文字数 1,227文字

道路には車が走っている、市場も開いている、たくさんの人が買い物をしている。
どこにも不自然なところはないように思える。
そう思うのが自然だと思えるようになっているからだ。
空を見上げないかぎり、ここがシェルターであることは忘れていられる。
シェルターは巨大な箱を地面に伏せて"内"と"外"を隔絶し、スーツを着ていないくても生物が生存できる環境として建造された。
天井は緩い傾斜を持つ半円になっていて、日光の強弱が一日のリズムを司っている。
夜には星空を見ることもできる。
およそ60度の角度で見上げると、格子状の骨組みとガラス越しの空が見えるのだ。
もっとも、透明なガラス越しに見える星空が本物の星空だと断言できる根拠はない。

三叉路を右に曲がると友人の家が見えてくる。
あの家は本物だと断言できる。
今は防護スーツも着ていないしガラス越しでもない。しかし現実とは思い難いのも確かだ。
呼び鈴を押してしばらくすると、浅黒い肌で背の高い彼女が迎えてくれた。
女性としては低い声が心地いい。
居間に通され、家具の上に並べられたいくつかの写真の中に自分の姿を認めた。
彼女と友人と3人で映っている写真。
彼女が隣に立つと腕が触れ合った。
そして心地よい声で探索の成果を聞いてくる。
残念だがまだだ、と言ってから、ただ残りはわずかだよ、と続けてから、彼女から離れた。
離れた理由は彼女にも伝わったのだろう、
彼女は少しだけ残念そうにしながら、コーヒーをどうぞ、とテーブルへいざなった。
真実は細部に宿る。
今日の探索で行った場所を話したが、彼女がどの程度興味をもっているかわからない。
長い髪の毛をいじりながらブラウンの瞳で見つめてくるのを客観視するのに苦労したし、
ときおり心地よい声を聴くとそれまでの集中が途切れてしまいそうになる。
コーヒーをすすって戒めを強めた。

彼女の家を出ると、目が慣れるまで佇んだ。
いつもより短い時間で足元が見えるようになった。
いつもよりも少し明るい。
街灯は省電力のために設置されなかった。
シェルターの夜は暗く、その暗さは寒さを増幅させる。
少し見上げると、ガラス越しの夜空には薄い雲が流れる中に月が出ていた。
薄暗い道のところどころに影が出来ている。
わずかな光であっても影ができることについて少し考え始めたが、すぐにやめた。
無意味だ。

ある日、友人は探索に出たまま帰ってこなかった。
友人が行方不明になった当初、彼女は混乱していた。
自動回収機は動きださなかったし、政府からの説明もなかった。
ただ戻らなかった。
1年後、彼女から"発掘"を依頼された。個人的にだ。
依頼品の指定はなく、友人が身に着けているものならなんでもよかった。

部屋に戻ると、探索済みの場所を地図上で消し込んだ。
残っているのは"空白"だけだ。
探索されていない地域。
住人が全滅したから、"発掘"を依頼してくる人間も存在していない。
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