第8話 食前の祈り

文字数 1,624文字

生地の表面がなめらかになったら、こねあがりよ。
オッケーです!
古都華は、大麦粉の余りを調理台に薄く振りかけた。


翠はボウルから生地を取り出し、打ち粉を振った台の上に置いて、短い円筒形に丸めていく。

麺棒にも打ち粉をまぶすと、生地がくっつきにくくなるわ。

あ、意外とべたべたしてないです。


(楽しい)

(粘土あそびしてるみたい……)

ちょっと水分が足りないような……

大麦粉って、小麦粉より粘り気がないのかな?


追いオリーブオイル必要ですか?

時間がないからこのままいくわよ!

翠はうなずいて、円柱状の生地を手でちぎって三つに分けた。

2個は調理台の上に置き、残りの1個は手で丸めて小さくする。


麺棒に打ち粉をまぶし、小さく丸めた生地を麺棒で平らに伸ばしていく。

アキちゃん、あとはおねがい!

まかせてー!
安祈世は、あらかじめオリーブオイルを塗り、中火で予熱しておいたフライパンに、平たいパン生地を入れた。


片面を2分ほど焼き、フライパンを揺すると、生地がくっつかずにすっと動く。

焼き色がつき始めたことを確認して、さっと裏返した。

これ、形はパンケーキみたいだけど、固さがぜんぜん違う!

なんか、おせんべいみたいだね!
安祈世が1枚目の生地を焼いている間、翠は残りの生地も同じように丸めて、麺棒で伸ばしていた。

アキヨさん、焼き加減いい感じ!

1枚目、焼き上がりましたー!
安祈世は、焼き上がったパンを皿に取り、休ませる。

間を置かず、2枚目にとりかかった。

アキちゃん、がんばって!

あと1枚!!

3枚目を焼いている途中で、18分にセットしたタイマーが鳴った。
あー、制限時間内達成ならずー。
めっちゃ時間に追われて焦りながらパンを作る気持ちが味わえたから、目的達成だよ!
安祈世は3枚目のパンを焼き上げて、皿に置いた。

二人とも、ありがとう!

完成ね!!

三人は調理台を片付け、試食用テーブルに皿を運んだ。


18分をわずかにオーバーして、過越の祭りのための酵母を入れない大麦パンが出来上がった。
それじゃあ、感謝していただきましょう!

安祈世は軽く目を閉じ、両手を組んで、小さな声で祈り始める。


翠は目の前の皿に伸ばした手を、思わず引っ込めた。

翠の耳元で、古都華がささやく。

「食前の祈り」よ。

心を合わせてくれるだけでいいわ。

愛する天のお父さま、感謝いたします。


ずっと会いたかったミドリちゃんに、きょう再会できました。

一緒にパンを作ることができました。

(アキちゃん、会いたいって思っていてくれたんだ……)

これからいただくこの食事を祝福してください。

今さまざまな事情で十分に食べられない人々に、必要な糧(かて)をお与えください。


このお祈りを主イエス・キリストの御名(みな)を通して、御前(みまえ)におささげいたします。

アーメン。

Amen.
いつもお祈りをしてから食べ始めるの?

うん、覚えてるかなー?


小さい頃、うちに遊びにきて一緒にごはん食べたときは、ミドリちゃんもお祈りしてたんだよ。
え、そうだったの!?


言われてみれば、食べる前になにか歌ってたような……

そうそう、「めぐみのか~みさ~ま~ いまいただ~く~たべものを~」って歌!
わたしは中学の途中から編入でね、ミルトス小中学校だと給食の食前と食後に感謝の祈りをおささげするのよ。
へー、学校生活のなかにお祈りの時間があるんですね。
高校になると、寮生はほとんど学食で食べるし、教室でお弁当食べる子もいるから、クラス全員での「食前のお祈り」はしないけどね。
食事をいただけることや、学校に毎日行けること、家族や友だちと過ごせることって、何気ないことだけどね、感謝の気持ちを持つのは大切だと思うわ。
そうですね!


古都華先輩、アキちゃん、今日はどうもありがとうございます。

いただきます!

三人の少女たちは一枚ずつ平たいパンを取り、手で小さくちぎって、口に入れた。
ん!? んんー?

(味が無い!!)

パンの作成及び写真撮影:著者


※『こどもさんびか』(日本基督教団出版局)より「めぐみのかみさま」

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登場人物紹介

星山 翠(ほしやま みどり)


高校1年生。ミルトス高校に編入。

森野 安祈世(もりの あきよ)


ミルトス高校1年生。家庭科部。学生寮に住んでいる。

母は牧師。

翠とは幼なじみ。

高墨 古都華(たかすみ ことか)


ミルトス高校2年生。家庭科部の部長。

帰国生。

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