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文字数 964文字

「ねえ、あの木を見て。
枝のつきかたがあまりきれいじゃないの。
こっちに伸びているのを一本切って右側に植えられればいいのにね。
うん、枝はそんな風に都合よく生えてこない。
それはわかってる。
枝が生えるまで待つんじゃないの。
切って、植えるのよ。
デザインするの。
そうね、盆栽ね。
ずいぶん大きな盆栽だけど。
でも人間はそうやって世界を作ってきたんじゃない?
いまはどう?
あの事故が起きてからは自分のうちの壁の色を変えるぐらいしかできない。
すごくつまらない。
それに人類の歴史を冒とくしているわ。
こんなのは私たちの世界じゃない。
そうね、それはあなたが男だから。
女は産めるのよ。
そうね、男も必要だけど、それはいわば共演者としてなのよ。
主役は母親だわ。
ううん、シナリオはないのよ。
いくらでも変えられる。
世界を作れるの、女はね。
ねえ、ちょっと考えてることがあるんだけど聞いてくれる?
あれは本当の出来事だったの?
あの人も本当に存在していたの?
うちには2人で撮った写真があるけど、あれは合成なんじゃないか。
あの人も・・・・・・。
ごめんなさい・・・・・・。
泣くのはもうやめる。
あなたが見つけてきてくれた腕時計を触ったら、はっきり蘇ったの。
あの人は青いシャツがお気に入りで、ほとんど毎日着ていた。
家に帰ってくるとすぐにそのシャツを洗濯機に入れていたわ。
いまはもう一着もないけど。
捨てちゃったのね、きっと。
でももうそれはいい。
また世界を作ればいいのよ」

途中からは聞くだけでずっと黙っていた。いつも青いシャツを着ていたのは友人じゃない。
でもなにも言わなかった。

ベッドから出ようとすると彼女に腕をつかまれた。仕事が残っているんだ、と言ったがしかしそれは嘘だ。仕事は残っていない。
"発掘"は即時に停止された。

気圧室に入るためのIDカードは使えなかった。
しかしなにごとにも例外というものがある。
緊急時のために解除パスワードを数字入力パッドに打ち込むと、ロックは素直に解除された。

スイッチを押しても自動回収機は起動しなかった。気圧室のスピーカーをしばらく見つめてみたが、声はしない。長い息を吐き、また吸い込んだ。
壁のボタンを押すと、前方の隔壁が静かに上昇し始める。気圧室の空気が流れ出ていく。
その風に追い立てられて"空白"に向かった。
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