第10話 最後の晩餐(上)

文字数 1,939文字

古都華はいたずらっぽく目を輝かせて、タブレットの上で素早く指を動かし、動画を開いて見せた。

最近のユダヤの家庭の過越祭と言えば、こんなのもあるわよ!

ユダヤ系アメリカ人の男声アカペラグループSix13の「P-A-S-S-O-V-E-R」(過・越・祭)という歌なの。

Six13は、2003年に結成されたニューヨークを拠点とするユダヤ系アメリカ人の男声アカペラグループ。

この6人組のグループは、ポップスのヒット曲にユダヤ教をテーマとする歌詞をつけてパロディ化することで知られている。また、イディッシュ語、ヘブライ語の名曲をカバーしたり、ユダヤ教の伝統的な祈りに基づいたオリジナル曲を作ったりしている。

わあ、めっちゃ楽しそう!!

過越祭って、こんな風にお年寄りから小さい子まで、家族全員が集まってお祝いするものなんですね!

歌の中で過越祭のお祝いの仕方が紹介されていますね!
出エジプト記を題材にした映画『十戒』(1956年)の名シーンが動画の中で使われているわね!
過越祭がすごく大事なお祭りだってよくわかりましたけど、クリスチャンの人たちはどうお祝いしてるんでしょうか?

ミルトス高校では何が特別な行事があったりします……?

古都華と安祈世は、少し困ったように顔を見合わせた。
ミドリちゃん、キリスト教では過越祭はしないんだよ。
え、お祝いしないの!?

さっき古都華先輩が「最後の晩餐の時にイエスが手で裂いて弟子たちに与えたパンが過越祭のパン」だから、クリスチャンの人たちは「パンとぶどう酒」を大事にするって言ってたけど……

「最後の晩餐」の話、ちゃんと覚えていてくれたのね。

そうなの、イエスが逮捕される直前に、弟子たちと最後にともにした食事が、過越祭の食事だったのよ。

古都華は再びタブレットを手に取り、1枚の絵を見せた。
レオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」(1495年–1498年)
除酵祭の第一日に、弟子たちがイエスのところに来て、「どこに、過越の食事をなさる用意をいたしましょうか」と言った。 イエスは言われた。「都のあの人のところに行ってこう言いなさい。『先生が、「わたしの時が近づいた。お宅で弟子たちと一緒に過越の食事をする」と言っています。』」 弟子たちは、イエスに命じられたとおりにして、過越の食事を準備した。 夕方になると、イエスは十二人と一緒に食事の席に着かれた。

(マタイによる福音書26章17節-19節)

イエスも弟子たちと一緒にお祝いしてるのに、どうしてキリスト教では過越祭をお祝いしないんですか?
過越祭の間にイエスさまが十字架にかけられて、苦しんで死なれたからだよ……

祭司長や律法学者たちは、イエスを捕らえて殺す計略をしていたの。

そして、イエスが弟子たちと共に過越の食事をした夜、弟子の一人であるユダが裏切って、ついにイエスは逮捕されてしまった。
捕らえられたイエスさまは、殴られ、ののしられ、唾を吐きかけられ、最後には十字架にかけられて殺されたの。
クリスチャンの人たちにとって、過越祭はイエスが処刑された悲しみの日だったの!?
キリスト教では、イエスさまが十字架刑で受けた苦しみを「受難」(じゅなん)と呼んでいるの。

毎年、十字架の出来事を思い起こす受難節になると歌われる讃美歌があるよ。

安祈世は自分のタブレットを取り出し、動画を開いて見せた。
「血潮したたる」(J.S.バッハ『マタイ受難曲』より)

演奏:Vocalconsort München & Ensemble, Johanna Soller(指揮)ほか

録音:聖ペテロ市教区教会、ミュンヘン、2019年4月3日

「血潮したたる」、"O Haupt voll Blut und Wunden"(おお、血と傷だらけの御頭よ)は、ドイツの讃美歌である。

『マタイによる福音書』の第26章と第27章に記されたイエスの受難を題材として、J.S.バッハが1727年に作曲した『マタイ受難曲』(BWV244)の中では、この讃美歌が主題として繰り返し用いられている。

なにこれ、むっちゃ切ない曲!!

ついさっき聴いた、Six13の「過越祭」とは、テンションが違いすぎるんだけど……

日本語では「血しおしたたる 主のみかしら~」っていう歌詞がついていてね、イエスさまの痛みと苦しみを切々と歌っていて、本当に悲しい気持ちになるよ。
キリスト教では過越祭が全く別の意味に変わってしまったんだね……

たしかにお祝いどころじゃない。

イエスさまは、殺されてから三日目に復活されたの。

ご復活をお祝いする復活祭が、クリスチャンがいちばん大事にしてるお祭りだよ。

多くの日本人には、ユダヤ教とキリスト教が似たような宗教に見えてると思うけど、こうして決定的に違うところもあるのよね。
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登場人物紹介

星山 翠(ほしやま みどり)


高校1年生。ミルトス高校に編入。

森野 安祈世(もりの あきよ)


ミルトス高校1年生。家庭科部。学生寮に住んでいる。

母は牧師。

翠とは幼なじみ。

高墨 古都華(たかすみ ことか)


ミルトス高校2年生。家庭科部の部長。

帰国生。

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