文字数 981文字

その橋は車で渋滞していた。
こういう渋滞はあちこちに残っている。シェルターへの避難は急なことだった。
渋滞している車には誰も乗っていないから、動かない。
動かないから渋滞は永遠に解消されないし、つまり車で橋は通れない。徒歩で車の間をすり抜けたり、トランクとルーフとボンネットを歩けば通れないことはないが、防護スーツに傷がつくような危険とは釣り合わない。
目の前にある橋は、橋のように見えるが橋ではないのだ。
こちら側と向こう側を断絶させている。
かつてある男が言った。

  『これはまさに渋滞以外のなにものでもない』

そいつがにやりとしたのを思い出してにやりとしてから、他の方法を探すことにした。
土手沿いに走って水管橋を見つけた。車を降りて、土手を登る。

ヘルメットにぽつぽつと雨粒が当たっている。だが防護スーツを着ていれば特に問題はない。発掘が始まったのも、スーツを着ているかぎり”外”は安全だと判断されたからだ。
それには毒が混じった雨に濡れることも含まれている。雨が降っているときに気にすることは雨が降っていることじゃない。
ぬかるんだ地面だ。

晴れていて地面が乾いているときはいっさい考えることはないのに、雨が降っているだけで、世界は一変してしまう。車で移動できているうちはまだいい。多少スリップしたところで、対向車もなければ、歩行者もいない。
苦労するのは坂道を歩いて上らないといけないときだ。一歩一歩で、普段よりも力が必要だし、滑らないように気をつかう。数十メートルの距離感であれば”上り坂”でも、”一歩”としてはさまざまだ。
平坦なときも、下っているときも、右に傾斜しているときも、左に傾斜しているときも、さまざまだ。へこんでいて足の裏をのばすこともある。
しかも右足と左足の両方が、複雑な状況にそれぞれ対応しなければならない。
ヘルメットは結構重量があるから、重心も不安定になりがちだ。一歩一歩で、未知の状況を分析して適切に対応しなければならないのだ。
苦労して土手を登り、水管橋を渡る。
下りは登りよりもさらに大変だ。だから失敗するときもある。
右足が滑り、左足が浮き、支えようとした右手がまた滑った。今後は足だけじゃなく手のことも考えよう。
はじめは空が、そのあとすぐに土手と空が交互に見えるようになった。何度目かの土手で止まった。
まだ土手の途中だ。
慎重に立ち上がり、丁寧に下った。
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