第5話 帰ってきたご当地ヒーロー!②
文字数 2,305文字
はぁ、朝からひどい目に遭った。
新雪はふわふわしている反面、ものすごく服にまとわりついてくる。現に相馬は雪まみれ。まぁこれに関してはこちらにも非はあるので強くは出れない。
制服をはたきながら隣を見やる。
プロレスのリングから抜け出してきたような少女は、頭でも洗うように髪をわしゃわしゃしたり、マフラーの間から雪を落としていた。
雪原デスマッチの後です、と言われても何の違和感もない。
「……? どうかしました?」
どうしたもこうしたも。
「その水着みたいな格好で寒くないのか?」
天気予報によれば本日の最高気温は十度。
だというのに雪うさぎマスクのコスチュームは三日前に会った時と変わらず白のレオタードだ。
首にはマフラーを巻いているのに腋と太腿は見事なまでにノーガード。町の平和は守れても寒さから身を守るのは到底できそうにない。
「風邪ひくぞ」
「ご安心ください。いつまでも寒さに負けている雪うさぎマスクさんではありません。今日は走ってきましたからね、体がホカホカなんですよ」
アナログを通り越して原始的ともいえる防寒だった。胸を張るな、胸を。
「そうですね、名付けてホット雪うさぎさんモードとかどうです?」
「レンチンして温められたみたいな名前だな」
とりあえずネーミングセンスが壊滅的なことはわかった。頼むからその名前で結城ヶ丘のご当地ヒーローを名乗らないでくれ。住民として恥ずかしい。
「おはようございます、勇太くん」
誰が勇太だ。
相馬は相馬であって勇太ではない。そもそも誰に向けて挨拶しているのだ? そう思った矢先、雪うさぎマスクがくるりと身を翻してしゃがむ。
コスチュームの背中に忍び寄っていた男の子はびっくりしたように目を丸くしていた。黄色い通学帽から察するに、近所の小学生みたいだ。
「今日は朝寝坊せず起きれたみたいですね。でも、雪でいたずらするのはダメですよ」
「ちぇー」
男の子は両手いっぱいに持っていた雪をぽいっと路肩に捨てる。
ちょうど手の届く高さに無防備な太腿があって狙いたくなったのだろう。情操教育的に大変よろしくない。
「なんでわかったの?」
「そりゃあ、雪うさぎマスクさんにはこの大きくてながーい耳がありますから、どんな音も声も聞き逃さないんですよ」
言ってバニーガールを思わせる耳を指差す。
「ピンチになったらいつでも呼んでくださいね。すーぐ駆けつけますから」
「うちの高校にスノーモービルはないぞ」
「……」
むっすー。
とても不満気な顔をされた。
あれか、白ベースの車体に赤と緑のアクセントで、雪うさぎカラーにしたかったのか。雪国のご当地ヒーローとしてはいいが、年齢的に免許をもってるのか怪しいところだ。
ちなみにスノーモービルは普通自動車免許があれば公道を走れる。
「あ、雪うさぎの姉ちゃんだ」
「えっ、どこどこ……あ」
雪を踏む音の方を見ると、ランドセル姿の男の子二人が雪に足を取られながらもこっちへ走ってくる。
意外と小学生から人気らしい。というかいつの間に認知度を上げたのだ。
「おはようございます、二人とも。あと、わたしは雪うさぎの姉ちゃんではなく雪うさぎマスクです」
もしかして、名前覚えてもらってないのか。
そういえば前回「知名度とかはまだ全然でして……」とこぼしていたが、まさか謙遜なしの純度100%の事実だったとは。
今だけはこの新米ご当地ヒーローが健気に思えた。
「雪姉」
「あの、さっきより縮んでませんか、それ」
やめてやれ。しまいには泣くぞ。
「え、えぇと……雪うさぎのお姉ちゃん、なんでいっつもマスクしてるの?」
「おっと、気づきかれてしましたか。さすがは良太くん。これはですね——」
