第8話 帰ってきたご当地ヒーロー!④

文字数 1,453文字

 空はどんより曇っていた。結城ヶ丘は五日あれば三日は曇りか雨と言われるほどなので平常運転といって差し障りない。

「好きな食べ物とかある? 駅前にスイーツ店があるんだけど――」
「音楽聴いたりする? おれこのバンド好きなんだけど――」
「ねえねえ、彼氏とかいるの?」
 
 隣の席に台風がやってきた気分だった。真上から見たら机が台風の目になって人だかりが雲に見えるに違いない。質問攻めの声がうるさい。
 その原因は明らかだった。

 雪うさぎマスクこと雪之宮幸(ゆきのみや さち)

 ホームルームから一限目までの休み時間、雪之宮の席には人だかりができていた。隣の相馬にとってはいい迷惑だ。
 とはいえ黙っていればプロポーション抜群の美少女なわけだし、転校生とあっては注目しない方がおかしいのかもしれない。加えてだ。

「さぁさぁ、皆さん食べてくださいね。こっちの雪うさぎが餡子で、こっちはカスタードです」

 机の上には『銘菓・雪うさぎ』の箱。四十個入りと一番大きいのを買ってきたらしく、さっきからクラスメイトに順次配っていっている。
 もしかしてスポンサー契約とかしているのだろうか。
 
「あ、ところで皆さん『雪うさぎマスク』ってご存知ですか」
「ぶっ」
 おい、こいつエゴサしだしたぞ。

 全国津々浦々、千差万別のご当地ヒーローがいる現代だが、マスクを外して自分の地名度を自分で調べるヒーローがいる市町村はうちだけだ。花◯院の魂を賭けてもいい。

「実は結城ヶ丘のご当地ヒーローらしいんですよ」

 具体的な地名をださないでくれ、恥ずかしい。
 そもそもエゴサーチするなら人に訊くよりスマホに訊いた方が手っ取り早いだろうに。
 今の時代、あらゆる分野にウィキやら百科事典があるのだから、ネットの隅っこくらいには名前が載って——

「雪、うさぎ、マスク?」
「誰それ?」
「漫画のキャラ?」
「このお菓子のマスコット、じゃないよね?」

 ——なさそうだった。
 おかしいな。うちの県はやることがなさすぎて、インスタの使用率が全国一位のはずなのに。誰からもパシャッとされていないとなると、もうツチノコかなにかじゃないか。

 ごとっ、と椅子を引く音がした。そしてモーセの奇跡みたいに人だかりが左右に分かれる。

 よし、トイレ行ってこよ。

「あ、すいません」

 席を立った。腕を掴まれた。席に引き戻された。
 その細腕のどこにこんな力があるのか不思議でしかたないが、ご当地ヒーローとは総じてパワフルなのだ。

 顔を上げると雪うさ……ではなく雪之宮が鬼気迫る表情でこちらを凝視していた。黙っていればかわいいのに、

「あの、雪うさぎマスクってご存知ですか」
 うわ、確定枠を狙ってきやがった。
 どれだけ『知ってる』の四文字がほしいんだ。
 
 だいたい通学路で別れてまだ三十分も経ってないだろ、っておい肩に手を置くな、迫ってくるな、近い近い近い。前髪かかってるって。

「胸に手をあてて思い出してみてください」

 あ、胸っておれのか。

 目の前に懐かしの雪見大福(比喩)があったので危うく勘違いするところだった。そんなにまっすぐ見つめないでほしい。緊張して血圧が上がる。

「え、えぇと、雪うさぎマスクだっけ?」
「そうです、そうです。あ、もしかしてご存知でしたか」

 ぱっちりとした目をキラキラ輝かせる。そんなに知っててほしいのか。

「いや、知らない子だな」
「くはっ!」

 転校生は無駄に豊かな胸を押さえてのけぞった。幸い今回は後頭部をぶつけてない。

 よし、今度こそトイレ行ってこよ。
 
                         
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登場人物紹介

ヒーローネーム:雪うさぎマスク

本名:雪之宮 幸(ゆきのみや さち)

年齢:17歳 身長:158 cm(マスクの耳を含めると168 cm)


 自称、結城ヶ丘のご当地ヒーロー、人呼んで雪うさぎマスク!

 その正体はつい最近サイキックパワーに目覚め、そのままご当地ヒーローになった駆け出し少女。昨日からヒーローを始め、コスチューム類は全部自作と指先が器用なことが強み。


 マフラーは逆光の中に立った時、シルエットとしてカッコイイから巻いているが、結城ヶ丘は曇りと雪が多く、そもそも晴れる日自体が稀。そういうわけで憧れの登場シーンにはなかなか恵まれない。


 あと女子から嫉妬されるほどのプロポーションの持ち主。いわゆるボンキュッボン。白いコスチュームから「雪見大福(二個入り)」と比喩される。しかし本人は無自覚で、戦闘時に邪魔になりがちくらいにしか思っていない。

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