第1話

文字数 1,250文字

 「あら、エリックさん。探しましたわよ。手が空いているならお手伝いして欲しいのですが…」
「ああ、わかった。それにしても最近やたら人が来るね」
「それはそうでしょう。わが国のホルニッセ第一王子が行方不明なんてみなさん不安になるに決まっています。私だって…」
「そういえばそんなことがあったな。いや、俺はあまり俗のことには興味がなくてさ」
「まあ」
俺とこの女、シスター・カトリーは町はずれの教会で“迷える子羊”たちの話を聞くのが仕事だ。カトリーの言う通り最近この国、ヴァッフェル王国の王族が行方不明になるという事件が起きてから教会に訪れる人の数が一気に増えた。奴らの話を聞くのが仕事だとは言ったが相談や説法は無償で行っているため実質タダ働き。一応訪れる人が増えれば教会で販売しているパンやワインの売り上げも伸びるが、それでも雀の涙。だがこれ以上物販を拡大すれば真面目な信徒たちの反感を買うに違いない。
「あんたは一体誰が王子サマを誘拐したと思う?」
「あら、エリックさんはその噂が本当だと思っていらっしゃるのね。私もよくその話を聞きますわ」
「その言い方だとシスターは誘拐じゃないと思っているようだな」
「ホルニッセ様はとても好戦的な方だとお聞きしましたわ。なんでも軍隊の先頭に立って戦われるとか…」
「なんだ、随分とひどいことを考えるんだね。そりゃあお国に対する侮辱じゃないのか?」
「まさか私も本当にそうだとは思っていません…!しかし誘拐と考える方が非現実的ではなくて?」
「確かにあの坊ちゃんはかなり腕がいいらしいからな。だがそれに対する驕りか知らないけどほとんど護衛をつけず城下町をうろうろしていることがしょっちゅうあるらしいからな」
「エリックさん…俗のことに興味がなかったのでは?」
「興味はないさ。だが職業柄嫌でもそういう話が飛び込んでくるから」
「ふふ、それもそうですわね」
「まあ、とにかくああ見えてあの王子はスキだらけだ。王族に恨みがある奴、金が欲しい奴、単に目立ちたい奴…そんな奴らが狙いをつけていても不思議ではない」
「そんな…」
「まあ真相はわからないがな」
真っ白すぎて吐き気がする女を置いて教会へ戻った。“ホルニッセ王子はこの国の光だ。そんなお方が行方をくらますなどこの国は終わりだ…!”、そんなことはない。この国の政治は現国王が行っており、第一王子の役割はせいぜい国軍の指揮。彼には優秀な弟がおり後継者としてはむしろそちらの方が望まれている。“こんな状態じゃしばらく祭りもできやしない!”、王族とはなんて可哀想な存在なんだ、自分自身が愛する国民を苦しめていることも知らずにどこかでのうのうと生きて…あるいは野垂れ死んでいるのか。実にその皮肉は面白い。その身1つで世の中の経済を動かす男、Hornisse=Zacharias。俺が形式上崇めている神というやつもそうだ。偶像の影響力、経済効果は計り知れない。ああ、一歩遅かった。王子を誘拐した何者かのせいで俺も指をくわえて見ている側になってしまったではないか。
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登場人物紹介

Hornisse=Zacharias

食と芸術の観光地、ヴァッフェル王国の第一王子。強く美しくフレンドリーな国民のアイドル的存在だが、何者かに誘拐されて失踪中。

Marco=Tiglio

ホルニッセに仕える近衛兵。異世界のイタリア出身。陽気で常識人だが、優柔不断なところがある。

白城千

『千年放浪記』シリーズの主人公である不老不死の旅人。人間嫌いの皮肉屋だがなんだかんだで旅先の人に手を貸している。

獅子堂倫音

マルコ同様異世界から来た日本人。人が苦手だが身寄りがない自分を拾ってくれた店主のために喫茶店で働く。少年とは思えない綺麗な高音の歌声を持つ。

烏丸エリック

街はずれの教会の神父。真面目な好青年で人々からの信頼も厚いが、拝金主義者という裏の顔を持ち利益のためならなんでもする。

Katry=Kamelie

教会のシスター。包容力と正義感を持ち合わせた聖職者の鑑のような人物だが気になることがあると突っ走ってしまうところがある。

Natalie=Schlange

街はずれに住む魔女。ホルニッセに一目惚れし、彼を独り占めするために誘拐、監禁する。夢見る乙女だが非常にわがまま。

浜野ハヤテ

ナタリーと共に行動する青年。根暗で厭世的。自らの出自を隠しているようだが…

Amalia=Tiglio

マルコの姉。面倒見がよく器用なところが認められヴァッフェル王国の第二王子であるアルフォンスの世話係に。

Alfons=Zacharias

ヴァッフェル王国の第二王子でホルニッセの弟。なんでも完璧にこなすが、プライドが高く兄のことを見下している。

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