あ、ちょっと元気になってきた。
男子児童に囲まれる雪うさぎマスクは、ご当地ヒーローというより遊園地で風船を配ってるキャラクターに近かった。知名度の件はさて置き、本人も楽しそうにしていることだし、この隙に相馬は離脱を。
「おっと、どこに行く気ですか。まだ信号は赤ですよ」
「誰かさんに足止めされて青信号逃したんだろうが」
次の信号まで歩こうと思ったが、このヒーローのマスクが赤信号のうちは行かせてくれそうにない。もう交通安全マスクとかに改名したらいいのに。
と、こちらに気づいたのか男の子の一人が相馬を見あげる。すごい不思議そうな顔をされた。
「このお兄ちゃん、だーれー?」
「彼氏? ねえ彼氏?」
「えっ、雪うさぎのお姉ちゃん、彼氏いたの……」
誰が彼氏だ。というか、さりげなくショック受けている子がいるぞ。
明言しておくが、相馬と雪うさぎマスクの間にラブロマンスなんてものは欠片もない。
「だーいじょうぶ、彼氏ではありません。この人はわたしのファン第1号です」
「なんだよ、その呪いみたいな称号」
なった覚えもないし、知らないうちに認定されてたなら即刻返上したい。なんなら彼氏発言で傷ついてた子にタダであげてもいい。というかもらってくれ。
そうこうしているうちに信号が赤から再び青になった。その間、車は一台も来なかったが。
「それじゃあ、横断歩道渡りますよ。皆さん手を挙げましょうね」
「「「はーい」」」
ランドセル・トリオは元気に手を挙げて、とっとこ横断歩道を渡っていく。
「これ、おれもやらなきゃダメか」
「ダメですよ。ほら、ちびっ子たちも見てるじゃないですか」
「……」
今ほどこのご当地ヒーローとの再会を恨んだ瞬間はない。
そろそろストレスで怪人化しそうだ。わりと強敵になれる自信がある。1回の放送で倒されずに次週に持ち越されるタイプの。
「あ、一人が恥ずかしいなら一緒に渡りましょうか」
「それだけは勘弁してくれ」
新雪はふわふわしている反面、ものすごく服にまとわりついてくる。現に相馬は雪まみれ。まぁこれに関してはこちらにも非はあるので強くは出れない。
制服をはたきながら隣を見やる。
プロレスのリングから抜け出してきたような少女は、頭でも洗うように髪をわしゃわしゃしたり、マフラーの間から雪を落としていた。
雪原デスマッチの後です、と言われても何の違和感もない。
「……? どうかしました?」
どうしたもこうしたも。
「その水着みたいな格好で寒くないのか?」
天気予報によれば本日の最高気温は十度。
だというのに雪うさぎマスクのコスチュームは三日前に会った時と変わらず白のレオタードだ。
首にはマフラーを巻いているのに腋と太腿は見事なまでにノーガード。町の平和は守れても寒さから身を守るのは到底できそうにない。
「風邪ひくぞ」
「ご安心ください。いつまでも寒さに負けている雪うさぎマスクさんではありません。今日は走ってきましたからね、体がホカホカなんですよ」
アナログを通り越して原始的ともいえる防寒だった。胸を張るな、胸を。
「そうですね、名付けてホット雪うさぎさんモードとかどうです?」
「レンチンして温められたみたいな名前だな」
とりあえずネーミングセンスが壊滅的なことはわかった。頼むからその名前で結城ヶ丘のご当地ヒーローを名乗らないでくれ。住民として恥ずかしい。
「おはようございます、勇太くん」
誰が勇太だ。
相馬は相馬であって勇太ではない。そもそも誰に向けて挨拶しているのだ? そう思った矢先、雪うさぎマスクがくるりと身を翻してしゃがむ。
コスチュームの背中に忍び寄っていた男の子はびっくりしたように目を丸くしていた。黄色い通学帽から察するに、近所の小学生みたいだ。
「今日は朝寝坊せず起きれたみたいですね。でも、雪でいたずらするのはダメですよ」
