第23話 ランプの欠片
文字数 1,819文字
二日後、僕は店に戻って来た。
映像でも見ていたし、電車が駅に入るときにも見えていたけれど、本当にひどい状態だ。
駅に入ってくるカーブでスピードが落ちないままで、白樺の木をすべて倒し、駅から近い和馬や僕の家のほうまで車両が倒れ込んだそうだ。
和馬たちも昨日のうちに戻ってきて、今は急遽、仮住まいに用意されたホテルに入っているという。
店の入り口あたりに、ひしゃげたランプの支柱が転がっている。持ってきたバケツにランプのガラスと電球の大きな欠片だけを拾い集めた。
店がなくなってしまった今、しばらくは結菜の病院近くで部屋を借りてしまおうかと思ったけれど、結菜にそれを止められた。
和馬や准と協力して早くこの先の生活を立て直して欲しいという。
商店街は老夫婦のやっていたお店がほとんどで、これを機に離れて暮らしている家族のところへ引っ越す人たちが多かった。
この場所に残るのは、もう一度、商店街を起こすには少なすぎる戸数だ。
倒壊の危険があるからと、まだ中のものを持ち出すこともできない。爺さまのお気に入りだったレコードやラジオ、サイフォンはどうなっただろう。
バケツを車に積み、僕はそのまま慧一の家へ向かった。
和馬や准と、今後のことを話し合うために。
高校進学をする前に、いつか一緒にやろうと四人で決めていたことがある。それを実現するときがきた。それだけのことだ。
最初に思い描いていたのとは、少しだけ違ってしまったけれど……。
「そういやあ、冬子、良く直前になって旅行に参加したな」
四人そろって書類や図面の山を広げながら、慧一が言った。
「そうなんだよな。昔、喧嘩したときにさ、結菜に『二人は絶対別れるな』って言われたのを急に思い出したらしくて、離れちゃいけない気がしたんだってよ」
「へぇ~、そんじゃあ結菜のおかげだな」
「だな。悠斗、結菜はどうだったんだよ?」
「うん、しばらくはいろいろと大変だと思う。思うようには動けないみたいだし……」
それでも、ご両親や病院のケアがしっかりしていて、思ったより早く良くなりそうだった。
会いに行った日、結菜は事故のことを知っていた。だから朝一番の電車で来てと言ったという。
僕が旅行に行かずに残ることを知って、あの子にどうにかならないかと頼まれたそうだ。
それに――。
『悠斗とお父さん、お爺さんのことが心配で戻ってきたら、ランプから離れられなくなったって……お爺さんが亡くなって、一緒に行きたかったのに、って困ってた。あの事故でランプが壊れたら出ていけるけど、悠斗はどうなるのって、すごく心配してたよ』
『爺さまと一緒に……って……』
『悠斗のおばあさんなんだって』
――ばあちゃんだったのか。
ずっと一緒にいてくれて、僕を助けてくれたのは。
亡くなったのは幼稚園に上がる前のことだったから、ほとんどのことを覚えていないけれど、良く一緒に川沿いを散歩したことは覚えている。
ランプが壊れて離れられたのなら、今ごろは爺さまと一緒にいるんだろうか。あれから姿を見ないから、きっと一緒なんだろうと思う。
事故の前々日、爺さまが現れたのは、迎えに来たからなのかもしれない。
できるなら、もう一度会って報告したかった。
(僕は来年、結菜と結婚するよ――)
「なあ悠斗、俺たちも結菜に会いに行けるのか? 冬子も会いたいって言ってるんだよ」
「大勢じゃ無理かもしれないけど、次に行ったときに聞いてみるよ」
「俺も奥さん紹介したいから、行っていいか聞いといて。あと、細かいこと、早く決めちまおうぜ。手続きが多すぎて目が回りそうだわ」
「わかった。聞いておく。手続きもだけどさ、お互いが持ってる資格ももう一回ちゃんと確認しておかないと」
「確かに。足りないもんがあったら、誰が取るのか揉めるぞ」
「今さら勉強したくねーもんな」
僕たちは共同で会社を立ち上げた。世の中、甘くないことは十分過ぎるほど承知している。
それでも……まあ、この三人と一緒なら、おおむねうまくいくだろう。
真新しい建物のフロアの一角。
通路の区切りに立て看板を置く。書かれた屋号は以前と同じ【月灯 】だ。
僕は知らなかったけれど、父さんの話しでは、爺さまとばあちゃんの名前から、一文字ずつ取ったそうだ。
僕はあの喫茶店の大きなランプをそのまま小さくしたようなランタンを、カフェスペースのカウンターの一番端に置いた。
