[2]目覚めのキスか? 寝起きドッキリか!? *
文字数 3,963文字
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代わりに小回りが利くのか、先のように追跡車をことごとく(時折近くの車両に追突させては)置き去りにしていく。この調子で走り続ければ、翌日にはムンバイに到着するだろう。飽くまでも何も起こらなければだが。
シドウサギが厭味な嗤いを止めてからは、二人は何も発しなかった。外は既に暗黒の領域だ。特に言いつけられた訳ではないが、今までのお礼にとでも思ったのだろうか。「自分が安心の素になるのならば」とクウヤは眠ることなく後部座席に座り続けていた。寄り掛かったまま眠る(?)メリルを守るあたかも
メリルの駆動がオフにされてから早三時間。やはり昨夜の戦闘が効いているのか、まるで充電中の通信メディアのようにピクリとも動かない。いや、もしかしたら……メリルがオフにしたかった理由は、エネルギー温存よりもシドを視界にも入れたくない、そんな人間臭いことが原因だったのではないかと、クウヤはふと思っていた。
常に冷血な表情のメリルだが、あれだけ険しい雰囲気を醸し出したのは初めてだった。敵ではない上に、会いに行く間柄だというのに、だ。メリルの主人の関係者なのだろうか? ならば主人がどうにかしてやっても良いと思われるのだが?
ムンバイで『ツール』を手に入れたら、自分達はメリルの主人よりも先に、シドの主人の元へ向かうのだろうか? シドが出逢ってすぐ「私のインド」と言ったのは微かに覚えている。となれば主人はインドの何処かにいるのだろう。もしかすると……インド上空かもしれないが──
真夜中が近付き、眠気を催し始めたクウヤの思考は徐々に途切れがちになっていた。が、眠らぬ理由はメリルの他にもう一つ、何処に立ち寄ることもない長時間のドライブだ。いいかげん生理的欲求による一休憩をお願いしたいと思った矢先に、シドウサギが計ったように声を掛けた。
「サテ~ソロソロ マザーシップ ニ トウチャク スルヨ~。クウヤ、ヒメサマ ヲ オコシテ チョウダイ~」
「マザーシップって?」
「アンマリ チョロチョロ シテルト、テキ モ イライラ シテクルカラネ~。チャント ニゲルナラ ソレナリ ノ シュダン ヲ ツカワナイト~」
そう言って『ムーン・アンバサダー』が更なる上層の車線を目指す。見えた『ムーン』の集団の向こうには、
「んで、こいつはどうしたら再起動するんだ?」
敵を撒くためアンバサダーが右往左往していたせいで、クウヤは仕方なくメリルの肩に腕を回して抱き寄せている状態だった。そんな手中の動かないメリルを見下ろすクウヤに、意地悪そ~な口調でシドウサギが放った言葉とは──
「ンフ~~~「ネムリ ノ モリ ノ オヒメサマ」ニハ、ヤッパリ「オメザメ ノ キス」ナンジャナイ~?」
「え……? なっ──!」
一気に目の覚めたクウヤが大声を上げ、と共に支えている肩先へつい力がこもる。きつく掴まれた圧に反応したのか、メリルが覚醒し隣のクウヤと目をかち合わせた。いや、実際クウヤの視界に入ったのは、男なら誰でも奪いたくなる紅く滑らかな唇だった。
「いやっ、その……これは! シ、シドの運転が荒くて、やたら揺れたんだって~ ──いでっ!!」
慌てたクウヤは回していた腕を咄嗟に上げ、刺さりそうな勢いで手首が車内の天井に突き当たった。
「……長らくセーブしておりまして失礼致しました。お手数をお掛けしましたようで恐縮です」
さすがにアンドロイド、人間とは違って寝覚めは良かったが、真っ赤な顔をして弁解するクウヤには少々戸惑ったみたいだ。
──アホか俺は!? 何であんな冗談に赤面してるんだよっ!!
