていらしたということですね。如月様がどれほど貴重な人物であられるのか……なかなか興味深いところです」
「いえ……それは、どうも」
『ツール・ブローカー』について情報漏洩したことは明らかなのだから、先回りされていても仕方はない。しかしラヴィの手によって既に数機撃墜されていながら、まるで甘い蜜に誘われた蠅の如く群がる
──まぁ……目的は俺じゃなくて、『エレメント』なんだがな……。
「あのぉ~」
呆然と見上げるしかないそんなクウヤに、遠慮がちに声を掛けたのは駐艇場のスタッフであった。
「あの海賊みたいな二人と船ですけどね」
「え? ああ、はい」
もはや驚き過ぎて忘れ去られていた『ムーン・バイキング』── 一体何処へ行ったのやら?
「安い食堂と野菜の市場を知りたいと言うので教えたら、必ず帰ってくるからと船で行っちゃいましてねぇ」
「野菜?」
食堂は腹ごしらえでもしたかったのだろうが、野菜とは一体どういうことなのか? 食材を買い出しして、自分達に手料理でも振る舞うような
「シャンカール様、この度は大変お手数をお掛け致しました。これ以上のご迷惑など誠に恐縮ではございますが……一台小型の陸上車をお売りいただけませんでしょうか? それからドーム以外の出口もございましたら、どうかお教え願います」
スタッフの元から戻ったメリルは、丁重にラヴィへ願い出た。
「いえいえこれしき、良くあることですからどうぞお気になさらず。そろそろ廃棄しようと思っていた小型車がありますので、使い捨てにしてくださって構いませんよ。車両と地上への出口はこちらです」
と、ラヴィは穏やかな微笑を崩さず、透明ドームにスモークの目隠しを施したのち、早速二人を階下へと
「良くあること」とまで言えるほど、『ツール』を欲する人物はみな怪しい面々なのか、はたまたそれを狙う組織が凶悪で過剰な数なのか……とんだ世界へ足を突っ込んでしまったものだと、クウヤは我が身を憂うしかなかった。反面この状況に微塵も動じないラヴィとメリルの毛の生えた心臓が、心底羨ましくもある──もちろんメリルに心臓などないのだが。
「お代は結構です。廃車費用が浮く分こちらとしても助かりますので」
「誠に恐れ入ります、シャンカール様」
地下二階の駐車場にて、ラヴィはメリルに古びた軽自動車のキーを手渡した。
「いいえ……私は少なくとも貴女の味方ですから。ディアークは古くからの友人でした。とても優秀な医師であり技術者でしたが……彼らによって今の貴女が形成されたとするのでしたら──いえ」
「……」
続きを口にするのも
「大変お世話になりました」
メリルはそう一言、ラヴィの謝罪に一切応えることなく運転席に身を移した。疑問だらけのクウヤも
「……なぁ、最後あのおっさんに何で何も答えなかったんだ?」
駐車場を中心に張り巡らされた私道によって、教えられた野菜市場の近くまでは、地上に出ることなく移動出来るということだった。
メリルは真っすぐ前方を見据えたまま、
「守秘プログラムが作動したまでです」
と端的に答えた。
「え?」
「シャンカール様が人違いされました以前「少女」であった人物に、実際心当たりはございました。ですがその方も「ムーン・シールド上」の住人でいらっしゃるため、余計な文言は避けさせていただいたという次第です」
「なるほど……」
理由は良く分からないが、上界に暮らす人物について、下界ではむやみに語らないというのが鉄則であるらしい。そうなればメリルが掟に従って、無言になるのも分からないわけでもない……しかし既に数日メリルと共に旅するクウヤにとって、いつになく冷静さに欠けるメリルの対応は、違和感だけを心に残す結果となった。
「海賊船を探すのか?」
微小であるが緩やかに車道が傾斜して、地上への出口が近付いていることに気付いたクウヤは、ひとまず現実に戻ることにした。
「はい。お二人と別れる前に、昼食代と我が主人の元までの運賃をお支払い致しました。おそらくその資金を元手に、お二人は生鮮市場へ赴かれたのだと推測します」
「マザーシップの修理代を払わされる立場の奴らに、どうして金を恵んでるんだよ?」
「あちらはシド様管轄のご契約でございます。こちらの依頼にはこちらからお支払いすべきかと」
「まったく律儀だな」
メリルのご主人様は一体どんな大富豪であらせられるのか──クウヤはメリルの散財振りに、半分呆れて&半分驚愕しながら小さく息を吐いた。
「んで~? 結局メリルはディアークって奴を知っ──」
「クウヤ様、まもなく地上へ上がります。おそらく敵の襲来がございますので、お手数ですが銃の準備をお願いします」
「って……ぇえ!?」
メリルは明らかに速度を上げ、自身も拳銃を手にした。仕方なくクウヤも背中に隠していた銃を握りしめる。同時に両側の窓が下げられ、地下の生ぬるい空気が否応なく車内を包み込んだ。
