[2]過去の証言 = 殺人の告白 〈Ce〉

文字数 4,785文字

 空を映すスクリーンの如き大きな窓は、やがて黄昏(たそがれ)色に染められていった。

 ステルス効果の恩恵でここまでの道中は何事もなく、腹を満たしたクウヤはのんびり昼寝を堪能することも出来た。もちろん毎夜鑑賞しているあの消化不良気味な上映付きだが。

「あぁ……悪いな、寝ちまって」

「いえ。クウヤ様、まもなくミュンヘンに到着でございます」

 ソファからだるそうに身を起こしたクウヤは、遠くメリルの残像に目を凝らした。ずっと離れた右端の席に着いていたのに、言い終わる前にはまるで瞬間移動のように背もたれの後ろに佇んでいるのだから、正直「心臓に悪いぞ」とたしなめたいところだ。もしも彼女が殺し屋だったら、クウヤは既にあの世行きだろう。

「なんか……今ので頭、冴えたわ……」

「クウヤ様、お目覚めのところ早速申し訳ございません。お一つお耳に入れたいことがございまして」

「え? あぁ……」

 「むしろ起こすためにやったんだろー!?」と喉まで出掛かったが、メリルが改まって話す時間を欲した理由が気になった。

 メリルはクウヤの許しを得て、一席分空いた左隣に着いた。無表情なのは相変わらずのことだが、なかなか言い出さない様子から「余り話したくないことなんだな」ということくらいはクウヤにも想像がつく。

「『エレメント』によるこのステルス効果でございますが……残念ながら少々「弱点」がございまして」

「弱点?」

 訊き返すクウヤの言葉に、メリルは一つ無言で頷いた。

「『ムーン・シールド』上の格納庫へ収納される際、どうしても通信の必要がございます。そのためその直前数分の間はステルスを解除しなければなりません」

「例え『ムーン・システム』の隠れ蓑に切り替えても、電波を発する限り敵に見つかる可能性があるってことか……」

「はい」

 メリルの報告にクウヤも流石に渋い声を発した。

 今までレーダーに反応しなかったからこそ優雅な旅路であった訳だが、ほんの数分であっても位置が確認されるとなれば、これはなかなかの一大事である。

「敵が俺達の行き先を知っている確率は? 先回りされてるっていう確証はあるのか?」

「ゼロではございません……としか」

「うーん……」

 こちらと同じようにステルスで隠れている敵機があるやも知れぬとなれば、ここに来てまたアクション映画さながらの展開になるのか……クウヤは策もなく唸ることくらいしか出来なかった。

「現状出来()る最良の処置は、このマザーシップを格納庫真下までギリギリ近付け、ステルス解除と共に迅速な通信、解錠と同時に船を上昇させて素早く収納させる他ございません」

「そこまで『ムーン・シールド』に近付いてたら、敵も攻撃のしようがないんじゃないか? 第一あっちもステルスで隠れてるなら、すぐには手出し出来ないだろうし」

「確かにそのようには思うのですが……」

「……が?」

 クウヤは文末を逆接で終わらせたメリルの台詞に疑問を投げた。

「いえ。これ以上考えましても、これ以上の良策はおそらくございませんので」

「……う、ん」

 いつになく歯切れの悪い様子に一抹の不安をよぎらせるが、メリルの言うように他に得策と言える案は思いつかなかった。

 やがてマザーシップは前進をやめ、中空に静止したと思うやゆっくり浮上し始めた。ついにメリルの主人の暮らす『ムーン・シールド』直下へと辿り着いたようだった。

「クウヤ様、念の為ハッチの傍で待機してください」

「分かった」

 メリルは階下の操舵室へ向かい、クウヤは言われた通りその横の扉で拳銃を片手に警戒した。

 クウヤからは見えていないが、メリルの操作でステルスは解除され、が、一瞬の内に『ムーン・システム』による透明化にて、マザーシップは一秒も経たない内に現れ消えた。一分後には格納庫が開いたのだろう、再び上昇を始めるが──しかしほぼ同時に、操舵室より下にある緊急用ハッチから爆発音が起こった!

「クウヤ様! 最上階の避難口に向かってください!! そこから『ムーン・シールド』の格納庫へ、恐れ入りますが飛び移ってください!!」

「えっ? あ……とりあえず分かった! メリルも早く来いよっ!!」

 操舵室の扉から叫んだメリルに向け、クウヤは仕方なく承諾して階上を目指した。状況はまだ見えないが、察するに敵が非常口を壊して侵入してきたのだろう。メリルは即座に操舵室を施錠し、まずはマザーシップ上部を格納庫の出入口間近へ水平停止させた。

 クウヤはとにかく無我夢中で走った。ようやくあと一歩というところまで届いているのに、此処で阻まれてしまったら今までの努力が水の泡と化す。いや……自分(クウヤ)がこれまで何か努力してきたかと言うと、そこは即答出来ない部分もあるが。

 階上のメインルームへ戻り、教えられていた隅のロープを引っ張ると、天井から柔な梯子がスライドして降りてきた。見上げてみれば人一人分が通れるほどの暗がりが続いていて、その先からシップの屋上へ出られるとのことだった。