中にはあのランプの欠片が入っている。
~4th 完~
映像でも見ていたし、電車が駅に入るときにも見えていたけれど、本当にひどい状態だ。
駅に入ってくるカーブでスピードが落ちないままで、白樺の木をすべて倒し、駅から近い和馬や僕の家のほうまで車両が倒れ込んだそうだ。
和馬たちも昨日のうちに戻ってきて、今は急遽、仮住まいに用意されたホテルに入っているという。
店の入り口あたりに、ひしゃげたランプの支柱が転がっている。持ってきたバケツにランプのガラスと電球の大きな欠片だけを拾い集めた。
店がなくなってしまった今、しばらくは結菜の病院近くで部屋を借りてしまおうかと思ったけれど、結菜にそれを止められた。
和馬や准と協力して早くこの先の生活を立て直して欲しいという。
商店街は老夫婦のやっていたお店がほとんどで、これを機に離れて暮らしている家族のところへ引っ越す人たちが多かった。
この場所に残るのは、もう一度、商店街を起こすには少なすぎる戸数だ。
倒壊の危険があるからと、まだ中のものを持ち出すこともできない。爺さまのお気に入りだったレコードやラジオ、サイフォンはどうなっただろう。
バケツを車に積み、僕はそのまま慧一の家へ向かった。
和馬や准と、今後のことを話し合うために。
高校進学をする前に、いつか一緒にやろうと四人で決めていたことがある。それを実現するときがきた。それだけのことだ。
最初に思い描いていたのとは、少しだけ違ってしまったけれど……。
「そういやあ、冬子、良く直前になって旅行に参加したな」
四人そろって書類や図面の山を広げながら、慧一が言った。
「そうなんだよな。昔、喧嘩したときにさ、結菜に『二人は絶対別れるな』って言われたのを急に思い出したらしくて、離れちゃいけない気がしたんだってよ」
「へぇ~、そんじゃあ結菜のおかげだな」
「だな。悠斗、結菜はどうだったんだよ?」
「うん、しばらくはいろいろと大変だと思う。思うようには動けないみたいだし……」
それでも、ご両親や病院のケアがしっかりしていて、思ったより早く良くなりそうだった。
会いに行った日、結菜は事故のことを知っていた。だから朝一番の電車で来てと言ったという。
僕が旅行に行かずに残ることを知って、あの子にどうにかならないかと頼まれたそうだ。
それに――。
『悠斗とお父さん、お爺さんのことが心配で戻ってきたら、ランプから離れられなくなったって……お爺さんが亡くなって、一緒に行きたかったのに、って困ってた。あの事故でランプが壊れたら出ていけるけど、悠斗はどうなるのって、すごく心配してたよ』
『爺さまと一緒に……って……』
『悠斗のおばあさんなんだって』
――ばあちゃんだったのか。
ずっと一緒にいてくれて、僕を助けてくれたのは。
亡くなったのは幼稚園に上がる前のことだったから、ほとんどのことを覚えていないけれど、良く一緒に川沿いを散歩したことは覚えている。
ランプが壊れて離れられたのなら、今ごろは爺さまと一緒にいるんだろうか。あれから姿を見ないから、きっと一緒なんだろうと思う。
事故の前々日、爺さまが現れたのは、迎えに来たからなのかもしれない。
できるなら、もう一度会って報告したかった。
(僕は来年、結菜と結婚するよ――)
「なあ悠斗、俺たちも結菜に会いに行けるのか? 冬子も会いたいって言ってるんだよ」
「大勢じゃ無理かもしれないけど、次に行ったときに聞いてみるよ」
「俺も奥さん紹介したいから、行っていいか聞いといて。あと、細かいこと、早く決めちまおうぜ。手続きが多すぎて目が回りそうだわ」
「わかった。聞いておく。手続きもだけどさ、お互いが持ってる資格ももう一回ちゃんと確認しておかないと」
「確かに。足りないもんがあったら、誰が取るのか揉めるぞ」
「今さら勉強したくねーもんな」
僕たちは共同で会社を立ち上げた。世の中、甘くないことは十分過ぎるほど承知している。
それでも……まあ、この三人と一緒なら、おおむねうまくいくだろう。
真新しい建物のフロアの一角。
通路の区切りに立て看板を置く。書かれた屋号は以前と同じ【
僕は知らなかったけれど、父さんの話しでは、爺さまとばあちゃんの名前から、一文字ずつ取ったそうだ。
僕はあの喫茶店の大きなランプをそのまま小さくしたようなランタンを、カフェスペースのカウンターの一番端に置いた。
中にはあのランプの欠片が入っている。
~4th 完~