やがて前方に外界らしいトンネル型の光が徐々に肥大化する。一瞬眩しさが目を突いたが、すぐに鮮明になった視界を遮ったのは、雑多な街並みと大きな市場らしき建造物だった。
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「船は見えないか……?」
駐艇場らしきスペースに侵入するも、あのいかにもな海賊船は存在せず、メリルは真っ直ぐ抜けて裏通りの
「あいつらのことは諦めるのか?」
おそらく食事は先に済ませた筈だ。此処にいないとなれば、もはや手掛かりはない。
「いえ、一つ思い当たる場所がございます」
しかしメリルには当てがあるらしく、目的地に迷いはなさそうだった。
建物の影を伝うようなドライブは五分ほど続いたが、ついに蠢く影が二人の車両にまとわりついた。上空を見上げてみれば、先程ドーム越しに目撃した「蠅」が三匹。他に見当たらないのは、ラヴィが撃墜してくれたからかもしれない。
「クウヤ様、お願い出来ますでしょうか?」
「うーん、出来れば「全機任せとけ」って言いたいところだが、移動しながらだからなぁ」
車を停めれば十中八九命中出来るだろうが、十中八九爆撃もされるだろう。あちらとしては『エレメント』さえ手に入れば良い訳で、『エレメント』自体は衝撃で粉砕する可能性はあったとしても、決して無に
宇宙からやってきて地球上に散らばった鉱物なのだから、これまでと同じように探せばいいと、敵も安直に考えているに違いなかった。
「ひやぁ~! やっぱり血も涙もないっ!!」
さすがに鬼ごっこも飽き飽きしたのか、とうとう攻撃を仕掛けてきた! 小型ミサイルは間一髪、車両側面スレスレで深く路面にめり込んだが、幸い着火することはなかった。
「左折のタイミングで砲口に一発入れる! 出来るだけ援護してくれ」
「はい、承知しました」
メリルは一旦銃を仕舞い、両手でしっかりハンドルを握り締めた。前方の数台を器用に追い越して、目の前に現れた十字路を「左に折れます」と合図を送る。
敢えて右に膨らませて左折する軽自動車、一気に加速した瞬間クウヤ側の窓から銃弾が斜め四十五度上向きに発射される。追尾していた
「わぉ、グッドタイミングだったな」
ギリギリ見届けたクウヤは、爆風に巻き込まれることなく左角の建物の影に吸い込まれていった。
「よっしゃあ~残るは一匹!」
弾丸もまだ余裕がある。クウヤもこれなら全機いけそうだと前言撤回する気になったが、一方メリルの考えは違っていた。
「クウヤ様、ありがとうございました。攻撃はここまでで結構です」
「あ? 何で? まだいけるぞ?」
クウヤは物足りなそうに
「今後のことを考えますと、あちら様が全滅するよりも、こちらが全滅した方が都合が宜しいからです」
「……全滅?」
──メリルの計画はこうだ。
・再び左折して減速し、クウヤには窓から飛び降りてもらう。
・ジャングルで使用した透明シールド(のハード版)で身を隠す。
・敵機に見える範囲で車両を追突させ爆破。
・二人を車諸共自爆したと思わせる。
「……お宅が逃げる算段が入ってないぞ」
「わたくしの逃亡手段とタイミングは、現場の状況次第とさせていただきます」
「だったらいいけど……ケガするなよ?」
「怪我ではなく、損傷でございますね」
「あ~、ハイハイ」
残る一機を撃破しても、再び応援がやって来ては永遠にいたちごっこなのだ。クウヤが事故死したと思わせられれば、敵はしばらく事故現場に足止めされることになる。メリルの計画が上手くいけば、『ムーン・バイキング』を探す時間も、逃げる時間も稼げるというのであった。
メリルの指示で後部座席からデイバッグを引き寄せ、掌サイズの透明カプセルを見つけたクウヤは、窓から飛び出すと同時にカプセルの小さな爪をスライドさせて、自分を包み隠す手段を教えられた。
「それではどうかお気を付けて」
「おぉ、メリルもな」
やがて高い建造物が
「わっ! おぉ~!」
カプセルを握った右手はしっかり爪をスライドさせていて、着地前には内部から現れたシャボンのような膜が一気に自分を取り巻いた。ハード版は触れても弾け飛ぶことはなく、ボールのように衝撃を吸収してくれる。すぐに膜ごと建物の窪んだ影に寄り添い、速度を上げた軽自動車の後ろ姿を見送った。
木々を飛び越えて現れた戦闘機は、クウヤに気付かずメリルを追いかけていった。自分も事故現場でメリルと合流しなければならない──クウヤは目の前を歩く人の群れを擦り抜け、一台と一機の後を走り出した──しかし!
その直後、右角の奥から耳をつんざくような大きな爆発音が鳴り響く!
「──メリルっ!!」
爆音に驚き立ち止まった通行人は、煙の立ち上る方角へ身体を向けながらも、姿の見えぬクウヤの大声に辺りをキョロキョロと見回した。と同時に見えないクウヤに次々と体当たりされて、事故現場へ向け一直線に小さなパニックが流れていった──。