第8話  ゆるふわな彼女の事情

文字数 3,532文字

━━黒田と蛯名、両名は、華代を迎えに向かっていた。

部長には、『自宅まで行ってきます』とだけ伝えた。
流石に世に普及出来ないツールで居場所を突き止めた、なんてことは言えない。
その略して蛯名ツールは、更なる恐ろしい機能を兼ね備えていた。

彼女が悪用しようと思えばいつだって出来たはずだ。
だがしていない。
蛯名自身、華やかなイマドキ女子ではあるが、そんな女子は世の中に溢れかえっている。
目立つようで目立っていない。
それを利用している。
すべて数値で計算していた。

「……あまりしたくないですが、緊急ということで。黒田さんに立会人になってもらいます」
「主語を言え、主語を! 」
「黒田さん、一を聞いて十を知れとは言いませんが、三聞いて八を知るくらいはしてくださーい」

相当な無茶振りを真顔で言い放つ。

「おま……」
「これで遠隔操作します。一時的にですが電源をつけるくらいなら容易です」

黒田の抗議をぶった切り、スマホを掲げて簡潔に述べる。
黒田には理解が追いつかないらしく、目を白黒していた。
そんな黒田を無視し、スマホを高速でタップしていく。
いつものふわふわした姿から想定出来ない程の真顔で。

「……少し時間が掛かるので聞いて貰えますか? 気になりますよね? 私が犯罪にもなりうるツールを作った経緯」
「え? あ、ああ、まあ……」

聞きたくないと言ったら嘘になる。
物事には理由が付き物だ。
理由をつければなんでもいい訳でもないけれど。

「私には、機械工学の教授をしていた祖父が『いました』。科学捜査研究所に務めていた母が『いました』。警察の花形一科に在籍していた父が『いました』」

言い回しに引っ掛かりを感じた。

「すげえな。家庭環境がおまえをその道に?

「そうですね。名前が出るほど有名ではありませんでしたけど、信念を貫く自慢の家族『でした』」

やっぱり、すべて過去形。
口にしていいか悩む。

「その……」
「皆、亡くなりました。7年前の同じ事件の犯人に殺されました」

感情の消えた顔でいう。
黒田は寒気がした。
こんなにも淡々と家族が死んだ話をするものだろうか。

「安心してください。巻き込まれではあっても、無駄死にではありません。三人三様で対峙し、今や犯人は独房で死刑判決を待っています」

心配はそこではない。
野放しかは気になるところではあったけれど。

「……技術がまだ甘かったんです。逆探知は出来ても電源に左右されています。祖父の願いでもありました。『電源がついていない携帯の追跡が出来れば』と」

蛯名が言いたいのは、犯人への先手の打ち方の問題だ。

「そもそもこれは、遠隔操作でシャッターやエアコン、留守番しているペットの安否確認のカメラなどを応用しただけなんです。ヒントなんて既存のものから得られます」

思いつきはしても、それを実現する技術を持った者なんてあまりいないだろう。
蛯名の見えている世界は、すべてが数値化されている。
黒田には理解が追いつかない世界だった。

「事件とは犯人を捕まえることでは終わりません。その犯人の罪状では後始末も大変な事案でしたから」
「どんな事件、だったんだ? 」

一瞬間が開く。

「……『DV殺人事件』です」

黒田は記憶を辿る。
7年前。入社したて? ちょっと前?
……後者。

「……託麻(たくま)健児(けんじ)
「はい。当時25、現在32。付き合っていた女性を行き過ぎたDVで3名殺害、1名未遂の極悪人です」

当時、かなりニュースで騒がれていた事件だ。

「父は『生き残った女性』を探していました。皮肉なことに……私が先に『見つけてしまいました』」
「それって……? 」
「……あまりに身近だったんですよ。灯台もと暗しってやつです。彼女が殺されなかったのは……私が逃がしたからです。でも、父に伝えなかった。だから……私が家族を殺したもおなじなんです」

少し苦しそうな顔をしていた。
黒田は、お前は悪くないんじゃないか? と言いたくとも、幅かられた。

「……彼女は『恩人』でした。小中と虐められ続けた私を助けてくれたんです。虐めっ子を『お得意の口述』で口説き伏せた。それから、虐めはぱったりとなくなりました。……今でも変わらない。家族よりも恩人である彼女を選んだ。救われたあの時から、どんなことをしても彼女を助けようって信念は変わりません」

