第14話  もう1人の男の娘

文字数 3,364文字

──一難去ってまた一難。

薫くんを送るためにアパートからそう遠くない──時間にして数分くらいの──場所に来ていた。

「やだあ、こんなとこいたあ! ダーリン!


掠れた甘ったれ声。
女の子? でも少し、違和感があった。

「遊里……」

薫くんの知り合い?
そこにいたのは、ガッツリと黒いゴスロリに腕カバーやニーハイ、レースの日傘まで真っ黒で固めた綺麗系長身美女。

「ダーリンつれないー! ……てかあ、誰その女」

私を睨みつけていた。

「お前なんかに関係ないだろ」
「なんでえ? あたし、彼女じゃん! 」
「付き合った覚えなんかない。消えてよ」
「ひっどぉいー! 」

私には優しい薫くんが、辛辣な言葉をかえしている。

「……男の娘? 」

声質と見た目の完璧さから首を傾げた。

「女装の知り合いなだけです。ごめんなさい。ちょっと移動しましょう」

遊里くんを無視して私の手首を掴んだ。

「え? でも、薫くんに用があるんじゃないの? 」
「オレはないからいいんです」

素っ気ないけれど、私には柔らかい口調だ。
ちょっと焦ってる?
ちょっともやもやする。

「ちょっと! だから、何なの?! その女!

「彼女に何かしたら……許さないからな」

彼の問いには答えない。
怒ってる?
遊里くんは息を飲んでいた。

「許さない? 許さないのはこっちだよ……。なんで、なんであたしじゃないんだよ、こんなに好きなのに……」

呟きが微かに聞こえた。この感じ、知っている気がする。
女装をする人には色々な人がいるのは聞きかじっているけれど。
それとは別に──知ってる。


「すみません」

ふわりと軽々抱えられた。
お姫様抱っこ?!
薫くんの顔が近い。キレイな顔が鼻の先にある。

「え? え? 」

何も言わず、しっかりと私を抱えていた。
軽いわけじゃないのに。
そのまま走り出した。

「ダーリン?! ちょっと! 」

叫ぶ遊里くんを無視して、私の重さを感じない軽やかさで走っていく。

「ねえ! 薫くん! どうしたの?! ねえったら! 」

恥ずかしさで真っ赤になる。
状況が読めない。

「もう少し先に行きます。アイツは──悠華さんが会ってはならない人種とだけ伝えておきます」

迷わず走り続ける。
どれだけ揺られたか、どんどん人気のない場所に連れていかれる。
少しパニックになりかけたとき、公園らしき場所の中に入り、止まった。
走っていたのに、私を抱えていたのに、息一つ乱れていない。

「すみませんでした。……アイツはオレのストーカーなんですよ」

私をベンチに下ろしながらいう。

「ス、ストーカー……」

私は血の気が引いた。
頭の中で、夢で思い出した元カレを思い出し、彼はもういないと振り払う。

こんなカッコイイんだから、ストーカーになりたがる人は引く手数多だろう。

「オレが──オレが絶対に守りますから」

地面に膝をつき、震える私の手を握った。
細くて、綺麗な指。
冷えた私の手を、更にしっかり握る手に力を入れた。
薫くんも怖いのに、私のことを気遣ってくれている。

「大丈夫、大丈夫。……オレも人のことは言えないかもしれない。でも、貴女が嫌がることは絶対しないと約束します。したら、叱ってください」
「え? うん」

気遣いに、申し訳なさが(せん)だってしまう。

「……怖がらせたくはないですが、アイツは怪我人を多数出しています。きっと貴女に危害を加えようとするでしょう。だから、全力で貴女を守ります。……なので、オレから離れないでくださいね。本当はもっとゆっくり、悠華さんのスピードに合わせたいんですけど。ごめんなさい、巻き込んで」

