第1話 その名は雪うさぎマスク!①

文字数 2,697文字

 ——ドンドンドン。

 放課後の生徒会室で氷見川(ひみかわ)相馬(そうま)は金属扉を叩く音を聞いた。

 いるのは相馬だけ。ちょうど生徒会で設置した目安箱の開封して、投函された意見の集計をしていたところだった。どう考えても書紀の仕事ではないが、面倒を押し付けられるのには慣れている。

 作業を一時中断して廊下に出ると、非常扉からやかましい音がした。
 そういえば、今日は防災設備の点検業者が来るらしい。多分それだろう。

 はぁ……また面倒が増える。

 慣れているのと嫌じゃないかは別問題だ。
 ガチャリと鍵を回して、鉄扉を開ける。

 ここまで全力疾走してきたのか、非常階段の踊り場で彼女は「ぜぇはぁ」と白い息を吐きながら肩を上下させていた。

 そして、細い指で口元を隠していたマフラーをくいっと下げて、

「あっ、すいません。目安箱に『わたしの変身バンクとガジェットを作って下さい』って投函した者ですが、進捗の方はどうなっていますでしょうか」

 安っぽいコスプレレスラーみたいな格好の少女がいた。

 雪のように白いレオタードはエナメル製らしく、ライダースーツに似た光沢がある。
 赤いマスクが目元を隠し、葉っぱを模した耳はバニーガールよろしく頭上にぴんっとたっている。雪うさぎを連想させるカラーリングだ。
 同じく白のロンググローブとブーツは冬物らしく肘と膝まであり、それらを合わせた出立ちは、奇抜の一言に尽きる。

 言うまでもなく、彼女は明らかに点検業者ではなかった。
 
           ◯
 
「いやー助かりました。外ちょー寒くて、あのままだったら、わたし凍え死んでましたよ」

 窓の外ではもう雪がちらついている。
 締め出すか、通報するか。二択で迷ったが、肩と膝をガクガク震わせている女の子にそこまでするのは酷だし、仕方なく相馬はこの不審者を部屋にあげた。

 生徒会室にこんなの入れたなんて知られたら……はぁあ。

 気が重い。とりあえず今はヒーターを独り占めしている以外は人畜無害そうに見える。

「で、暖まるのもいいけど、そもそも君だれ?」
「おっと、申し遅れました」

 なんか急に元気になったぞ、おい。

 ひょっこりと立ち上がった彼女はその場でビシッとポーズを決める。

「わたしはここ結城ヶ丘のご当地ヒーロー、人呼んで雪うさぎマスクです!」

 漢字ひらがなカタカナを全部使った名前だな。

 さて、ヒーローとは今やフィクションで描かれる超人の名ではない。
 数年前から感情をサイキックパワーに昇華し、その力を以って地域社会の平和を守る人々が現れ始めた。今やその数は全国合計で百を超えている。

 そんな彼らは生まれ育った地域への想い——ご当地愛をパワーの源にしている。故に人々は彼らを、ご当地ヒーローと呼んだ。

 そして、ここ結城ヶ丘は積雪で有名な町だ。雪が降れば街角に雪うさぎ並ぶのが恒例。雪像祭の巨大雪うさぎは毎年の目玉になっていて、全国ネットのテレビで放送された年もあった。

 つまるところ、この町にとって雪うさぎは代名詞のような存在なのだ。
 となると、彼女以上に結城ヶ丘に相応しい守り手(ヒーロー)はいないだろう、多分。

「ご当地ヒーローってウチにもいたのか。初めて知ったよ」
「くはっ!」

 自称ご当地ヒーローは無駄に豊かな胸を押さえてのけ反った。おい、どうした!? 誰にやられたんだ!
 が、返ってきたのは壁にぶつけた後頭部がごつっと鳴る音。頭を押さえて雪うさぎマスクは悶絶する。あれは相当痛いやつだ。

