第12話 雪うさぎマスク激闘録③

文字数 3,051文字

「出ましたね、怪人!」
 びしっ、と音がしそうな勢いで雪うさぎマスクはその相手を指さす。
 ここはJR結城ヶ丘駅の駅前広場。バスやタクシーのロータリーを背景に雪うさぎマスクは敵と対峙していた。

「フフハハハハハ。貴様、冬場にそんな格好をしていたのでは風邪をひいた挙げ句、我ら怪人の敵と勘違いされてしまうぞ」
 白のレオタード姿のこちらに対し、現れた怪人はでっぷりと太った中世貴族のような格好をしていた。いかにも暖かそうだ。しかも首に巻いた襟巻き(あとで調べたら襞襟(ひだえり)というらしい)が時計の文字盤になっている。

「ふふん、心配ご無用ですとも。ですが、ご存知ないなら名乗らせてもらいましょう」
 しゅたっ、と後ろに飛び下がって雪うさぎマスクはポーズを決める。

「わたしこそ、ここ結城ヶ丘の平和を守るご当地ヒーロー、人呼んで雪うさぎマスクです!」
 言って雪うさぎマスクは胸を張った。それだけで町行く人々が足を止めて応援の眼差しを投げかけてくる。特に中高生の男子が多い。通学途中なのだろう。「おおぉ……」「……マジかよ」「……でっか」と囁く声が聞こえてくる。
 葉っぱを模した耳を含めれば雪うさぎマスクは身長168cm。確かに女の子としては、やや背の高い方ではあるが、そんなに驚くことだろうか。

「ほほう、よもやこの町にもご当地ヒーローがいたとはな」
「ふっふーん、事前リサーチを怠ったのが運の尽きでしたね。わたしの目が赤いうちはどんな悪事も許しませんよ!」
 事前リサーチに引っ掛からないほど知名度が低かったんじゃないか、と野暮なツッコミをしてきそうなあの少年はいない。

「名乗られたからには名乗り返すのが怪人の嗜みというもの」
 ばさっ、と厚手のマントを払って怪人は紳士然とした動作で胸に手をやる。
「我輩の名はクロノデイズ、時を操る怪人である。以後お見知りおきを、この町のご当地ヒーロー」
 恭しく一礼する様は格好も相まって本当に中世の貴族のようだった。しかし……

「時を、操る……ですか」
 なるほど。だから首に巻いた襞襟が時計の文字盤になっているのか。納得と同時に緊張が走る。

 これは、かなり強敵な予感がしますね……。

 だが強敵に恐れをなしていては町の平和は守れない。雪うさぎマスクはグッと拳を握りしめ、臨戦態勢に入る。怪人の攻撃はどこから飛んでくるか分からない。
 一触即発。緊迫した空気が駅前広場を包み込んでいた。

「――ところで貴様」
「なんですか」
「ちょっとニンニク臭いぞ」
「えっ!?」

 雪うさぎマスクは慌ててコスチュームの臭いを嗅ぐ。心当たりはあった。
 さっき食べた『麺屋ラーメン道場』の豚増しまぜそば。あれのトッピングにニンニクがあったからだ。くんくんしてみると、確かにちょっとにお――

「……ふっ、かかったな」
 不気味に囁く怪人の声がした。そして。

「食らうがいい、ザ・クロノタイム!」
 し、しまった……!
 咄嗟に身構えたが、時すでに遅し。

 ――チクタク、チクタク、ガコン!

 怪人の首周り、襞襟の文字盤を時計の針が高速で一周する。それは怪人の能力が発動し終えたことを示していた。ご当地ヒーローが正義の力をもつのと同様、怪人にも悪しき力が備わっている。しかも敵は『時を操る怪人』だ。その力は想像を絶するに違いない。

 いったいどんな能力が……。

 一秒が経った。吐く息が白くなる。
 二秒が経った。どくどくと胸の鼓動が早まる。
 三秒が経った。怪人はまだ動かない。
 四秒が経った。

「……」
「……」

 五秒。六秒。襞襟の文字盤を時計の針が一周しただけで何も起きない。

「あの」
「なんだね」
「何が起きたんです?」
「フフフ、聞いて驚け。貴様には分かるまいが、この瞬間、地方限定で雑誌書籍の発売日が一日遅れたのだ」
「それだけですか」
「それだけだ」
「……」
「……」

