第14話

文字数 2,139文字




 漆黒の闇の中にひっそりと沈んでいる小学校の理科室――その真ん中にある白い机に置かれた真っ赤なラジオから聞こえてくる、奇妙な声。
 正体をたしかめろ、とイサムから命令されたライトが独り、懐中電灯の灯りだけを頼りに、そこに向かって、おずおずながらも、歩み寄っていく。
 暗闇の中に潜む、おどろおどろしい「何か」。身の毛がよだつ、未知の恐怖。
 もっとも、ライトにとっては、ぼくにとっての姉ちゃんの存在と同じように、むしろイサムの存在の方がずっと、怖いらしい。そんなことを思って、ぼくは内心苦笑を洩らす。
 やがて、ライトが白い机にたどり着く。
 その上に置いてある真っ赤なラジオに、ライトが、恐る恐る耳を寄せる。
 それにしても、とぼくは思う。
 いくらイサムに命令されたとはいえ、大した度胸だな、と。 
 ビビりなぼくには到底真似できないことだな、とも。
 暗闇の中、ぼくらは固唾を飲んで、ライトの一挙手一投足を眺めている。
 やがて、ライトが、ぼくらの元に向かって歩き出した。
 ラジオから聞こえてくる奇妙な声の正体。どうやら、それが確認できたみたい。
 ただ、ライトの足取りが、ヨロヨロとして覚束ない。
 いったい、ライトは、何を聞いたというのだろう。興味と恐怖とをきっかり半分づつ感じながら、ぼくらは、ライトの帰りを待つ。
 ほどなく、ライトがぼくらの元に戻ってきた。懐中電灯の灯りが、一斉に、ライトに集中する。
 もともと気色の悪い青白い顔。それが、漆黒の闇の中、いっそう気色悪く浮かび上がる。 
 や、やっぱ、こいつ、気味がわるいや――恐ろしさで、思わずぼくは肌が粟立つ。
 
「で、なんて言ってたんだ、ライト」 
 間髪を入れず、イサムが、ライトに訊く。 どうも、イサムはせっかちでいけない。
「あ、う、うん……そ、それがさ……」 
 よく見ると、ライトの身体が小刻みに震えている。 
  よりによって、ライトは身の毛がよだつような「何か」を耳にした⁇
 そう思ったら、いっそう肌が粟立った。
「おい、ライト。ぐずぐずしないで、それが……のあとを、早く言えってんだよ」 
 イサムが、乱暴な口ぶりで言う。
 ひょっとして、イサムのやつ、さっきのことをまだ根に持ってんの――そう思えるくらい、にべもない言い方だった。
「た、たぶん、なんだけどね……」
「ああ、たぶんなんだよ」
 いよいよ、真相が解き明かされる。
 はたして、奇妙な声の種明かしは――。
 またもや、興味と恐怖とがきっかり半分づつ。
 
「お、女の子の声……だと思うんだ」 
「ほう、女の子の声な。ふむふむ、それで」 
「う、うん」 
 ライトが、ゴクリとツバを飲み込む。それが、くっきりとぼくの耳に触れる。
 やっぱ、よほどのことらしい。 
 思わず、ぼくは息を呑む。
「そ、その子がね、弱々しい声で言ってるんだ……」 
 そこで、ライトが言い淀む。
「だから、なんて」 
「……た、たすけてくださいって……」 
 不謹慎ながら、ぼくの頬がふと、ゆるむ。
 たすけてください――まるで、ライトがイサムに訴えているように、ぼくには聞こえたからだ。 
「う、嘘だ! 噓をつくんじゃない!!」 
 ふいに、ぼくのゆるんでいた頬が、こわばる。いきなり、イサムが声を荒らげたからだ。 
「ほ、ほんとだもん……」 
 いまにも泣き出しそうな顔をしながらも、ライトはイサムに抗う。 
 何が「ほんとう」で、何が「嘘」なのか――それが、さっぱりわからずに、ぼくはキョトンし、二人のやりとりを見守るしかなかった。
 
「噓だ、嘘だ、噓だアァァァ!!! いいから、おまえ、そこをどけ!」 
 だしぬけに、イサムがわめきちらす。追いかけて、ライトを乱暴に突き飛すと、イサムは、いっさんに駆けだした。
「このテープには、このテープにはなあ――」
 意味不明なことをぶつくさつぶやきながら、イサムは真っ赤なラジオに向かって、猛然と駆けだしたのだった。
  やがて、教室の真ん中にある白い机にたどり着くと、イサムは黙って、真っ赤なラジオに耳をかたむけた。
 一瞬、居心地の悪い沈黙。
 ヒ、ヒエッ!!!
 沈黙を破って、イサムがふいに、うめいた。 
 え⁈ な、なに? 
 イサムのこの意外な反応に、ぼくは面食らって、目だけが躍起になっていて、口は黙って何も言えなかった。 
 わずかな間のあとで、気を取り直したぼくは震える声で、イサムに尋ねた。 
「お、おい、イサム。い、いったい、なにを聞いたっていうんだよぅ⁈」 
 イサムはけれど、口をつぐんだままだ。 
 ふたたび、居心地の悪い沈黙。
 居ても立っても居られずに、ぼくは、イサムの方に歩み寄ろうとした。
 が、その瞬間――。
 わっ、わアァァァ!!! 
 沈黙を破って、イサムが突然、悲鳴に似た叫び声を上げた。まるで、何かを思い出したかのように――。
 いったい、何が起きているっていうの――それが、さっぱりわからなくて、ぼくはただ、途方に暮れるばかり。
 そんなふうに、ぼくが途方に暮れていると、またしてもイサムが突然、わっ、わアァァァ!!! という悲鳴に似た叫び声をあげた。
 するとイサムは悲鳴をあげながら、まがまがしい漆黒の闇の外へと、つまりは理科室の外へと、あっという間に、消え去った。 
 
 
つづく
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