「おいおい大丈夫か、氷もってこようか?」
「い、いえ……ご心配には及びません……これでも、悪と戦うヒーローの端くれなので……」

 悪との戦い。それこそが彼女たちヒーローの求められる理由である。
 正義の感情がヒーローを生むなら、負の感情は怪人を生む。

 娯楽の少ない地方社会。不便すぎる交通網。夏は蒸し暑いし、冬は豪雪という殺人的な気候。挙げ句の果てには漫画雑誌の発売日が遅いせいで、書店に行って明日発売のポップに膝を着く始末。
 そうした鬱憤が平凡な住民を怪人に変えるのだ。

 彼女もそうした悪と日々戦っているのだろう。率直な感想を言っただけとはいえ心と体にダブルパンチを決めてしまったのは事実。

「ごめん。おれ、そっち方面には疎くて。知り合いには詳しいのがいるんだけど」
「お気遣いなく。ご存知ないのも無理はありません」

 もう回復したのか、雪うさぎマスクは姿勢を正す。

「実はわたし、つい最近ヒーローになったばかりの新米で、知名度とかはまだ全然でして……」
「そう、だったのか」

 まっすぐな背筋に対し、葉っぱの耳はしおれているように見えた。

「知られてるとか知られないは別にして、普段はどんな活動してるんだ? やっぱりパトロールとかか」
「……」

 尋ねるなり我が町のご当地ヒーローはあからさまに明後日の方向を見た。いやーな予感がする。

「おい」
「ふーふー、ふひゅー」

 すぼめた口から空気が漏れる。どうやら口笛を吹こうとしているらしい。まったく吹けていないが。

「お前、まさか」
「ち、違いますよ! 誤解しないでくださいね! 昨日からご当地ヒーロー始めたばっかりで、サボってたとかではありませんから!」

 昨日からご当地ヒーロー。
 十七年間生きてきて初めて耳にするフレーズだ。ちょっとじーんときていた、おれの気持ち返せ。

「まぁ百歩譲って、それはいいとしてもだな」

 できれば一歩も譲りたくはなかったが、結城ヶ丘をご当地にしているのなら、住民としてこれだけは言わないといけない。

「なんで雪うさぎが寒がってヒーター独占してるんだ」
「えっ、ダメなんですか?」
「いや融けるだろ」
「あ」

 あ、じゃねーよ。
 そもそもこいつ、雪うさぎが何か知ってるのか。

 都会人のボケで「アレですよね。駅とかでお土産に売ってる兎の形した和菓子ですよね?」というのがある。
 こいつも同じことを言いださないか不安だ。もっとも相馬はあれをボケとは認めていない。ただの煽りだ。

「だ、大丈夫ですよ。この胸にご当地愛パワーがある限り、雪うさぎマスクは不滅です!」
「おっそっか。じゃあ、このまま外に放り出しても問題ないな」
「ただ今ご当地愛パワー補給中です」

 雪うさぎマスクはぎゅーとヒーターにくっつく。その胸は既に満タンに見えるが、まだ大きくする気なのか。ご当地愛パワーとやらが暖房で補給できるかは謎だが——

「あっつッ‼︎」

 温められすぎた雪うさぎマスクがヒーターから跳び退いた。頼むからここで火傷しないでくれ。

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          │ To be continued.  〉
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登場人物紹介

ヒーローネーム:雪うさぎマスク

本名:雪之宮 幸(ゆきのみや さち)

年齢:17歳 身長:158 cm(マスクの耳を含めると168 cm)


 自称、結城ヶ丘のご当地ヒーロー、人呼んで雪うさぎマスク!

 その正体はつい最近サイキックパワーに目覚め、そのままご当地ヒーローになった駆け出し少女。昨日からヒーローを始め、コスチューム類は全部自作と指先が器用なことが強み。


 マフラーは逆光の中に立った時、シルエットとしてカッコイイから巻いているが、結城ヶ丘は曇りと雪が多く、そもそも晴れる日自体が稀。そういうわけで憧れの登場シーンにはなかなか恵まれない。


 あと女子から嫉妬されるほどのプロポーションの持ち主。いわゆるボンキュッボン。白いコスチュームから「雪見大福(二個入り)」と比喩される。しかし本人は無自覚で、戦闘時に邪魔になりがちくらいにしか思っていない。

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