「ひーっ! 冗談だろ!?」

 梯子を上り始めた足元の壁にピストルの弾が数発食い込んだ。『ムーン・シールド』に近いことを考慮し、あちらとしても大規模な爆撃は避けたいのだろう。追いかけてきた敵の姿はまだ見えていないが、やたら銃声と弾の跳ね返る音が響き、クウヤは慌てて梯子を上り詰めた。

 突き当たった天井ハッチのコックを捻り、蓋を押し上げて自分の身体をあたふたと持ち上げる。咄嗟に閉め直したが、その向こうから着弾の震動が触れる指先に伝わった。透明化は既に解除され、しっかりシップの外装は見えているが、残念ながらこの蓋を押さえ込んでおけるようなバリケードになりえる物は見当たらない。クウヤは仕方なくダッシュして、格納庫の開かれた空洞へと勢い良くジャンプした。通常ならマザーシップを収納するために、その口縁(こうえん)が届く距離にはない筈だが、メリルは既にこの船を諦めたのだろう、そのスペースはかなり小さく閉じられて、クウヤがかろうじて飛び移れるほどの高さまで近付いていた。

「アラ~もうそんな所に逃げられちゃった? 久し振りの再会なのにツレナイんじゃなぁい!? 大人しく出てきてくれないかなー愛しのダーリン!」

 ──!?

 格納庫の穴際に寝転んで、マザーシップの様子を窺っていたクウヤは、突然現れた呑気な女性のアメリカン・イングリッシュに驚いた。シップ側からは見上げる状態になるため、クウヤの姿は見えない筈だが、明らかにその声はクウヤへと向けられている。そして何よりその声に、クウヤは聞き覚えがあった。

「セ……シ、リア……か?」

 恐る恐る穴から顔だけを出し、眼下を見回す。自分が出てきたハッチの蓋のこちら側に、身体のラインが一目で分かるボディスーツの妖艶な女性と、戦闘服姿の大柄なあのハリボテロボットが立っていた!

「ハァーイ、クー! 元気だったー!? 声でアタシと分かるなんて光栄~! でもまぁ顔だけじゃあ、見てもきっと気付かなかったでしょうケド」

「どういうことだ……? 以前は……。いやっ、それより! そいつと一緒って!? 俺を撃ったのはセシリア、お前なのか……??」

 クウヤは完全に混乱していた。今目の前にいる「セシリア」は、自分の知る「セシリア」ではないからだ。顔も口調も……けれど明らかに彼女の声はセシリアのそれで、彼女もクウヤを知っている様子だった。

 セシリア=グランフォスター ──クウヤより四つ年上なので、今は二十七歳の筈だ。国籍はアメリカで、クウヤとは研究所仲間であり……後半の二年弱は恋人同士だった。



 だがクウヤの知る彼女はストレートのブロンドをうなじで結い、銀縁眼鏡を掛けた如何にも真面目な理系女子(リケジョ)といった外見だったのだ。が、今目の前で不敵に微笑む彼女は──ウェーブの掛かったロングヘアをなびかせ、ラメの入ったアイシャドウが煌びやかな全く真逆の雰囲気を醸し出していた。



「あの時は監視対象のアナタ好みに合わせて、大人しいリケジョを演じてあげてたんじゃナイ~。全くあんな退屈な研究、良く三年も出来たもんヨネ。途中から夜のお愉しみが出来たから、アタシも付き合えたっていうものだケド! フフ」

 愉しそうにオレンジ色の唇を弓なりにしたセシリアは、おもむろに両腕を絡ませた。大胆に降ろされたジッパーからバストが盛り上がり、溢れんばかりに強調された。

「あぁ!? ちょっと待ってくれ……意味が全然……いや、そうしたら……まさか、データ改ざんしたのって! おまっ──」

「アタシに決まってるじゃナーイ! だから言ったのに~「クーは単細胞なんだから」って!」

「……」

 クウヤはついに明かされた犯人の正体に愕然とした。と共に判明した「いつぞや自分に「単細胞」とのたまった相手」(第二章七話目参照)。そりゃあ単細胞だと嘲笑いたくもなるだろう。クウヤが信じて共に犯人捜しをしていた「気の知れた数人」の中に、当の犯人がいたのだから!!

「アナタの監視期間は三年と決まっていたから、仕方なく最後は研究所追い出して、恋人としても自然消滅させちゃったケド……あんなにあっち(、、、)のイイオトコ、あれからちっとも見つからないのヨネェ~。あ、ネっ! 折角だからアタシの所に戻ってこない? 最近めっきりご無沙汰なのヨォ。クーも前より筋肉付いて、益々イイオトコになったみたいだし~!?」

「どういうことだ……監視って、どうして俺なんかを失脚させる必要が……」

 クウヤは混濁した頭を抱えて固まってしまった。三年間共に研究に打ち込み、その内の半分はプライベートでも甲斐甲斐しく傍にいてくれた筈の恋人が、自分を(おとしい)れ人生を転落させていた? どうして?? 一体何のために!?

