文字数 1,279文字

その道路は周囲よりも3メールほど高い盛り土の上に作られ、走っているといろいろなものが見える。
大きな木は無くなってしまったので、見通しはすこぶる良い。
左手遥かに背の低い山が連なり、そこまでには升目上に区切られた区画が広がっている。
右手には海だ。海を知っている人間はどちらかというと珍しい部類に入る。
本物を見たことがある人間はもっと珍しい。
しかし目に映らない景色もあって、それを知らないと痛い目に会うことになる。
そんな危険を避けるためにはどうしたらいいかというと、要するに地図を確認すればいい。
GPSは衛星の老朽化で機能しなくなったが、しかしそれに代わるものがある。
数十年前に毒の検知機がいたるところに設置されて、危険な場所の地図が作成された。
ほとんどの人がその地図を持ち歩いた。腕に彫った人もいたくらいだ。
ところが検知機も地図も間もなく不要になった。
危険な場所は放置され、それ以外の場所も結局放置された。シェルターを作り、そこに生けとし生けるものが移り住んだからだ。
それ以来"外"には人の手は入っていない。逆にいえば、数十年たってもそのころの地図が使えるというわけだ。
幸か不幸かは解釈によるわけだが、”発掘”を担うものたちにとっては幸運なことだ。このまま進むと"三連星"に近づきすぎるってことがわかるんだから。
降り口を通り過ごさないように、丁寧にブレーキを踏んで速度を少し落とした。


車寄せに、大きな扉の玄関。
以前はさぞかし贅沢な暮らしをしていたのだろう。"発掘"を依頼してくるのはそんな人たちが多い。今の生活との落差が大きいからに違いない。
かつてある男が言った。

 『美しい花に見えているんだろう』

屋敷の窓のガラスが割れていたが、なにも問題はない。割る手間が省けるのだから、むしろ歓迎する。しかしまずは扉の確認だ。扉の鍵はかかっていなかったので、扉を開けて入ることにした。
屋敷の中を歩き回りながら、依頼品の"発掘"に着手した。
顔を見たこともない同僚によるとだが、政府は"発掘"をやめようとしているらしい。
"発掘"できるものはかなり減ったし、あの事故から相当な年月が経って、"発掘"の依頼者もずいぶんと減った。

寝室に入ると、椅子に男が座っていて足が止まった。警戒心がわいたがすぐにどこかに消えた。こちらはスーツを着ているし、この男はスーツを着ていない。それにそれほど珍しいことでもない。大丈夫だ。心配はしてない。
毒は腐敗を止めた。乾燥でミイラになりそうなものだが、ミイラにもならないのだ。
まるで生きているように見える。しかしスーツを着ていないのだから、生きているわけがない。大丈夫だ。心配ない。
あの事故のあと、シェルターに行かなかった人々がいた。この男もそのうちの一人なのだろう。
かつてある男が言った。

  『避難したんだよ、ここで』

ひとつ目は寝室で、ふたつ目は書斎で、最後に階段の下にある物置で見つけた発掘品を袋に入れた。
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