第12話 アウトレット

文字数 2,195文字

 それからの日々は、僕の生活を一変させた。爺さまとの喫茶店の仕事は変わらなかったけれど、これまではサークルで会う以外は見かける程度だった広瀬さんと学食へ行ったり、休みの日にはまだ行っていない喫茶店へ一緒に出かけたり、和馬たち三人の彼女も含めて出かけたりもした。
 広瀬さんは毎週のように僕の家まで足を運んでくれる。爺さまも広瀬さんを気に入ってくれたようでホッとした。
 送って行くのも毎回のことで、何度かはご両親とも顔を合わせ、あいさつをさせていただくたびに親しく対応してもらえるようにもなった。
 一緒にいる時間が増えたことで、広瀬さんの人となりを知ることができたし、そのしぐさや話し方、笑った顔も怒った顔も、全部が愛おしく感じた。
 ただ、広瀬さんの気持ちがどこへ向いているんだろうと思うと、不安に襲われることもしばしばだ。
 毎週、日曜の朝にランプを磨きながら、一体、どのタイミングで気持ちを伝えたらいいのかを悩み、ぐるぐると揺れる自分の感情を持て余しながらも、はっきりした答えを出せないまま、気がつけば目前にクリスマスが迫っていた。

「えっ? おまえまだ広瀬さんに気持ち伝えてないのか?」
「なにやってんだよ悠斗。あれから半年もたってるのに」

 久しぶりに店に遊びに来た慧一と准が呆れた顔でそう言った。
 今日は爺さまが買い付けに出ていて、僕は店番をしていた。二人は彼女へのプレゼントを買いに出かけた帰りだという。

「そう言われても……なにをどう言ったらいいのかわからないんだよ」
「毎週、送って行くときに二人きりになるんだろ? そんときになんで言わないんだよ」
「普通に『好きです。つき合ってください』でいいじゃん」
「そうなんだろうけど……」
「……悠斗はさ……おやじさんのことを気にしてるんだろ? それもわからなくはないけどさ、もう切り離して考えていいころだと思うよ。おやじさんのことと、悠斗のことはまったく別の話しなんだから」

 慧一はそう言った。図星を指されて僕は黙った。
 確かに切り離して考えるべきなんだとは思う。けれどやっぱり頭の中から離れなくて、どうしても考えてしまう。
 それに――。
 もしも父が、僕が誰かを愛することを良く思わなかったとしたら……。僕が父から母を奪ってしまったように、父が僕の大切な人を奪おうとしてきたら……。
 考えすぎなのかもしれないけれど、僕はそれが怖くてたまらない。
 人を好きになる気持ちがわからないこともあったけれど、これまで避けてきた一番の理由はそれだ。

「悠斗! 爺さま帰ってきたか?」

 考えに耽っていると、和馬があわただしく飛び込んできた。カウベルがカラコロと忙しなく鳴り響く。

「いや……まだだけど、そろそろ帰ってくるんじゃないかな」
「どうした? 和馬。そんな慌てちゃって」
「プレゼント買いに行く時間がない! さっきやっと親父とお袋が帰ってきたから。悠斗、どうせおまえもまだだろ? 爺さまが帰ってきたらアウトレット行くぞ!」
「アウトレットって……そんなところまで行くの?」
「そこでしか買えないものがあるから! とにかく、爺さまが戻ったらすぐに俺んちに来てくれ」

 言いたいことだけを言って飛び出していこうとしたちょうどそのとき、爺さまが帰ってきた。
 和馬は「爺さま! ちょっと悠斗、借りるから!」と、爺さまの返事も待たずに帰っていった。

「なんだ、出かけるのか?」
「アウトレットまで行くんだってさ」
「そうか。今日は店番をさせてしまったし、夜は早めに閉めるから、行ってきなさい」
「うん、ありがとう」

 着替えて和馬の家に向かうと、もう店の前に車が止まっていて、慧一と准まで乗っていた。
 せっかく山の向こうまで行くなら、部長おすすめの店で夕飯でも食べてこようということらしい。
 アウトレットにつくと、お店はもう決めていたらしく、和馬は真っすぐそこへ向かった。
 ただ、買うものを何点か迷っているようで、慧一と准も加わって、ああでもないこうでもないと悩んでいる。

(彼女持ちは大変だ……)

 ジュエリーを前に三人が真剣な顔で悩んでるのを眺めて、しみじみと思う。アクセサリーのことは良くわからないから、店の入口付近でぼんやり待っていた。
 吹き抜けを挟んだ向かい側に、革製品を扱っている店があるのに気づいた。そういえば買い出しのときに使っているサコッシュがもうくたびれていたっけ。後ろを振り返ると、三人はまだ当分かかりそうだ。
 僕は通路をぐるりと回って、そのお店へ入った。入口の脇にちょうどいい大きさのものを見つけ、手に取ってみた。ポケットの数も多く使い勝手が良さそうで、迷うことなくそれに決めた。
 レジへ向かったとき、レジ脇のショーケースにバングルが並んでいるのが目に入った。
 革のバンドにシルバープレートが付いていて、色違いの小さな石が二個はめ込まれている。

「いいでしょ。それ。石は本物だよ」

 店員さんが声をかけてきた。ペアでつけるカップル用で、石はそれぞれの誕生石を取り付けられるという。小さい石だから値段は張らないそうだ。今なら待たずにプレートに名前も入れられるとやけに推してくるので、なにか縁があるのかもしれないと思い、プレゼント用と自分用に包んでもらってカバンと一緒に購入した。
 店を出て向かいをみると、ちょうど和馬がプレゼントの包みを受け取っている姿が見えて、走って戻った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み