「もうっ! クーったら、二年振りの再会なのにツマンナーイ!!」

 当のセシリアは話し相手にもならないクウヤに業を煮やしたのか、太ももに巻かれたホルスターから銃を抜き取り、クウヤに向けて構えた──途端、セシリアのブロンドを掠めた弾丸が彼女の手元から銃を弾き飛ばした。背後の避難口から上半身だけを覗かせたメリルが、白い煙を吐き出す銃口を向けていた。

「もっちろん、アナタの存在を忘れていた訳じゃないのヨ?」

 セシリアは右眼でメリルを捉え、逆側の太ももから短剣(ダガー)を手に取りメリルへ投げつけた。蓋を盾にしてダガーは跳ね除けられたが、同時にハリボテロボットの大男がメリルの首根っこを引き上げ、メリルは後ろ手に確保されてしまった。

「メリルっ!!」

 クウヤは咄嗟に格納庫から飛び降り、セシリアに照準を合わせ歩き出した。

「いけませんっ、クウヤ様! 上にお戻りください!!」

 大男に束縛されたまま懇願するメリル。その(おとがい)を無造作に掴み、セシリアはメリルに触れそうなほど鼻先を近付けて、クウヤへ向け意地悪そうな横目で嗤った。



「いいかげんにしろっ、セシリア!」

 苦々しい表情でやむを得ず撃鉄(ハンマー)を倒す。しかしセシリアもメリルの喉元に、大男から渡されたメリルの銃を突きつけたため、クウヤは狙いを定めたまま仕方なく歩みを止めた。

「イヤーン、やっぱり元カノより今カノってことぉ? それとももしかしてこの()、アタシより感度が良かったりするのぉ!?」

「セシリアっ!!」

 この状況に及んでもおちゃらけをやめないセシリアにクウヤは吠えたが、一方メリルは意味を理解したのか、ボッと火が点いたように顔を紅くした。

「わ、わたくしはっ──」

「わーかってるわヨ、アンドロイドだって言いたいんでショ? ……えー? んー? どうしてそんなこと知っているのか気になるって~? だぁ~って、アナタを造った科学者を()ったの、アタシなんだもーん!」

「「え……?」」

 メリルとクウヤから同時に驚きの声が零れる。

 シドの父親ディアークを抹殺したのは……──セシリアだった!?



□次の更新は5月11日夜の予定です□


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登場人物紹介

◆クウヤ:如月(きらさぎ)空夜(くうや)

◆男性 ◆23歳 ◆日本人

◆とある理由から人生を転落し、日雇い労働で食い繋いでいる

◆こげ茶の短髪 ◆長身 ◆細マッチョ

◆縦に並んだ2つのつむじを啓太に見つけられ、高級酒場へと誘われるが・・・?

▲名前は第7話までヒミツ♡(イニシャルは「M」です)

▲謎の美女 ▲20代前半 ▲西欧人?

▲クウヤが訪れた高級酒場の、隣のコーナー席で遭遇

▲赤毛のおかっぱ ▲細身でグラマラス ▲瞳はブルーグリーン

▲気を失ったクウヤを連れ出した彼女の目的と、その正体とは・・・?

★浅岡 啓太 ★男性 ★23歳 ★日本人

★クウヤの小学4年の時の同級生

★くせっ毛の茶髪 ★中肉中背 ★つぶらな瞳

★クライアントからの報酬を元手に、高級酒場で豪遊しようとクウヤを誘うが・・・?

●ネイ ●女性? ●外見は10歳未満、実年齢は?(第2章7話目で判明します) ●タイ人?

●カオサンロード奥にある安宿の…!?

●緩めのウェーブが掛かった長い黒髪 ●2頭身かと思うほど小柄 ●大きな黒い瞳

●クウヤを『上』へ連れていくため、訪れたバンコクで待っていた幼女だが・・・?

*名前は第5章1話(30話目)までヒミツ♡

*通称:マッド・サイエンティスト(byネイ)

*男性 *20代前半 *西欧人?

*『上』の住民!? *メリルのメンテナンス技師?

*肩に掛かるホワイト・グレイの髪

*スタイルの良い紳士風だが、シミだらけの白衣を着ている(苦笑)

○シド ○ウサギ型ロボット

○男性? ○作製期間不明 

○主人はおそらく皆様のご想像通りw

○セリフは全てカタカナ表記で語尾が間延び

○プロ並みのドライブテクニック

○雪のような美しい白い毛並みが自慢

○『不思議の国のアリス』に出てくるウサギのように、チェックのベストを着ている(苦笑)

◇名前は第6章2話(37 話目)までヒミツ♡

◇女性 ◇27 歳 ◇アメリカ人

◇時にはストレートのブロンドをうなじで結い、銀縁眼鏡を掛けた才女。時にはウェーブのロングヘアを流して、化粧も口調もけばけばしいが…?

◇バストサイズはメリルと同等、もしくはそれ以上?

◇クウヤのことを知っているようだが、二人の関係は・・・!?

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