「ちぇー」
男の子は両手いっぱいに持っていた雪をぽいっと路肩に捨てる。
ちょうど手の届く高さに無防備な太腿があって狙いたくなったのだろう。情操教育的に大変よろしくない。
「なんでわかったの?」
「そりゃあ、雪うさぎマスクさんにはこの大きくてながーい耳がありますから、どんな音も声も聞き逃さないんですよ」
言ってバニーガールを思わせる耳を指差す。
「ピンチになったらいつでも呼んでくださいね。すーぐ駆けつけますから」
「うちの高校にスノーモービルはないぞ」
「……」
むっすー。
とても不満気な顔をされた。
あれか、白ベースの車体に赤と緑のアクセントで、雪うさぎカラーにしたかったのか。雪国のご当地ヒーローとしてはいいが、年齢的に免許をもってるのか怪しいところだ。
ちなみにスノーモービルは普通自動車免許があれば公道を走れる。
「あ、雪うさぎの姉ちゃんだ」
「えっ、どこどこ……あ」
雪を踏む音の方を見ると、ランドセル姿の男の子二人が雪に足を取られながらもこっちへ走ってくる。
意外と小学生から人気らしい。というかいつの間に認知度を上げたのだ。
「おはようございます、二人とも。あと、わたしは雪うさぎの姉ちゃんではなく雪うさぎマスクです」
もしかして、名前覚えてもらってないのか。
そういえば前回「知名度とかはまだ全然でして……」とこぼしていたが、まさか謙遜なしの純度100%の事実だったとは。
今だけはこの新米ご当地ヒーローが健気に思えた。
「雪姉」
「あの、さっきより縮んでませんか、それ」
やめてやれ。しまいには泣くぞ。
「え、えぇと……雪うさぎのお姉ちゃん、なんでいっつもマスクしてるの?」
「おっと、気づきかれてしましたか。さすがは良太くん。これはですね——」
あ、ちょっと元気になってきた。
男子児童に囲まれる雪うさぎマスクは、ご当地ヒーローというより遊園地で風船を配ってるキャラクターに近かった。知名度の件はさて置き、本人も楽しそうにしていることだし、この隙に相馬は離脱を。
「おっと、どこに行く気ですか。まだ信号は赤ですよ」
「誰かさんに足止めされて青信号逃したんだろうが」
次の信号まで歩こうと思ったが、このヒーローのマスクが赤信号のうちは行かせてくれそうにない。もう交通安全マスクとかに改名したらいいのに。
と、こちらに気づいたのか男の子の一人が相馬を見あげる。すごい不思議そうな顔をされた。
「このお兄ちゃん、だーれー?」
「彼氏? ねえ彼氏?」
「えっ、雪うさぎのお姉ちゃん、彼氏いたの……」
誰が彼氏だ。というか、さりげなくショック受けている子がいるぞ。
明言しておくが、相馬と雪うさぎマスクの間にラブロマンスなんてものは欠片もない。
「だーいじょうぶ、彼氏ではありません。この人はわたしのファン第1号です」
「なんだよ、その呪いみたいな称号」
なった覚えもないし、知らないうちに認定されてたなら即刻返上したい。なんなら彼氏発言で傷ついてた子にタダであげてもいい。というかもらってくれ。
そうこうしているうちに信号が赤から再び青になった。その間、車は一台も来なかったが。
「それじゃあ、横断歩道渡りますよ。皆さん手を挙げましょうね」
「「「はーい」」」
ランドセル・トリオは元気に手を挙げて、とっとこ横断歩道を渡っていく。
「これ、おれもやらなきゃダメか」
「ダメですよ。ほら、ちびっ子たちも見てるじゃないですか」
「……」
今ほどこのご当地ヒーローとの再会を恨んだ瞬間はない。
そろそろストレスで怪人化しそうだ。わりと強敵になれる自信がある。1回の放送で倒されずに次週に持ち越されるタイプの。
「あ、一人が恥ずかしいなら一緒に渡りましょうか」
「それだけは勘弁してくれ」