恋の戦闘準備
文字数 2,014文字
春が来て、新学期が始まった。
あの人に会ったのはちょうど1年前。
入学式を経て、クラスメイトになった。
その頃はたくさんいるクラスメイトの一人に過ぎなかった。
私は暗い訳ではないけれど、常にきゃっきゃしているほど活発でもない。
スクールカーストでも無難な位置を確立した。
それで良かった。
目立たない程度に友達とおしゃべりを楽しみ、目立たない程度の成績。
一応部活にも入り、特に活躍するでも足を引っ張るでもなく、何となく在籍。
週に3回塾に行き、たまにひっそり短期のバイトをする。
可もなく不可もなく当たり障りのない学校生活。
それを、あなたが崩した。
あなたは目立たない人だった。
おとなしくて、あまり自分から行動する人じゃない。
スクールカーストで言うなら下の方。
何か癇に障るほど目立たない訳ではなかったから教室の風景に上手く溶け込めていたけれど、ちょっと何か変化が起きれば虐げられる可能性がありそうな位置にいた。
幸いうちのクラスには、常に人を虐げる事で優越感を感じなければ幸せになれないほど不幸な子はいなかったけれど、そんなものはいつどうバランスが崩れるかわからないのだ。
それは別にあなただけに言える事ではなく、私も同じなのだけれどもね。
とりあえず今は、皆、恋だの何だの青春に忙しかったし、アイドルやゲームなんかに夢中だったから、他人に構うほど暇じゃなかったのが幸いだ。
そんなあの人を意識したのは、本当に偶然だった。
部活が終わり、忘れ物をしたから教室にとりに行くと、あなたがいた。
窓辺に立って、校庭を眺めていた。
誰もいないと思って勢い良くドアを開けた私はびっくりして固まって、そんなあなたを凝視してしまった。
「あれ______さん、忘れ物?」
「あ、うん。_____、まだ残ってたんだ??」
「美化委員会の当番だったから。」
「美化委員会ww」
「誰もやりたがらなかった美化委員だよ。」
初めてまともに話した気がする。
美化委員を思わず笑うと、あなたは困ったみたいに苦笑いした。
「____って、そんなに背が高かったっけ??」
何故かあなたから目が反らせなかった。
ちゃんと話したのも、ちゃんとあなたを見たのも、初めてだった。
何となく、思っていた身長ではない。
なんと言うか、全体的に思っていた感じじゃない。
「あ、うん。ここの所、何か急に伸びてきた。たまに関節が痛い。」
「やだ!成長痛?!マジで?!」
「うん……。」
思わず笑った私に、あなたはやっぱり困ったみたいに苦笑いした。
大したことなんか話してない。
でもそれから、その日の事が忘れられなかった。
こっそり目で追う。
目立たなかったあなたは、急に背も伸び、がっしりしてきた。
でもまだ、その事に皆、気づいてない。
新学期になりクラス替えがあったけど、あなたは同じクラスになった。
学科選考なんかも近かったからかもしれない。
何にしろ良かった。
でも……。
クラスが変わった事で、周りも変わった。
あなたを認識するメンバーも変わった。
だから、少しだけあなたの変化に気づく人も出てきた。
私は焦った。
誰も気づかないと思って余裕ぶっこいてた。
のほほんと呑気に眺めていただけの過去の自分を殴ってやりたい。
気づかれてからでは遅いのだ。
だから、私は髪を切った。
長かった髪を切った。
初夏になり、暑い日もあったから誰も深くはツッコんで来なかった。
涼しそうだね、私もバッサリ切ろうかなと友達は言った。
確かに暑い。
でも私が髪を切ったのは、そうじゃない。
これは戦闘準備だ。
戦う為には動きやすくならねばならない。
さぁ、何から始めよう。
「あ…、____さん……。」
「え?!_____じゃん?あれ??____ってバスなの??」
「うん……。____さんはバスじゃなかったよね??」
「これからバイト。」
「あ、バイトしてるんだ??」
「前までは欲しい時に短期バイトしてたんだけどさ~、来年は受験じゃん?バイトとかしてらんないし。今のうちにしっかり稼いでおこうかなって。」
「ははは、しっかりしてるんだね。」
そう言ったあの人は、急にあわあわして視線を反らせた。
私はわざと首元の汗を拭いた。
汗拭きシートの爽やかな香りが辺りに漂う。
「使う?」
そう言って差し出す。
あの人はちょっと動揺しながらも、シートを取って吹き始めた。
緩めた襟元から覗く鎖骨は、やっぱり自分の鎖骨なんかより骨ばっててドキッとした。
「………髪。」
「え??」
「髪、暑いから切ったの?」
「そうそう。バイトでも邪魔になりそうだったからさ。」
「そうなんだ…。長いのも綺麗だったけど、短いのも似合うね。何か______さんのイメージに合ってる。」
「そう??って言うか、私のイメージって何よ?!」
「明るくて活発で元気なイメージって言うか……。」
「なにそれ?!」
あなたはちょっとしどろもどろになっている。
のほほんと見ているだけでは駄目だが、押しすぎても駄目だ。
程よく程よく、こちらに目を向けさせなければ。
