第16話
文字数 2,331文字
「オ、オレだよ……」
え⁈ な、なに?
わっ、わっアアアァァ、でっ、出ったアアァァ!!!!
ド、ボン!!
プールサイドに座っていたぼくたちは驚いて、思わずプールに落っこちてしまった。
それも無理はない。だしぬけに、背後から、声がしたのだから――。
ほどなく、ぼくらは水面から、恐る恐る、顔を出す。
プールサイドに、真夏の日差しを浴びたイサムが、その光とは裏腹に、ひどく冴えない顔をして立っていた。
「なんだ、イサムかあ。おどろかすなよなぁ……」
それでなくても、ぼくはビビりなんだから、ということばは飲み込んで、ぼくはユウジと一緒に、プールから出る。
「ご、ごめん……」
イサムがうつむき加減で、ぽつり、とつぶやく。
にしても、元気がない――あ、もしかしたら、ゆうべ、ぼくに勝負に負けたから、それで、落ち込んじゃってるのかも。
ふふ、だったら、からかっちゃおうかなあ、と思ったその次の瞬間、ユウジが先に口を切っていた。
「ねえ、イサムくん。ところで、いま、なんて言ったの?」
「え、ああ……だから、オレだよって、言ったの」
ぼくは黙って、二人のやりとりに耳をかたむける。
「それは、あれ。以前にも、深夜に学校に忍び込んだことがあって、そのときに聴いたってこと?」
「う、うん……って、いうかさあ、実はさあ……」
めずらしく、イサムが言い淀んでいる。なんだかわけありらしい。
「実は、なに? イサムくん」
ユウジが先を、促す。ぼくは黙って、イサムの口元をじっと見つめる。
「実はあれ、オレが、あそこに置いたんだよ」
「ええ!!! 」
二人は驚いて、大きい声を上げると同時に、けげんそうな顔をして、かすかに首をかしげた。
言ってる意味がよくわからなかったので、もう一度言ってくれる、イサムくん、というような感じで――。
「だ、だから、あの理科室のラジオは、祖父ちゃんから借りたものを、オレが、ゆうべおまえたちより一歩先に学校に行って、こっそり理科室に置いといたんだよ」
へぇ、そうだったの、とはうなずかない、ぼくたち二人は、そうすんなりと――。
それはそうだ。だって、さっぱり合点がいかなかったからだ。
なぜ、そのようなイタズラを、イサムがぼくたちにしたのか、それが、さっぱり……。
なぜかな、イサムくん?
そういう眼差しを、だからぼくたちはイサムに投げていた。
炎暑のうだるような空の下、だれかの浮き輪が、ピカチュウの浮き輪が、プールの水面でいかにも平和そうにたゆたっている。
そんななか、イサムはようやく、腹をくくったらしい。イサムが口を開く。
「わかったよ、言えばいいんだろ。それというのもなぁ……」
イサムが、しかめっ面で語ったのは、だいたい、こんな感じだった――。
やっぱり、イサムは、ぼくが女子にチヤホヤされているのが、そうとうくやしかったみたい。
それで、何でもいいから、何かの勝負で決着をつけて、ぼくをギャフンと言わせたかったらしい。
でも一学期の学業成績は、ほぼ互角だった。運動会の徒競走で勝負をつけるとしても、開催は十月。だから、まだ日がある。 一番近くて、もっとも有効な方法は、空手の都大会。その決勝戦での決着だ。
ところが、ぼくが四回戦で早々と負けてしまって、直接の対決は水泡に帰してしまった。
イサムはそこで、ほかに何かいい決着方法はないかと首をひねったという。そこで思いついたのが、この肝試しでの勝負だったらしい。
「学校の理科室に幽霊が出るという噂があるんだ」
そう偽って、ぼくを理科室におびき出す。なにしろ理科室は校舎の離れにあって、肝試しのシチュエーションにはもってこい。
イサムはゆうべ、ぼくより先に校舎に入って、理科室にカセットデッキを置いて、スイッチを入れておいたという。録音テープは、二時間のヤツ。なので、時間は心配いらない。