たとえ、犯罪だとわかっても、守りたい人がいる。
強い意志を、黒田は眩しいと思った。
おもむろに蛯名の頭を荒く撫でる。

「ちょっと! 痛いですよ! セットしたのダメになるからやめてください! 」

いつもの蛯名だ。

「……安心しろよな。俺はおまえの味方だからな」
「なっ!? い、言っておきますけど! もう共犯者ですからね! 」

━━ブブブ。

聞きなれた音がした。
しかし、少しくぐもっている。

「……ん? 」
「時間がかかるって言ったでしょう? 『電源解除』しましたよ」

数回タップした。

━━トゥルルルルルルルルル……トゥルルルルルルルルル……。

スピーカーにしたようで、コール音が響く。

──………。

繋がった。

「もしもーし? 」

蛯名が呼び掛けた。

『?! 蛯名ちゃん? 』
「華代さん、ご無事ですね。お一人ですか? 」
『た、たぶん、「逃げたければご自由にどうぞ」ってどこかに……』
「では、すぐにお迎えに上がります。安心してください。繋げておきますから」

黒田は不思議に思った。
蛯名は何故、出版社にいるのか。
これほどの技術があれば、家族のいづれかの職業につけたはずだ。
それほどまでに、その彼女を守りたいのか。

「華代、俺もいるからな」
『え? 黒田? あなたも? ……って、何で? 電源切れてたのに』
「それは、安全な場所に華代さんをお連れしてからお話しますよ」

画面を切り替え、またタップをし、迷いなく歩く蛯名。続く黒田。
繋がってから、周りを警戒しながら十分ほどして、目的地に到着した。

「マジで近かったな」
「さっさと助けますよ」

そこは、放置されて十年以上は経つであろう、廃工場。
壊れて倒れている扉を乗り越え、足元を気にしながら奥に進む。
カツンカツンと、ヒールと革靴の2種類の音が響く。

「だ、誰?! 蛯名ちゃん? 黒田? 」

スマホとおなじ声が聞こえた。

「はーい! 蛯名でーす! 」

中の壊れたドアからひょこっと覗かせると、縛られた魅惑的な足が見えた。
移動したのか、ストッキングは伝線し、ヒールがバラバラに落ちている。
ドアを跨ぎ、進むと奥の仕切られた空間に華代が見えた。

「よかった! 華代さん! 」

蛯名は駆け寄ると、カバンからサバイバルナイフを取り出し、縄を手際良く切っていく。
解けると、華代は蛯名に抱き着いた。

「ありがとう! ありがとう! 」
「何言ってるんですか。助け合いでしょう? 」

ふと目の前の台を見た。
昔は会議でもしていたんだろうか。
大きなテーブルがあり、その上にスマホがあった。
取り上げ、華代に渡す。
華代のヒールを拾っていた黒田。

「それ、貸してください。華代さんは消耗してるはずです。黒田さんが抱えて上げてください」
「え? あ、ああ」
「……ありがとう」

出来れば自分で歩きたかっただろうが、一晩いたせいで、上手く身動きが取れない。
大人しく黒田に抱えられた。

「取り敢えず、私の家に行きましょう」

三人は、廃工場を後にした。

□□□□□

「あれ? 」

廃工場に戻ると、もぬけの殻だった。
ビニール袋をテーブルに置きしゃがむと、ナイフで切られたかのようにキレイな切り口の縄の残骸を手に取る。

「……侮ってたかも。中々頭がキレるみたいだね、あの小さなお姉さん。やっぱりやり方間違えちゃったなあ。お願いしなきゃだったね。でもあの男──黒田──だけには頼りたくない。だって、好敵手(ライバル)だもん」

テーブルに腰掛け、ビニール袋からお弁当を取り出す。

「お腹空かせてるかもって慌てて買いに行ったんだけど。ダメだなあ、女性に失礼だった。お詫び、考えておかなくちゃ」

しっかり温めまでしてもらったお弁当を開き、食べ始める。
二本あるペットボトル。
一本、アルプスの水と書かれた方を一気に飲み干す。

「……はあ。お弁当食べてもらったら、帰すつもりだったのに」

表情からは窺いしれなかつた。
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