私の戦いは始まったばかりだ。
あの人に会ったのはちょうど1年前。
入学式を経て、クラスメイトになった。
その頃はたくさんいるクラスメイトの一人に過ぎなかった。
私は暗い訳ではないけれど、常にきゃっきゃしているほど活発でもない。
スクールカーストでも無難な位置を確立した。
それで良かった。
目立たない程度に友達とおしゃべりを楽しみ、目立たない程度の成績。
一応部活にも入り、特に活躍するでも足を引っ張るでもなく、何となく在籍。
週に3回塾に行き、たまにひっそり短期のバイトをする。
可もなく不可もなく当たり障りのない学校生活。
それを、あなたが崩した。
あなたは目立たない人だった。
おとなしくて、あまり自分から行動する人じゃない。
スクールカーストで言うなら下の方。
何か癇に障るほど目立たない訳ではなかったから教室の風景に上手く溶け込めていたけれど、ちょっと何か変化が起きれば虐げられる可能性がありそうな位置にいた。
幸いうちのクラスには、常に人を虐げる事で優越感を感じなければ幸せになれないほど不幸な子はいなかったけれど、そんなものはいつどうバランスが崩れるかわからないのだ。
それは別にあなただけに言える事ではなく、私も同じなのだけれどもね。
とりあえず今は、皆、恋だの何だの青春に忙しかったし、アイドルやゲームなんかに夢中だったから、他人に構うほど暇じゃなかったのが幸いだ。
そんなあの人を意識したのは、本当に偶然だった。
部活が終わり、忘れ物をしたから教室にとりに行くと、あなたがいた。
窓辺に立って、校庭を眺めていた。
誰もいないと思って勢い良くドアを開けた私はびっくりして固まって、そんなあなたを凝視してしまった。
「あれ______さん、忘れ物?」
「あ、うん。_____、まだ残ってたんだ??」
「美化委員会の当番だったから。」
「美化委員会ww」
「誰もやりたがらなかった美化委員だよ。」
初めてまともに話した気がする。
美化委員を思わず笑うと、あなたは困ったみたいに苦笑いした。
「____って、そんなに背が高かったっけ??」
何故かあなたから目が反らせなかった。
ちゃんと話したのも、ちゃんとあなたを見たのも、初めてだった。
何となく、思っていた身長ではない。
なんと言うか、全体的に思っていた感じじゃない。
「あ、うん。ここの所、何か急に伸びてきた。たまに関節が痛い。」
「やだ!成長痛?!マジで?!」
「うん……。」
思わず笑った私に、あなたはやっぱり困ったみたいに苦笑いした。
大したことなんか話してない。
でもそれから、その日の事が忘れられなかった。
こっそり目で追う。
目立たなかったあなたは、急に背も伸び、がっしりしてきた。
でもまだ、その事に皆、気づいてない。
新学期になりクラス替えがあったけど、あなたは同じクラスになった。
学科選考なんかも近かったからかもしれない。
何にしろ良かった。
でも……。
クラスが変わった事で、周りも変わった。
あなたを認識するメンバーも変わった。
だから、少しだけあなたの変化に気づく人も出てきた。
私は焦った。
誰も気づかないと思って余裕ぶっこいてた。
のほほんと呑気に眺めていただけの過去の自分を殴ってやりたい。
気づかれてからでは遅いのだ。
だから、私は髪を切った。
長かった髪を切った。
初夏になり、暑い日もあったから誰も深くはツッコんで来なかった。
涼しそうだね、私もバッサリ切ろうかなと友達は言った。
確かに暑い。
でも私が髪を切ったのは、そうじゃない。
これは戦闘準備だ。
戦う為には動きやすくならねばならない。
さぁ、何から始めよう。
「あ…、____さん……。」
「え?!_____じゃん?あれ??____ってバスなの??」
「うん……。____さんはバスじゃなかったよね??」
「これからバイト。」
「あ、バイトしてるんだ??」
「前までは欲しい時に短期バイトしてたんだけどさ~、来年は受験じゃん?バイトとかしてらんないし。今のうちにしっかり稼いでおこうかなって。」
「ははは、しっかりしてるんだね。」
そう言ったあの人は、急にあわあわして視線を反らせた。
私はわざと首元の汗を拭いた。
汗拭きシートの爽やかな香りが辺りに漂う。
「使う?」
そう言って差し出す。
あの人はちょっと動揺しながらも、シートを取って吹き始めた。
緩めた襟元から覗く鎖骨は、やっぱり自分の鎖骨なんかより骨ばっててドキッとした。
「………髪。」
「え??」
「髪、暑いから切ったの?」
「そうそう。バイトでも邪魔になりそうだったからさ。」
「そうなんだ…。長いのも綺麗だったけど、短いのも似合うね。何か______さんのイメージに合ってる。」
「そう??って言うか、私のイメージって何よ?!」
「明るくて活発で元気なイメージって言うか……。」
「なにそれ?!」
あなたはちょっとしどろもどろになっている。
のほほんと見ているだけでは駄目だが、押しすぎても駄目だ。
程よく程よく、こちらに目を向けさせなければ。
私の戦いは始まったばかりだ。