第9話

文字数 1,555文字

 「あ、ロン!久しぶり!調子はどうだ…むぐっ!?」
「マルコ、静かに!あとあまり”ロン”って呼ばないで!」
「え、あ…うん。ごめん…」
「とりあえずここじゃだめだ、うちの裏口からバックヤードに入ろう」
獅子堂の青ざめたような顔に違和感を感じながらとりあえず俺たちは喫茶レーヴェの裏口に詰め込まれるように入った。
 「…はあ、ここなら大丈夫かな」
「ロン!一体何があったの!?」
「…俺にもよくわからない。ただ1つ言えるのは俺の顔やこの店の情報が世間にばらまかれているってことだけ」
「え…」
「”ロン”ってニックネームと歌の特徴から俺の知り合いが情報を漏らしたのかとも思ったけど、ここのお客さんたちがそんなことをするとは思えないし…」
覆面アーティスト”ロン”の人気によって獅子堂倫音という個人の私生活が侵害されるような事態が起きているということか。喫茶レーヴェの客は信用できると言うが、本当にそうだろうか。誰だって自分が有名人の知り合いだったら自慢したくなるものではないのか。
「それに問題はそれだけじゃない。俺が活動する条件としてうちの支援があったはずだ。それは2人も烏丸さんとの会話を聞いていたから知っているよね」
「ああ、それでロンは活動することにしたんだよね、匿名だし」
「ってまさかその支援が…!」
「その人の言う通り、そのまさかだ。店長に確認したんだけど烏丸なんて人から支援金は届いていないって」
「それって契約違反ってやつじゃないの!?」
「そう言っても取り合ってもらえないんだ。そもそも俺そういうの苦手だし…」
「おーい、倫音くん!ちょっとでいいから表に出てくれないかい。君を一目見たいってお客さんが止まらないんだ」
「…今日もですか、店長。はあ、俺なんか見て何が楽しいんだか」
「…これだ」
「千、どうしたの?」
「烏丸の言い分は恐らく喫茶店に人が押し寄せれば売り上げも増加し、それが支援したことになる、ということだろう」
「なにそれ!?ってことはロンやレーヴェの情報を流したのは烏丸ってこと!?」
「…無茶苦茶だ。いずれにせよ契約違反じゃないか」
「あくまで俺の推測に過ぎないがな。だが烏丸のことは信用しない方がいいだろうな」
「そうですね、あなたの言う通りです。さて、俺はあっちに行かなきゃ。一応店長には恩があるし、ここに住めなくなったら行くあてがないから」
「ロン…」


 ”ロン”のライブの再生数は鰻上りだ。特に彼の顔写真などのプロフィールや勤務先兼自宅の喫茶レーヴェの情報を漏洩させてからはさらに盛り上がりが増したように思える。覆面のまま続けるか正体を明かすかはある意味賭けであったが、結果的には彼の正体を知りたがっている客の方が多く俺の判断は正しかったと言える。そもそも元々は”ロン”というアーティスト名及びイメージ画像だけを公開していたため、あの美しい高音の歌声が15歳の少年のものであったことが広く知れ渡ったのは情報公開後であり、それがまた話題となった。つい先日約束していた喫茶店の支援やプロフィールの非公開が守られていないとして獅子堂倫音自ら抗議に来たが、そんなガキの戯言の相手をしている暇はない。我が社、Piece Noirは王室や貴族との繋がりもある。仮に獅子堂が契約違反について訴訟を考えても力で勝るのはこちら側だ。
 それにしても彼は自らの力に気付いていないのだろうか。ああ、確か表から来た人間だったか…。向こうでは魔法など非科学的な現象はフィクションの中にだけ登場するものだと聞いたことがある。だとすればこちらで教育を受けない限りわかるはずがないか。かく言う俺も魔法というものがあまり好きではなく商品を鑑定する時くらいしか使わないのだが、獅子堂倫音の価値は彼の歌そのものではない。彼の集客力はもっと他のところにあるのだ。
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登場人物紹介

Hornisse=Zacharias

食と芸術の観光地、ヴァッフェル王国の第一王子。強く美しくフレンドリーな国民のアイドル的存在だが、何者かに誘拐されて失踪中。

Marco=Tiglio

ホルニッセに仕える近衛兵。異世界のイタリア出身。陽気で常識人だが、優柔不断なところがある。

白城千

『千年放浪記』シリーズの主人公である不老不死の旅人。人間嫌いの皮肉屋だがなんだかんだで旅先の人に手を貸している。

獅子堂倫音

マルコ同様異世界から来た日本人。人が苦手だが身寄りがない自分を拾ってくれた店主のために喫茶店で働く。少年とは思えない綺麗な高音の歌声を持つ。

烏丸エリック

街はずれの教会の神父。真面目な好青年で人々からの信頼も厚いが、拝金主義者という裏の顔を持ち利益のためならなんでもする。

Katry=Kamelie

教会のシスター。包容力と正義感を持ち合わせた聖職者の鑑のような人物だが気になることがあると突っ走ってしまうところがある。

Natalie=Schlange

街はずれに住む魔女。ホルニッセに一目惚れし、彼を独り占めするために誘拐、監禁する。夢見る乙女だが非常にわがまま。

浜野ハヤテ

ナタリーと共に行動する青年。根暗で厭世的。自らの出自を隠しているようだが…

Amalia=Tiglio

マルコの姉。面倒見がよく器用なところが認められヴァッフェル王国の第二王子であるアルフォンスの世話係に。

Alfons=Zacharias

ヴァッフェル王国の第二王子でホルニッセの弟。なんでも完璧にこなすが、プライドが高く兄のことを見下している。

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