第10話 揺れる気持ち
文字数 1,743文字
目的地に着いたころにはもうすっかり暗くなってしまっていた。
C市の市役所の隣にある公園の脇に車を止めると「今日はありがとう」と言って降りようとした広瀬さんの手を取った。
彼氏はいないとわかったからそれはいいとして、聞きたいことと聞かなければいけないことがほかにもある。今、ちゃんと確認しておかないと、あとで後悔するような気がした。
まず、おすすめのお店を教えてほしいと言っていたから、連絡先を交換してもらった。
それから――。
「それから……さっきカフェで帰り際に好き言ってくれたことなんだけど……」
と口にすると、広瀬さんの表情が強張り、急に変なことをいってごめんね、と言った。
聞き間違いじゃなかったことに、またホッとする。
ただ僕には恋愛感情が良くわからないことと、広瀬さんのことが気になっていることを伝えた。
これまでは告白されてもにべもなく断っていたのに、やたらと言葉を選ぼうとする感情が湧いてきて、自分自身に違和感を覚えた。それでも僕のことを知ってほしいし、広瀬さんのことをもっと知りたいとも思う。
友だちとしてつき合っていけるなら、いいんじゃないだろうか?
いろいろと考えていたら、その思いがそのまま口をついて出てしまった。
「だから、まずは友だちとして……またズルいって言われるかもしれないけど、お互いのことをなにも知らないし……広瀬さんのことを知るところから、僕のことを知ってもらうところから、そこからつき合ってもらえると嬉しいんだけど。ダメかな?」
「ダメじゃないよ……全然ダメじゃない。凄く嬉しい」
呆然とした表情で僕を真っすぐ見つめて広瀬さんはそう答えてくれた。
「ありがとう。そういってくれると僕も嬉しい」
(そうじゃなくて、だから言い方が……! 言葉の選び方が違うでしょ! なんで僕は断りにくそうな聞き方をしちゃうんだよ……)
広瀬さんの答えは嬉しかったけれど、心の中ではもう一人の僕が僕を責めていた。
断れない状況を作ってしまって本当は嫌なんじゃないだろうか。困らせているんじゃないだろうか。そればかりが気になって仕方ない。
それでも広瀬さんはまたお店に寄ってもいいかと聞いてくれた。僕は迷わず「構わないよ」と答え、また送っていきたいから今日くらいの時間がいいというのも伝えた。
別れ際、無事についたらメールを、というのでわかったと答えた。帰りの心配をしてくれるなんて気持ちの優しい人なんだろうな……そう思いながら車を出し、バックミラーに目を向けた。
どういうわけか広瀬さんは何度もジャンプをし、最後にバンザイをして飛び上がっている。そしてそのままスキップをして帰っていく。
僕はつい、フフッと声を出して笑ってしまった。
(明るくてかわいい人だな)
広瀬さんが見えなくなるのと同じくらいのタイミングで角を曲がった。
普段は考えないようなことや、話し方、言葉の選び方ばかりで気持ちの動きがおかしかったせいか、ドッと疲れが出たような気がする。なのに妙に満たされたような満足感もある。
不意に携帯が鳴った。
路肩に車を止めて携帯を開くと、和馬からの着信だ。まるで帰るタイミングを見計らったかのようだ。
「――もしもし」
『よー! 悠斗、あのあとどうだったんだよ?』
「どうもなにも……お茶して、今、送ってきたところだよ。これから帰る」
『それだけ? 嘘だろ……絶対、なんかあったろ? じゃなきゃ、広瀬さんがスキップして帰るわけないもんな』
「なんでそれを……」
ワッと歓声のような声が響いてきた。受話口からじゃない。周りを見渡すと、反対車線の路肩で和馬の車から慧一と准が顔を出しているのが見えた。
タイミングを見計らったんじゃなくて見ていたのか。しかもみんなで。
僕は携帯を閉じて助手席に投げ出すと、そのままアクセルを踏んで車を出した。
止まることなく最寄り駅の国道沿いにある食堂の駐車場に入り、車を止めて降りると和馬たちを待った。
数分してやって来た和馬たちは車を降りて口々にいう。
「ひでーな悠斗。おいていくなよ!」
「スピード出しすぎだぞ!」
「まあ、ここに寄るだろうとは思ったけどな」
「ひどいのはおまえらだろ……隠れて見てるなんてさ」
僕は三人をひと睨みしてから店のドアを開けた。
C市の市役所の隣にある公園の脇に車を止めると「今日はありがとう」と言って降りようとした広瀬さんの手を取った。
彼氏はいないとわかったからそれはいいとして、聞きたいことと聞かなければいけないことがほかにもある。今、ちゃんと確認しておかないと、あとで後悔するような気がした。
まず、おすすめのお店を教えてほしいと言っていたから、連絡先を交換してもらった。
それから――。
「それから……さっきカフェで帰り際に好き言ってくれたことなんだけど……」
と口にすると、広瀬さんの表情が強張り、急に変なことをいってごめんね、と言った。
聞き間違いじゃなかったことに、またホッとする。
ただ僕には恋愛感情が良くわからないことと、広瀬さんのことが気になっていることを伝えた。
これまでは告白されてもにべもなく断っていたのに、やたらと言葉を選ぼうとする感情が湧いてきて、自分自身に違和感を覚えた。それでも僕のことを知ってほしいし、広瀬さんのことをもっと知りたいとも思う。
友だちとしてつき合っていけるなら、いいんじゃないだろうか?