 ひゅーっと木枯らしの吹きそうな沈黙が降り立った。

 確かに時を操ってはいる。しかし、時を止めたり巻き戻したりされるのかと警戒していた身としては、これはその……なんというか……うん、言わぬが花である。

「あの」
「今度はなんだ」
「それならどうして空気が殺気だっているんです」

 本来なら駅前に建つ商業施設やJRの利用客で賑わっているはずの駅前広場は今や戦場のような雰囲気に包まれていた。まるでそこかしこにピアノ線が張ってあるような張り詰め具合だ。

 てっきり怪人の仕業かと思ったが。
 最初に聞こえたのは足音だった。三階に書店も入っている商業施設から出てきた人たちが、ぞろぞろと怪人の方へ歩み寄っていく。その手は例外なくグーに握られ、中には二階のスポーツ用品店で購入してきたのか金属バットを持っている人もいる。

 彼らは大学進学で地方にやってきて何も知らずに月刊少年誌を買いに行って、発売日が遅れていることをその場で知り絶望した経験のある大学生たちである。

 そういえば今日は大人気漫画『葬送のプリーレソ』の新巻発売日だった。しかも初回特典に小冊子が付いている――はずだった。
 怪人が、その能力を発動しなければ。

 さすがに本人もそのことに気づいたらしい。
「ま、待つのだ一般人諸君! えっ、えーっと……今の嘘! さっきのクロノタイムなし! 書店へ急げ、新刊が諸君らを待っている!」

 両手の指で商業施設の三階を指さす怪人。
 しかし、目に殺気を宿した人々は留まらず、じりじりと怪人との距離を詰めていく。しかも狙いすましたかのように信号が青になり、ちょっと離れた所にあるTSUT◯YAで同じ目に遭ったと思わしき人々が、ぞろぞろと横断歩道を渡ってきた。もう立派な包囲網である。

「助けてくれ!」
 そして怪人は迫真の表情で叫んだ。雪うさぎマスクに向かって。

「えっ、わたしですか!?」
「他に誰がいる! 貴様、この町のご当地ヒーローであろう!? これでも我輩、住民票は結城ヶ丘にあるのだぞ!」
 まさか怪人に市民権を主張される日がくるとは。とはいえ、このままでは暴動になってしまう。

「と、とりあえずあなたは逃げてください! 皆さん一旦落ち着きましょう! 暴力はいけませんよ暴力は。今日は月曜日ですし、仲よく『週刊青年ジャンプ』でも買いにいきましょう」
「フハハハ、残念だったな。その週刊少年誌も我輩のクロノタイムで発売が遅れている」
「あなた助かりたいのか助かりたくないのか、どっちなんです!」

 高笑いする怪人のお尻にローキックを入れる。さすがの雪うさぎマスクもこれには手が、いや足がでた。

 そこからは怪人との戦闘ではなく暴徒鎮圧だった。

          ◯

「あー、そのニュースおれも見たわ。おまえだったのか、あれ。早めに出頭しろよ」
「なんで自首する流れになってるんですか! わたし暴徒鎮圧した側ですよ!? 警察の人から『え、キミうちのご当地ヒーロー? 寒い中お疲れさん』って労いの言葉もかけてもらったんですよ!」

 それは警察からも認知されてなかったということではないのか。それはそうとだ。

 時の怪人クロノデイズ。
 雑誌書籍の発売日を一日遅らせるという、恐ろしくしょうもない能力の怪人。よくそれで人前に出て悪さをしようと思ったものだ。いやしかし、実際問題として暴動まで起きているのだからある意味でこの町に一番被害を与えた怪人かもしれない。

「しかも、また怪人そのままだし」
「あ、あのあと逮捕されたそうですよ。業務妨害の罪で」

 それは良かった。あんなのを野放しにしておいたら、いつ(怪人自身が)ボコボコにされるか分かったもんじゃない。


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登場人物紹介

ヒーローネーム:雪うさぎマスク

本名:雪之宮 幸(ゆきのみや さち)

年齢:17歳 身長:158 cm(マスクの耳を含めると168 cm)


 自称、結城ヶ丘のご当地ヒーロー、人呼んで雪うさぎマスク!

 その正体はつい最近サイキックパワーに目覚め、そのままご当地ヒーローになった駆け出し少女。昨日からヒーローを始め、コスチューム類は全部自作と指先が器用なことが強み。


 マフラーは逆光の中に立った時、シルエットとしてカッコイイから巻いているが、結城ヶ丘は曇りと雪が多く、そもそも晴れる日自体が稀。そういうわけで憧れの登場シーンにはなかなか恵まれない。


 あと女子から嫉妬されるほどのプロポーションの持ち主。いわゆるボンキュッボン。白いコスチュームから「雪見大福(二個入り)」と比喩される。しかし本人は無自覚で、戦闘時に邪魔になりがちくらいにしか思っていない。

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