「イイネ~クウヤ~! イガイト ウブ ネ~。ヒメサマ、オハヨウゴザイマス~マモナク マザーシップ ニ トウチャク デス~」
「マザーシップ……ご用意されていらっしゃいましたか」
いつもの淡々とした口調に戻ったメリルは姿勢を正し、シドウサギの説明に応答した。セーブする前とは違い嫌悪感が薄れているのは「
雲間に霞む前方から徐々に光が広がってくる。どうやらマザーシップのハッチが開かれたようだ。『ムーン・アンバサダー』はその開口に吸い込まれ、やがて緩やかに着地した。
狭い車内から解放されたクウヤは、長い両腕を反らして伸びをした。明るい空間がシドウサギの美しい毛並みを一層白く見せる。外見はウサギでも飛び跳ねて移動する訳ではないらしい。短い脚でトコトコ誘導する後ろ姿に、クウヤはバンコクのネイを思い出して吹き出しそうになるのをガマンした。
「ヒメサマ ハ ココ~、クウヤ ハ ココネ~。『ツール・ブローカー』ノ トコロ ニハ、ゴゼン ジュウジ ニ トウチャク ヨテイ~。ソレマデ ドウゾ ゴユックリ~」
自動操縦が基本のコクピットと、リビングのようなメイン・ルームを案内された後、各自部屋をあてがわれた二人は、シドウサギを見送って各々のドアノブに手を掛けたが──
「メリル……少しイイか?」
やや遠慮がちにクウヤが問いかけた。
「……はい。どのようなご用件でございましょう?」
「えっ……とぉ~」
振り向きざまクウヤを見上げて静止したメリルの目力が再び強くなっている。クウヤは思わずたじろぎ、続ける言葉を見失ってしまった。
シドウサギの主人の元へ向かえば、(殴りさえしなければ)ある程度のことは聞き出せそうであったが、その前にメリル自身から聞くことが出来たらと思ったのだ。が、この視線の鋭さから見て、やはり答えてはもらえないらしい。
「明日の朝食の件でございましょうか? 召し上がりたい時にメイン・ルームへお越しください。入口のモニターにてメニューをお選びいただけば、十分以内に運ばれて参ります」
「え、あっ、そ、そうか? んじゃ、それで勝手に食うわ~。おやすみ、メリル。良く休めよー」
「クウヤ様。ご存知の通り、アンドロイドは疲れることはございませんのでご安心を」
「あ! だ、だよな~!」
メイド・プログラムによってメリルが先に自室へ入ることはないのだろうと踏んだクウヤは、希望通りでない展開を呑み込み部屋へ入った。急いで閉めた扉にそのままもたれ掛かる。
隣から微かに同じ扉の閉じる音が聞こえた。これからメリルはどのように過ごして翌朝を迎えるのだろうか? 今朝川の真ん中で見つけた時のように、人工皮膚の汚れをシャワーで拭うのか?
──そういや俺は一昨日の夜から風呂入ってないんだった……この混乱をまずは洗い流すとするかぁ……。
別れ際、自分はどうしてアンドロイド・メリルに「良く休めよー」と言ったのか。クウヤ自身にも分からなかった。少なくとも分かっているのは、皮肉のつもりでも冗談でもなかったということだけだ。ふと口を衝いて出た言葉──それはきっと彼女の横顔が、とても疲れて見えたからだった──。
◆ ◆ ◆
翌朝、マザーシップ内メイン・ルーム。
早朝からクウヤはダイニングテーブルで独り朝食を取り、それから窓際に置かれた心地の良いソファにうずもれていた。
振動を感じさせることもなく進む母艦は、かなり高い位置を水平飛行している。やはり敵からの攻撃を防ぐため、『ムーン・シールド』下ギリギリを保っているのだろう。
そんな上空からの景色を眺めながら何心なく呆けていたが、首をさすった指先が知らず『エレメント』に触れた。
このエイリアンが鎖骨下に融着して既に五日目。こちらが「殴る」というちょっかいを出したからというのもあるが、反応を示したのはその一度きりである。毎晩同じ夢を見るのは気になるが、それ以外には以前と変わらない自分のままだ。
「おはようございます、クウヤ様」
外を見下ろすつむじの並ぶ後頭部に、入口から声を掛けるメリル。振り向くと今度は、逆さになった赤い後頭部がクウヤの眼に映り込んだ。
「おはよーメリル。良く──じゃなくて……いや、なんだ」
「良く眠れたか?」と訊きそうになって瞬間口ごもる。あれは眠っているんじゃなくて「セーブ・モード」なのだ。──いいかげんアンドロイドだって認識しろよ、俺っ!
「お早いお目覚めでございますね。良くお眠りになられましたでしょうか?」
と、したかった質問がそのまま返ってきた。実際あの繰り返す不完全燃焼な夢に邪魔されて起きざるを得なかっただけなのだが、クウヤは「まあな~」と生返事した。
「ブローカーに会って『ツール』を受け取ったら、その後はどうするんだ?」
一席分を空けて隣に腰掛けたメリルに、クウヤは毎度の如く今後の予定を訊いた。
が、スッと伸ばした綺麗な姿勢は真っ直ぐ前の空を見つめていて、こちらを振り向く気配はない。──また「今後の動向プログラムを作成しておりました」~なんて言っちゃうつもりなのか?
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「……」
「……メリル?」
しばらく待ってみたが返事もないので、クウヤはメリルの横顔に向けて首を傾げた。やがてゆっくりと回転してきた
「クウヤ様、朝から恐れ入ります……敵機、襲来です」
「……え? ──うっそぉ~!?」
クウヤが驚きの声を上げる前に、メリルはクウヤを抱き上げ出入り口へと走り出した。彼女の胸に包まれて聞いたのは、シャリシャリと砕け散る窓の音と……一定に刻まれた内から響く駆動音だった──。