番外編 気になるお姉ちゃんはご当地ヒーロー!①

文字数 2,424文字

 ――ざっ、ざっ、ざっ。きょろきょろきょろ。

 お昼休みにこっそり学校を抜け出して、良太(りょうた)くんはある人を探していました。
 雪一色の通学路に児童は一人もいません。でも代わりに、

 ……あ、いた。

 ぴんっとたった葉っぱの耳はよく目立ちます。だから探す時は、いつも目印にしていました。
 すっごく長いマフラーは青一色。
 今は背中を向けていますが、つるつるしたあの白いコスチュームは間違いありません。よく見ると、お尻には毛糸玉みたいなまん丸の尻尾が付いています。

 ーーざっ、ざっ、ざっ。

「ん?」

 くるっと、白い背中が振り返ります。
 背は良太くんよりもずっと高くて、屈んだお姉ちゃんは目のところを覆う赤いマスクをしていました。
 ぱっちりとした両目がこちらを見つめます。

 ーーとく、とく、とく。

 初めて会った時は迷子と間違われてしまいしたが、今日は違います。

「どうかしましたか」

 尋ねてくるお姉ちゃんに、良太くんはぎゅっと黒ジャンパーの裾を握って、

「あ、あの…………怪人デビキッド、です。い、今からわるいことするので、その前に……雪うさぎのお姉ちゃんを、えぇと、や、やっつけます……」

 最後の方は消え入りそうなくらい声が萎んでしまっていました。
 雪うさぎの格好をしたお姉ちゃんには大きな耳がありますが、それでもちゃんと聞こえたか心配です。

 それからフード。二頭身の悪魔デビポンがプリントされているのですが、こちらも怪人らしく見えているか不安になってきました。

「ふふん、それは見逃せませんね」

 と、ゆっくり立ち上がったお姉ちゃんはおっぱ……胸を張ります。何回見てもおっきいです。

「わたしの目が赤いうちはどんな悪さも許しませんよ。怪人デビキッド、この雪うさぎマスクさんが相手です」

 雪うさぎのお姉ちゃんは誇らしげに宣言しました。

 お姉ちゃんはこの町のご当地ヒーローらしいです。この前まで全然知りませんでしたが。
 でも、出会ってからというもの授業のときも、宿題をするときも、お風呂に入っているときも、雪うさぎのお姉ちゃんのことが気になってしまうのです。

 戦いを挑んで応じてくれて、よかったはずなのに、なぜか緊張してしまいます。
 すると雪うさぎのお姉ちゃんは中腰になって、

「さてと、なにして遊び(戦い)ます?」
「え、えっと……」

 言われてぴくっとしてしまいました。
 だって、ここまでで精一杯だっだのに、何をするかまで考える余裕なんてありはずありません。

「……なんでもいいですよ(小声)」

 ひそひそ話するみたいに、雪うさぎのお姉ちゃんは手で覆いをつくって囁きます。良太くんはちらっと周りを見てから

「じゃあ……雪玉づくり、で……」
「いいですよ。でも、そう簡単にやられる雪うさぎマスクさんではありませんよ」

 ……や、やったぁ。

 ちょっぴり、うれしくなりました。でもやっぱり胸の奥がきゅうっとなります。

「そ、それじゃ、どっちがおっきい雪玉つくれるか、……勝負、しよ」
「望むところです。とその前に、雪うさぎマスクさんとの三つの約束です」

 肘まであるグローブをはめた手がぴんっと指をたてます。

「まず一つ目、あまり遠くへ行かないこと。そうですねーーあそこにある電信柱から次の電信柱まで間にしましょう。もちろん、わたしも戦っている間はこの中から出ません。正々堂々存分に大きな雪玉を作ってきてくださいね」

 ーーふんふん。

「次に二つ目、他の人にいたずらしないこと。雪でもぎゅっと固めて投げると痛いですからね、人や家に向かって投げるのは禁止です。あと服の中に雪を入れるのもですよ」

 ーーふんふん。

「では三つ目です」

 屈んだ姿勢でお姉ちゃんはずいっと顔を近づけきました。しゃべったらあったかい息が頬っぺたにかかりそうな近さです。

 ……!

 いっぱい着込んできたからか、とっても暑くてなってしました。お風呂上がりみたいに頭から湯気が出そうです。

「いま言った雪うさぎマスクさんとの約束、きちんと守れますか」
「う、うん……まもれる」

 また声が萎んでしまったので、ふんふんと大きく首を縦に振ります。

「そうですか。悪い怪人でも約束は守らないといけませんからね、偉いですよ」

 ーーわしゃわしゃ。

 つるつるしたグローブの手で頭をなでてもらいました。フードの上からだったので、髪の毛がわしゃわしゃになってしまいましたが。

 …………。

 外は雪で真っ白なのにジャンパーを脱ぎたくなりました。でも、前に雪うさぎのお姉ちゃんが言っていました。

『わたしはご当地ヒーローなので寒くありませんが……くしゅんっ! あ、今のは誰かがわたしの噂をしたからです。というわけで皆さんは雪が降ったら防寒着! 手袋! 長靴! ですよ』

 と三つそれぞれポーズを決めていました。
 なので脱ぐのはやめます。ちなみにそのポーズは学校でちょっとだけはやりました。

「では」

 ゆっくり立ち上がった雪うさぎのお姉ちゃんが「とぉう!」の掛け声と一緒に後ろにジャンプします。それから雪の上でびしっとポーズを決めて、

「怪人デビキッド、この雪うさぎマスクさんがいる限り、あなたの好きにはさせませんよ! さぁ、雪玉づくりで勝負です!」

 おおぉ……!

 やっぱり雪うさぎのお姉ちゃんはかっこいいです。
 でも、みんなが一緒だった時と違って、二人だけになるとなぜかこそばゆくなります。

「……好きなセリフ言っていいですよ(小声)」
「えっ、えっと……や、やっつけてやるっ」

 思い切って、搾り出すようにしてでた一言でした。
 ただ、きゅっと小さくなってしまったせいで全然怖くありませんが。

「おっと、今日の怪人はなかなか手強そうですね。しかし、どんな強敵が相手でもわたしは負けませんよ。さて、準備はいいですか」

 こくりと頷きます。もう心臓はとくとくいっていました。

「それでは、よーい、スタート」

 雪うさぎのお姉ちゃんは左腕を高く掲げます。ブレスレットみたいな機械がピッと鳴って五分を測り始めました。

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登場人物紹介

ヒーローネーム:雪うさぎマスク

本名:雪之宮 幸(ゆきのみや さち)

年齢:17歳 身長:158 cm(マスクの耳を含めると168 cm)


 自称、結城ヶ丘のご当地ヒーロー、人呼んで雪うさぎマスク!

 その正体はつい最近サイキックパワーに目覚め、そのままご当地ヒーローになった駆け出し少女。昨日からヒーローを始め、コスチューム類は全部自作と指先が器用なことが強み。


 マフラーは逆光の中に立った時、シルエットとしてカッコイイから巻いているが、結城ヶ丘は曇りと雪が多く、そもそも晴れる日自体が稀。そういうわけで憧れの登場シーンにはなかなか恵まれない。


 あと女子から嫉妬されるほどのプロポーションの持ち主。いわゆるボンキュッボン。白いコスチュームから「雪見大福(二個入り)」と比喩される。しかし本人は無自覚で、戦闘時に邪魔になりがちくらいにしか思っていない。

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