第17話

文字数 2,071文字




 ところがだよ――イサムが、ひどく冴えない顔と口調で、縷々、説明をつづける。
 
 ゆうべ、ライトに、ラジオからなにが聴こえているのかたしかめてこい、って命令したじゃん。
 そしたら、ユウジのヤツ「たすけてください、って言ってる」って、報告するじゃない……。
 そんなはずはない、ってオレはライトを乱暴に突き飛ばして、真っ赤なラジオに駆け寄っただろ。
 あのときのオレは、ライトのせいで、すごく気が動転してたんだと思う。
 ほら、だって、うっかり「テープ、テープ」って、口走ってただろう。それじゃ、ネタばらししてるようなもんだよな、へへ……。
 それでも、無我夢中で白い机にたどりついたよ。そこで、恐る恐る、ラジオに耳をかたむけたんだ。
 そしたら、ライトが口にしてたように「たすけてください……」ってことばが実際、聞こえてきたじゃないか。
 マジで、おどろいたよ。ってか、肌が粟だったよ。だから、思わず叫んでしまった。
 けれど、なんとか気を取り直して、テープを取り出したんだ。だれかがテープをすり替えたんじゃないか、そう思ってな。
 けれど、間違いなく自分が仕込んだテープだった……。
 そんなバカな、と首をひねりながら、もう一度セットし直したんだ。 
 ところが、そこで、不可解な現象が起きたんだ。
 オレがスイッチを入れる一歩手前で、勝手にスイッチが入っちゃったんだよ……。
 え⁈ なに、これ? 
 背筋がゾッとした、その瞬間――。
 またしても、「たすけてください……」って、あの声が聞こえてきたんだ。勝手に……。いま思い出しても、おぞけ震うちゃうよ、マジで。
 なにがなんだかわからなくなったよ、あのおどろおどろしい声を聞いて、オレはね――。
 そりゃ、そうだろうよ。あんな気味がわるい雰囲気の中で、オレが仕込んだのとはちがう声が聞こえてきたんだからな……。
 恐怖のあまり、オレは一瞬、われを失ってたと思うんだ。
 だって、どうやって自分家()に帰ったかわからないけれど、ふと気がついたら、自分の部屋で布団を被って寝てたんだもの――。
 
 「それにしても、どうして、そんな不可解な……というより、奇妙なことが起きたんでしょうねぇ。不遜なことをしでかしたから、何かの不興でもかったんでしょうかねぇ……」 
 ユウジのことばを耳にしたぼくたちは、すっかり泳ぐ気力をなくしていた。 
 真夏の厳しい日差しを浴びているにもかかわらず、ぼくたち皆一様に、身体が小刻みに震えていた。おまけに、唇を青くさせて……。
「もう帰ろうか」
 だれからともなくそういうことばが聞こえてきて、ぼくたちは素直にうなずいて、家路につくことにした。その道すがら、みんな口をつぐんで、押し黙ったままだった。 
 季節は八月の初旬。陽はまだ、高かった。だから、寂れた夕暮れどきには間があった。それもあって、ぼくの心には若干余裕があることは、あった。 
 炎暑のうだるような空の下、やがてぼくたちは、例の児童公園にさしかかる。 
 相変わらず、百日紅の花びらが、赤く燃えるように咲いていた。それと、おびただしい数のミンミンゼミの、その蝉時雨。ぼくたちが静かなぶん、ことさら耳にさわって(やかま)しかった。

 ガサッ、ガサッ!! 
 だしぬけに、不気味な音がした。 
 肩がピクンと跳ねて、思わず心臓がドキッとする。 
 これは、花壇の方からだ――こわごわながら、三人同時に、そこに目をやった。
 はは……ぼくは内心苦笑を洩らす。 
 なんのことはない、昨日の、あの黒猫クン。見るからに気味がわるそうな……。 
「実をいうとさ」
 無意識のうちに、ぼくは、口を切っていた。
「ぼく、昨日も、こいつにおどろかされたんだよね……」 
 こんなことはなかった、いままでは。ぼくが、イサムに対して間抜けな話を吐露することなどは――。
  それというのも、ぼくはさっき、イサムの話を聞いて、もうどうでもいいや、って心持ちになっていたのだ。
 イサムに意地を張り通すことなんて……。
 それは、どうやら、イサムも同じのようだった。いつもなら、ここで皮肉の一つでも言いそうなもんだが、けれど、きょうのイサムは、そりゃ、びっくりするよな、とむしろ同調すらしていたのだから。
 わずかな間のあとで、肩でひとつ息をついたぼくたちは、また歩き出す。 
 そのうち、だんだん、気が滅入り出した。それも、ふだんより、よけいに――。 
 それもそのはず。なんといっても、ゆうべのきょうなのだから。
 なるべく見ないで通りすぎよう、とぼくは自分にそう囁いて、あの駄菓子屋の前を通りすぎようとした、ちょうどその瞬間――。 
 ヒ、ヒエッ!! 
 ユウジが突然、うめき声をあげて、二、三歩後ずさった。 
 え⁈ どうした、ユウジ?
 驚いたぼくは、けげんそうな眼差しをユウジに向ける。
 彼の、か細いゆび先――それが、小刻みに震えていた。その指先を、ユウジは左斜め前に指さしている。  
 え⁈  そこになにかあるとでもいうの?
 おっかなびっくりの眼差しを、ぼくはそこに、おもむろに、向けた……。
 
 
つづく 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み