いろいろと考えていたら、その思いがそのまま口をついて出てしまった。
「だから、まずは友だちとして……またズルいって言われるかもしれないけど、お互いのことをなにも知らないし……広瀬さんのことを知るところから、僕のことを知ってもらうところから、そこからつき合ってもらえると嬉しいんだけど。ダメかな?」
「ダメじゃないよ……全然ダメじゃない。凄く嬉しい」
呆然とした表情で僕を真っすぐ見つめて広瀬さんはそう答えてくれた。
「ありがとう。そういってくれると僕も嬉しい」
(そうじゃなくて、だから言い方が……! 言葉の選び方が違うでしょ! なんで僕は断りにくそうな聞き方をしちゃうんだよ……)
広瀬さんの答えは嬉しかったけれど、心の中ではもう一人の僕が僕を責めていた。
断れない状況を作ってしまって本当は嫌なんじゃないだろうか。困らせているんじゃないだろうか。そればかりが気になって仕方ない。
それでも広瀬さんはまたお店に寄ってもいいかと聞いてくれた。僕は迷わず「構わないよ」と答え、また送っていきたいから今日くらいの時間がいいというのも伝えた。
別れ際、無事についたらメールを、というのでわかったと答えた。帰りの心配をしてくれるなんて気持ちの優しい人なんだろうな……そう思いながら車を出し、バックミラーに目を向けた。
どういうわけか広瀬さんは何度もジャンプをし、最後にバンザイをして飛び上がっている。そしてそのままスキップをして帰っていく。
僕はつい、フフッと声を出して笑ってしまった。
(明るくてかわいい人だな)
広瀬さんが見えなくなるのと同じくらいのタイミングで角を曲がった。
普段は考えないようなことや、話し方、言葉の選び方ばかりで気持ちの動きがおかしかったせいか、ドッと疲れが出たような気がする。なのに妙に満たされたような満足感もある。
不意に携帯が鳴った。
路肩に車を止めて携帯を開くと、和馬からの着信だ。まるで帰るタイミングを見計らったかのようだ。
「――もしもし」
『よー! 悠斗、あのあとどうだったんだよ?』
「どうもなにも……お茶して、今、送ってきたところだよ。これから帰る」
『それだけ? 嘘だろ……絶対、なんかあったろ? じゃなきゃ、広瀬さんがスキップして帰るわけないもんな』
「なんでそれを……」
ワッと歓声のような声が響いてきた。受話口からじゃない。周りを見渡すと、反対車線の路肩で和馬の車から慧一と准が顔を出しているのが見えた。
タイミングを見計らったんじゃなくて見ていたのか。しかもみんなで。
僕は携帯を閉じて助手席に投げ出すと、そのままアクセルを踏んで車を出した。
止まることなく最寄り駅の国道沿いにある食堂の駐車場に入り、車を止めて降りると和馬たちを待った。
数分してやって来た和馬たちは車を降りて口々にいう。
「ひでーな悠斗。おいていくなよ!」
「スピード出しすぎだぞ!」
「まあ、ここに寄るだろうとは思ったけどな」
「ひどいのはおまえらだろ……隠れて見てるなんてさ」
僕は三人をひと睨みしてから店のドアを開けた。