第18話 最終章

文字数 1,592文字



 ヒ、ヒエッ!!
 ユウジの震える指先――。一目そこを見たぼくは、小さな悲鳴をあげていた。
 なぜかというと、そこには白いワンピースを着て、首に赤いマフラーを巻いた少女の、そのか細い後ろ姿があったからだ。 
「こんな酷暑のさなかにマフラーなんかしちゃって、暑くないのかなぁ」 
 声をひそめて、イサムが皮肉口調でつぶやく。 
「ち、ちがうよ」 
 肩がぴくんと跳ねて、思わず心臓がドキッとする
 だしぬけに、ユウジが傍らでつぶやいたからだ。
「よく見てよ。あの赤いヤツ」
 え⁈
 そうユウジに言われ、ぼくは改めて、それに目を凝らす。
「あ、ロ、ロープか⁈」
「そうだよ、ロープだよ」
  え! うそ。ロープ⁈ それも、赤い?
 ははは……そう言えば、そんな噂を耳にしたような、しないような――。 
 ヒ、ヒエッ!!!
 ぼくたちはうめいて、思わず数歩後ずさっていた。
 
「と、ということはだよ……ま、真っ昼間から、で、出たってことか……」
 イサムが、いまにも泣きそうな顔で、声を震わせながら言う。
 八月の明るい光を浴びたアスファルトが、白く、たゆたっている。
 赤いロープを首に巻いた少女が、その中を、駄菓子屋に向かって、ゆらゆらと歩いていく。 
 ジジジジジ!!!
 ヒ、ヒエッ!! 
 ぼくはうめいて、思わず頭を抱え込む。
「カ、カツユキ……大丈夫だ、アブラゼミだ」
 イサムが、いつになく優しい口調で教えてくれる。
 ほっと胸を撫で下ろし、ぼくは声にならないつぶやきを洩らす。
 なんだよ、驚かすなよなぁ……それでなくても、ぼくはビビりなんだから。
 
 するとそのとき――。
 少女がふいに、ぼくたちの方に振り返った! 
 刹那、背筋にゾッと悪寒が走り、膝がガクガク震えて、すんでのところで腰が抜けそうになった。
 すっかりうろたえてしまったぼくたちは、しばらくの間、アスファルトの上で口も利けずに呆然としていた。 
 少女の顔は、白い空気と同化して、おぼろげで、よくわからない。ただ――。
 彼女のその、小さな胸。そこには、なんと、真っ赤なラジオが――。
 とりわけ白くて、細い腕。その両腕で、大事そうに、真っ赤なラジオを抱えている。
「あ、あれ、ゆうべ、理科室にあったヤツだよね……」
 押し殺したような声で、ユウジがつぶやく。  
 も、もうダメ――。
 め、眩暈が――。
 そんなときに、こんなワードがふと、ぼくの脳裏をかすめる。
 真っ白なワンピースと真っ赤なラジオ。
 白い天板と真っ赤な箱……。 
 やっぱ、あの人の作品は好きになれないなぁ……。
 
 そんな場違いなことを考えていたら、少女が突然、踵を返した。
 すると、駄菓子屋に向かって、ふたたび、ゆらゆらと歩き出した。 
 アスファルトに反射する白い光。それがとても、眩しかった。 
 なぜだか、ぼくたちがいる空間だけが音が消えた……ような気がした。と思う間もなく、眼前の景色が、卒然として、真っ白になった。 
 真っ赤なロープを首に巻いた少女は、やがて、その真っ白な景色の中に紛れ、さながら真夏の逃げ水のように、スッと消え去った……。 
 
 
『な…ながい……時間…こ…この…ラジオ番組を…き…きいてくれた…リ…リスナーの…みんな…あ…ありがとう…………ジジジ…ジジジ…………も…もう…おわかれの…時間に…なって…し…まったようだ……ま…また…いずれ…あうき…きかいがあるだろう…そ…そのときまで…バ…バイバイ…………ジジジ…ジジジ…………な…なお…こ…この放送が…おわったあと…け…けっして…う…うしろを…ふりか…かえっちゃぁ…ダ…ダ…ダメだよぅ…………ジジジ…ジジジ…………わ…わ…わかったアアァァ!!! 
あ…あか…………ジジジ…ジジジ…………あか…………ジジジ…ジジジ…………あかい…………ジジジ…ジジジ…………ロープをく………ジジジ…………く……ジジジジ……くびに…………』 
 
 
〈了〉
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み