第10話 雪うさぎマスク激闘録①

文字数 1,313文字

 あ、糸通し貸しっぱなしだった。

 針に糸を通そうとして、相馬はがっくりと肩を落とした。ここは家庭科室ではなく生徒会室。時刻も授業時間をとうに過ぎた放課後だ。
 いるのは相馬だけ。なので遠慮なく校章の入った布旗を机上に広げさせてもらっている。

 本来なら今頃、転校生を案内して部活見学しているはずだったのだが、明日来賓があるのに応接室に飾る校章旗が破けているという緊急事態が発生。教師陣が頭を抱える場に居合わせてしまったのが運の尽きだった。
 ピンチに駆けつけたヒーローに向けられるような眼差しの集中砲火を浴び、相馬は校章旗を受け取ってしまった。

 ——コンコンコン。

 針穴に苦戦していると、誰かが扉をノックした。
 しかし妙だ。うちの生徒会役員は面倒を押し付けてくることはあっても、手伝ってくれることはまずない。それは相馬が一番よく知っている。
 では、いったい誰だ。

 まさか、追加の用事じゃないよな。

 面倒を押し付けられるのには慣れているが、なんでもかんでも引き受けるかは別問題だ。
 できないものはできない。この際だ、はっきり言おうと心を決めた。
 扉を開ける。

 廊下にいた少女には見覚えがあった。その奇抜としか言いようのない出立ちにも。

「ふふん、何やらお困りのようですね。雪うさぎマスクさん参上!」

 一歩飛び下がって結城ヶ丘のご当地ヒーローはビシッとポーズを決める。

 それ、やりたかったのか。

 気持ちはわからなくもないが、市立高校の廊下でされるとミスマッチでしかない。コスチュームが白なのに、背後の壁が白塗りなのも致命的だ。保護色か。

「何しにきたんだよ。こっちは針穴に糸通すので忙しいのに。あとその格好で校内をうろつくな、校則違反だぞ」

 一応ここは市立高校の校舎内だ。前回は怪人との戦闘中にちょっとばかしピンチに陥ったからという理由で非常階段から現れたが、今回はまだ怪人すら出現していない。誰かさんが面倒を押し付けられてしまったことを除けば、校内はいたって平和だった。

「おっと、怪人と戦うだけが能だと思わないでくださいね」
「他になんか特技とかあるのか」
「ありますとも。こう見えてわたし、指先は器用なんですよ。なにせこのコスチュームも手作りなんですから」
「外注すると高いもんな」

 前にご当地ヒーローがコスチュームにいくらかけているか調べるランキング番組があった。我が町のヒーローなら安さの頂点を狙えそうだ。

「というわけで、この雪うさぎマスクさんがお手伝いしましょう」
 もしかして、その一人称で名前覚えてもらおうとしてるのか。

 小学生からの呼び名も「雪うさぎの姉ちゃん」だったし、我が町のヒーローは致命的に知名度が低いらしい。しかし、それもそのはず。

「おまえ、ご当地ヒーローらしいことなんにもしてないもんな」
「失礼な! わたしだってこの三日間でいろんな怪人を倒してきたんですよ!」
「……。本当に?」
「本当ですよ! それこそ『雪うさぎマスク激闘録』とか作れそうなくらいに」

 なんだ、その総集編みたいなタイトルは。言っておくが生徒会では作らないからな。
 これで次回のタイトルが『雪うさぎマスク激闘録』とかだったら相馬はキレ散らかす自信があった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ヒーローネーム:雪うさぎマスク

本名:雪之宮 幸(ゆきのみや さち)

年齢:17歳 身長:158 cm(マスクの耳を含めると168 cm)


 自称、結城ヶ丘のご当地ヒーロー、人呼んで雪うさぎマスク!

 その正体はつい最近サイキックパワーに目覚め、そのままご当地ヒーローになった駆け出し少女。昨日からヒーローを始め、コスチューム類は全部自作と指先が器用なことが強み。


 マフラーは逆光の中に立った時、シルエットとしてカッコイイから巻いているが、結城ヶ丘は曇りと雪が多く、そもそも晴れる日自体が稀。そういうわけで憧れの登場シーンにはなかなか恵まれない。


 あと女子から嫉妬されるほどのプロポーションの持ち主。いわゆるボンキュッボン。白いコスチュームから「雪見大福(二個入り)」と比喩される。しかし本人は無自覚で、戦闘時に邪魔になりがちくらいにしか思っていない。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み