それと、イサムには、二つ下の妹がいるのだと。その彼女に、できるだけ気味のわるい声で、「う、ら、め、し、やあ……」と言ってもらい、それが、いかにもラジオから流れているような感じで細工を施し録音したらしい。 かなり小さな声で録音してあるので、教室の中央付近に行かないと、その声は聞こえない。
これで、準備万端――。
ゆうべ、ぼくを理科室に連れ出すことに成功したイサムは、ぼくが最後に教室の中央に行くように仕組んだ。
計画通りに――ライトが、バケツにつまづいて転倒するというハプニングはのぞき――やがて、ぼくが教室の中央付近にたどりつく。
たぶんあいつは、そこに着くまで、かなり精神が病んでいるのだろう。そう踏んでいたら、案の定、ぼくは予定通り、いや、それ以上に、精神が参っていた、ように見えた。
それを見て、イサムはひそかにほくそ笑んだそうな。 そんなとき、ぼくがカセットテープに吹き込んだ声を聞きつける。
あのさぁ、なんか聞こえない――ぼくが、訊く。
あ、ラジオだぞ、これ。そこから、なにか聞こえてくるんだ――イサムが、応える。
そこで、なんて言ってるのか、それをライトに聞きに行かせる。
予定通り、ライトが「う、ら、め、し、やあ……って言ってる」と報告したところで、イサムとぼくが白い机に行って、それをたしかめようとする。
二人はやがて、白い机に着く。カセットテープが見えないように、カセットデッキを置いておく。
そのとき、イサムが「あれ、ラジオから勝手に声が流れているぞ」と、ぼくを脅かす。
それを聞いたぼくが驚いて、「ヒ、ヒエッ!!」と声を上げたところで、イサムが勝利を宣言する、と、まあ、そんな算段だったらしい。
つづく
え⁈ な、なに?
わっ、わっアアアァァ、でっ、出ったアアァァ!!!!
ド、ボン!!
プールサイドに座っていたぼくたちは驚いて、思わずプールに落っこちてしまった。
それも無理はない。だしぬけに、背後から、声がしたのだから――。
ほどなく、ぼくらは水面から、恐る恐る、顔を出す。
プールサイドに、真夏の日差しを浴びたイサムが、その光とは裏腹に、ひどく冴えない顔をして立っていた。
「なんだ、イサムかあ。おどろかすなよなぁ……」
それでなくても、ぼくはビビりなんだから、ということばは飲み込んで、ぼくはユウジと一緒に、プールから出る。
「ご、ごめん……」
イサムがうつむき加減で、ぽつり、とつぶやく。
にしても、元気がない――あ、もしかしたら、ゆうべ、ぼくに勝負に負けたから、それで、落ち込んじゃってるのかも。
ふふ、だったら、からかっちゃおうかなあ、と思ったその次の瞬間、ユウジが先に口を切っていた。
「ねえ、イサムくん。ところで、いま、なんて言ったの?」
「え、ああ……だから、オレだよって、言ったの」
ぼくは黙って、二人のやりとりに耳をかたむける。
「それは、あれ。以前にも、深夜に学校に忍び込んだことがあって、そのときに聴いたってこと?」
「う、うん……って、いうかさあ、実はさあ……」
めずらしく、イサムが言い淀んでいる。なんだかわけありらしい。
「実は、なに? イサムくん」
ユウジが先を、促す。ぼくは黙って、イサムの口元をじっと見つめる。
「実はあれ、オレが、あそこに置いたんだよ」
「ええ!!! 」
二人は驚いて、大きい声を上げると同時に、けげんそうな顔をして、かすかに首をかしげた。
言ってる意味がよくわからなかったので、もう一度言ってくれる、イサムくん、というような感じで――。
「だ、だから、あの理科室のラジオは、祖父ちゃんから借りたものを、オレが、ゆうべおまえたちより一歩先に学校に行って、こっそり理科室に置いといたんだよ」
へぇ、そうだったの、とはうなずかない、ぼくたち二人は、そうすんなりと――。
それはそうだ。だって、さっぱり合点がいかなかったからだ。
なぜ、そのようなイタズラを、イサムがぼくたちにしたのか、それが、さっぱり……。
なぜかな、イサムくん?
