第3話

文字数 1,234文字



 この駄菓子屋のすぐ隣には、わりと大きな児童公園がある。
 その周りを囲むように、桜やハナミズキや百日紅(さるすべり)などの樹木が植えられている。
 さるすべり――おサルさんがほんとうに足を滑らせてしまうのかどうかは知らないけれど、この季節になると、炎天下に、赤い百日紅が燃えるように咲いている。
 ミーン、ミンミンミンミン、ミィ
 その()下陰(したかげ)を通りかかると、おびただしい数のミンミンゼミ。
 ここにいるよ、はやく見つけて――とでも言っているのか、恋人でも誘そうように、懸命に鳴いている……。いや、それより、短い夏を惜しんで、儚く、切なく鳴いているのだろうか。
 柄にもなく、センチメンタルになっていたら、頭上から降り注ぐセミの鳴き声が、なんとなく不気味な旋律に聞こえてきた。
 するとまさにそのときだった――。
 ふいに、バサ、という不気味な音が、どこかから大きく聞こえてきたのは……。
 肩がピクンと跳ねあがり、思わず心臓がドキッ。
 たぶんぼくは、百日紅の赤い花びらの下で、すっかりうろたえて、顔面蒼白になっていたのだろう。
 
 ひょっとしたら、さっき――頬をこわばせながら、つい、ぼくは思ってしまう。
 駄菓子屋の前を通ったとき、けっして口に出してはいけないまがまがしい何者かを、一緒に連れてきてしまったのではなかろうか、と。
 そんな思いに駆られながらも、怖いもの見たさか、ぼくは音がしたほうに、恐る恐る、目をやる。
 なんだ――ほっと胸を撫でおろす。
 見ると、一匹の猫。それも、見るからに気味がわるそうな、黒猫。
 おまけに、その背後には、炎天下の中、真っ赤なサルビアが狂おし気に咲き乱れている。
 この猫くんはおそらく、サルビアが咲き乱れている花壇の茂みの中から、のっそりと現れたのだろう。
 
 あのね、キミ。びっくりさせないの……。
 それでなくてもさ、とぼくは眉をひそめながら、額に滲む汗をぬぐう。それとはちがう汗が、背筋をひんやりとさせてもいる。
 だからさ――もう一人の自分が、ぼくをたしなめる。
 いたずらに気にしちゃダメだ、って言ってるだろ、と。
 はは……そうだった、そうだった、幽霊の正体見たり枯れ尾花だった。苦笑交じりにつぶやいて、ぼくは、おもむろに歩きだす。
 するとそのとき――。
 突然、背後から「おい」と声がして、またしても、肩がピクンと跳ねあがり、思わず心臓がドキッ……。
 だしぬけに、後ろから声をかけられたし、何より、ぼくはいま、ビビり気味。だとしたら、ぼくが驚くのも無理はない。
 まだ、心臓が鷲づかみにされたような感じのままだった。  
 そこにもってきて、「カツユキ」と、ぼくの名を呼ぶ太々しい声。
 もう、つづけざまに――ぼくは内心驚かすなよとつぶやきを洩らして、露骨に顔をしかめる。
 にしても、嫌なやつに声をかけられてしまったなあ、とも思って。
 この声は、あえて振り向かなくても、だれのものかはすぐにわかる。
 そう、これは、イサム。隣のクラスの、竹内イサムのものだ。

 
つづく
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