第5話

文字数 533文字

程なくして、彼女が来た。
僕を抱きしめに。

彼女に抱きしめられて、僕は
「わかんない、わかるもんか」と、涙を落とした。

関係性の問題だと思っていた。
涙でぼんやりした彼女の顔。

涙を拭った一瞬見えた彼女の瞳は、いや、僕が想像していたどれとも違う輝きを放ち、頬は高潮しほの紅く、僕は言いしれない寒気を感じた。

(このコはすべての虚勢を剥がされた僕を、未知との遭遇として楽しみ、畏れ、慈しんでいる。これはいけない)

とにかく、僕はダメなやつなんだ。
せかいでビリっけつだよ、と、言えば言う程、それはコンピューターゲームの裏技の様に顕著な効果を示した。

僕は彼女を遠ざけたいんじゃなかったか?

しかし、誇張したつもりの自己紹介は、彼女から見た僕に悉く「そのもの」としてオーバーラップし、その法則性に酔っている自分すら容易に見出された。

彼女は多くを語らず、ただ僕を見つめ、甘い吐息を吐き、それが彼女の唇に僕を誘った。

なあに、僕も酔ってしまった。

彼女は待ってる、次の長文を。

どうすれば、この不良債権を諦めてくれるんだろうか。

そこには「カジュアルな嘘」が必要に思われた。
そして、それは僕がもっとも苦手とするところであり、その作為を見破られたら、僕はもう、彼女の蜘蛛の巣から死ぬまで逃れられないだろう。
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