自分だって辛いだろうに、私のことを優先してくれていた。
そこまでしてもらうほどの、大した人間でもないのに。
だって、辛そうな顔をしている。

「だ、大丈夫だよ。気に病まないで。私、大人だし」

精一杯、心配させまいと言葉を発するが、説得力のないことしか言えない。

「貴女は女性で、オレの好きな人です。だから、気に病んでいるわけではなく、貴女のためにやれることがあるのが……嬉しいんですよ」

ひとつひとつゆっくりと、言葉を選んで。
私を怖がらせないようにと。
私のために、どれだけ無理をしているのだろう。

私にはわからないの。
好きだから頑張れるとか、好きだから苦にならないとか。
好きになることはある。でも、好きから恐怖に変わることしか覚えていない。
好きだからこそ、恐怖と背中合わせで。
1番近いからこそ、1番遠くにもなる。
誰よりも身近だからこそ、1番気を遣う。
私は相手の想い方が下手なんだと思う。
どうしたら最善か、相手が望むことはなんだろうとか。
私の力量に見合うかどうかで、裁量を計る。
……見合わなかったと気がつく頃には遅くて、最悪の事態になっている。
相手を恐怖の対象として見て、逃げ出す。
最低だと思う。謝っても謝りきれない。
言葉が見つからない。パニックを起こす。悪循環。
優しさと残酷さは紙一重。

仕事なら型にハマるのにおかしいな。
キレイに道筋を作れる。対人もスムーズに行く。ビジネスだからだ。
プライベートとは違う。
わかってはいるけれど、頭で理解して、心で割り切れるかどうか。
その違いなんだと思う。
わかっているのに、上手くいかない。
恋愛って難しいな。人を受け入れるには、それなりの器が必要になる。
妥協と信念入り交じる感情のやり取り。
何度繰り返しても、基本的恋愛(セオリー)には出来ない。
型にハマった恋愛なんてつまらないだけだけど、ストレスのないものを欲してしまう。
仕事のようなサイクルで行うことがやりやすくて、それでは飽きが来ると頭では分かっているのに願ってしまう。
少女マンガのような幸せだけの恋愛を。
喧嘩さえも幸せな恋愛を。

薫くんならそんな偏ったワガママを叶えてくれそうで──グラついた。

このままじゃ負担にしかならないのに、私を柔らかく、甘く包み込もうとする。
それに、彼はヤンデレ気質だから一抹の不安は拭えなくて。
困難という刺激があるからこそ、恋愛は映えると知ってはいる。
お互いが完璧には無理でも、理解し合う関係が最良の関係だと知ってはいる。
しかし、実行には勇気という枷が存在する。
私にいくら男運がないとは言っても、男性を知らないわけではなくて。
物理的怖さも伴う恐怖が、一時的に忘れても体が忘れることは無い。
もう失敗したくない思いが邪魔して前に勧めない。
また逃げ出すことがあったら、修復しきれる保証はなくて。
今までのことも、何もかも、解決も納得も出来ていない優柔不断さ。
そんな自分を受け入れてもらうには烏滸(おこ)がましい。

……そんな私ですら薫くんはすべて受け止めるかのように純粋に好きだと言ってくれている。
私にはわからない。
どうしてそこまで人を想えるのか。
知りたいと思ってしまった。
踏み出したいと思ってしまった。
純粋だった頃の自分さえ思い出せない私だけど──こんな私でもまた、恋愛をしてもいいのかと。
歳を重ねる毎に臆病になっていく自分。
そんな自分を見下げて見ている自分。
後ろから黙って見ている自分。
色々な角度から観察しても、模索しても、答えは出ない。
恋愛に正解などなくて、ひとりでは進めないもの。
頭では論理的に整理して考えられるのに、未来に向かわなきゃいけないのに、後ろ向きに過去を見てしまう自分。
狂ったように笑い飛ばしたい。
笑い話にしてしまいたい。
そう出来たらどんなに幸せか。
こんなことあったなあって、思い出の一部に出来たら。
私にはそんな風に器用な生き方が出来ない不器用な人間で。
バカみたい。
振り回されることで、戸惑いと甘酸っぱい気持ちで満たされたらいいのに。
私の中はもどかしさと哀しさでいっぱいだ。



──これからやってくる新しい恐怖より、過去の幻影に囚われて未来より過去が勝っている。

踏み出したい気持ちと、過去から抜け出せないぐちゃぐちゃな気持ちが、終わらない討論会をしていた。
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