そういう眼差しを、だからぼくたちはイサムに投げていた。
炎暑のうだるような空の下、だれかの浮き輪が、ピカチュウの浮き輪が、プールの水面でいかにも平和そうにたゆたっている。
そんななか、イサムはようやく、腹をくくったらしい。イサムが口を開く。
「わかったよ、言えばいいんだろ。それというのもなぁ……」
イサムが、しかめっ面で語ったのは、だいたい、こんな感じだった――。
やっぱり、イサムは、ぼくが女子にチヤホヤされているのが、そうとうくやしかったみたい。
それで、何でもいいから、何かの勝負で決着をつけて、ぼくをギャフンと言わせたかったらしい。
でも一学期の学業成績は、ほぼ互角だった。運動会の徒競走で勝負をつけるとしても、開催は十月。だから、まだ日がある。 一番近くて、もっとも有効な方法は、空手の都大会。その決勝戦での決着だ。
ところが、ぼくが四回戦で早々と負けてしまって、直接の対決は水泡に帰してしまった。
イサムはそこで、ほかに何かいい決着方法はないかと首をひねったという。そこで思いついたのが、この肝試しでの勝負だったらしい。
「学校の理科室に幽霊が出るという噂があるんだ」
そう偽って、ぼくを理科室におびき出す。なにしろ理科室は校舎の離れにあって、肝試しのシチュエーションにはもってこい。
イサムはゆうべ、ぼくより先に校舎に入って、理科室にカセットデッキを置いて、スイッチを入れておいたという。録音テープは、二時間のヤツ。なので、時間は心配いらない。
それと、イサムには、二つ下の妹がいるのだと。その彼女に、できるだけ気味のわるい声で、「う、ら、め、し、やあ……」と言ってもらい、それが、いかにもラジオから流れているような感じで細工を施し録音したらしい。 かなり小さな声で録音してあるので、教室の中央付近に行かないと、その声は聞こえない。
これで、準備万端――。
ゆうべ、ぼくを理科室に連れ出すことに成功したイサムは、ぼくが最後に教室の中央に行くように仕組んだ。
計画通りに――ライトが、バケツにつまづいて転倒するというハプニングはのぞき――やがて、ぼくが教室の中央付近にたどりつく。
たぶんあいつは、そこに着くまで、かなり精神が病んでいるのだろう。そう踏んでいたら、案の定、ぼくは予定通り、いや、それ以上に、精神が参っていた、ように見えた。
それを見て、イサムはひそかにほくそ笑んだそうな。 そんなとき、ぼくがカセットテープに吹き込んだ声を聞きつける。
あのさぁ、なんか聞こえない――ぼくが、訊く。
あ、ラジオだぞ、これ。そこから、なにか聞こえてくるんだ――イサムが、応える。
そこで、なんて言ってるのか、それをライトに聞きに行かせる。
予定通り、ライトが「う、ら、め、し、やあ……って言ってる」と報告したところで、イサムとぼくが白い机に行って、それをたしかめようとする。
二人はやがて、白い机に着く。カセットテープが見えないように、カセットデッキを置いておく。
そのとき、イサムが「あれ、ラジオから勝手に声が流れているぞ」と、ぼくを脅かす。
それを聞いたぼくが驚いて、「ヒ、ヒエッ!!」と声を上げたところで、イサムが勝利を宣言する、と、まあ、そんな算段だったらしい。
つづく