第15話  2つの事件

文字数 4,285文字

華代が心配そうに蛯名に寄り添う。
元来、心配性なのだろう。
必要以上に気にしている。

「大丈夫ですよ。私、華代さんよりメンタル強いんです」

逆に華代を気遣う姿にブレはない。

「私が話すべきことはまだありましたね」

七年前の事件に関することだ。

「まず、華代さんを見つけた経緯から話しましょうか」

スマホを取り出し、黒田に見せたツールを開く。

「今は接続を停止させていますが、登録している番号やメールアドレスから電源を切っていても追跡出来るツールです」
「え? 何それ? そんな怖いアプリあるの?


まだ知らない華代はちょっと引いていた。

「出まわることはありません、自作なので。祖父が機械に強く、その手の講義をする教授でしたので、小さい頃から教えてもらっていました」
「マジすげえよな」

黙っていた黒田が口を挟む。
黒田は正直、疲弊していた。
バカにしてなどはいない。
自分の知らない世界がそこにはあった。
ニュースでは、似たようなことが報道される。
それはまさに、別世界みたいなもので。
現実にそこで起きていると分かってはいても、画面越しのドラマのような感覚が抜けなかった。
ひでえな。最低だな。コイツ頭沸いてんだろ。
そんな言葉が浮かぶものの、自分の周りで起きたことは無かった。
否、知らなかっただけかもしれない。

それが今日、職場の仲間から聞かされている。
どれだけ平和にぬかるんでいたんだろうという悔しさと、被害者への計らいに欠けていたことへの罪悪感、関係ないと思っていたことの後悔が苛む。
黒田だって、安穏と生きてきたわけじゃない。ただのお人好しの健康優良児だっただけで。
誰も責める権利も義務もない。
ニュースで流れているのはごく一部で、日本人人口からしたら被害者もごく一部で。
関わらず生きていく人の方が多い。
寧ろ、関わらないに越したことはない。

だが、元々お人好しな彼は、聞いてしまったら放っては置けなくなる。
だから騙されてしまうわけだ。
それでも、判断できなかった自分が悪いと割り切ってしまう。
優しさ故の淡白。相談されたら本気で考える。ない頭で。所謂、愛すべきバカなのだ。
それが身近な人間ならば、自ら飛び込むほどに。
モテるのは、そんな屈託ない優しさがあるからなのかもしれない。

「でもこのツール、規制掛けてるんです。持ち物から大体の持ち主分かる機能もあって。けど、そっちは七年前から改善出来ないままなんです。下手すると足跡(こんせき)が残ってしまいます。完成までは使いたくなかったんですけどね。祖父を真似て始めて、2年掛かってそのくらいだったんです。それを使わざる得ない事態が発生しました」
「七年前の、その……」
「はい、祖父と両親が殺された事件で、です」
「え? ご家族……が? 」

華代は言葉を失う。
そうだろう。黒田だって最初聞いた時は、動揺を隠せなかったことだ。
しかし、それを淡々と語る蛯名に、寒気さえ覚えた。

「父は1課の刑事で、母は科捜研の一員でした。協力者として祖父も呼ばれた、DV殺人事件。付き合っていた女性を行き過ぎたDVで3名殺害、1名未遂の、です」
「あ、見たことあるわ……」
「言われたら思い出すくらいには、まだ忘れられてはいないようですね」

連日報道され、蛯名の祖父と両親が体を張ったことで早期解決した。
『事件に従事していた、協力者の高山(たかやま)嘉人(よしひと)さん(70)、警察庁1課所属の巡査部長蛯名(えびな)哉耶(かなや)さん(45)、妻で科学捜査研究所員の蛯名(蛯名)尚子(まさこ)さん(43)が、犯人の足止めの際、犯人による不法所持していた銃の銃弾を浴び、殉死されました』的な内容だった。
七年も前だから正確な文面はあやふやだ。
でも、それは表面的な結果だけ。
本当は、そこに蛯名がいた。
そう、現場にいたのだ。

事の発端は、祖父を手伝っていたので、同時に両親をも手伝う形になっていたこと。
通常であれば、蛯名は部外者扱いになる。
教授の助手扱いで、当時高校生だった蛯名は同席していた。
4人が揃って自宅操作会議と称して、犯人の居場所特定をしていた矢先、まさかの犯人乗り込みに対応出来なかった。
何故そこに犯人が現れたのか。

──その時点では誰も知らなかった。

祖父に習い、若さと探究心により、独自の検索でサポートをし、蛯名。
祖父にも内緒で色々な解析ソフトを開発していた。
蛯名は少しでも役立つものをと、模索していた。
残された痕跡はあまりない。
母のいる科捜研でも、被害者女性のものばかりが浮き彫りになっていた。

「皆が隅々まで探したつもりになっていたから、死角が出来たんだと思います。犯人が、付き合う度にアパートを変えていたこと、その部屋をあとから借りた人がいたこと。それが見逃しの原因ですね。複数の無関係な指紋に混ざって……──奏以さんの指紋もあった。あとに借りた方も男性だったから、指紋の少ない奏以さんは除外されたんです。ま、はっきりとは分かりませんでしたが、指紋照合画面で奏以さんのお写真を見たとき思ったんです。事件に関係あろうがなかろうが、彼女の痕跡は残したくないと」

中学生だった自分を助けてくれた恩人が事件の被害者だったらと考えた。

「痣があったことを知っているのは私だけ。家族に話したら警察が保護しようと乗り出すに決まっている。探している内に、犯人が彼女を見つけてしまうかも知れないとおもったら、言えませんでした。──だったら、逃がしてあげたいと思ってしまった。見つからない場所に」

蛯名は、この選択肢に悩んだ。
話していれば、家族は死ななかったかもしれない。
話してしまったら、悠華を危険に晒してしまうかもしれない。
どちらが最善か。

科捜研が再度調べる前に、ひとりで痕跡を消しに行っていた。
携帯に解析ソフトを移植して使用した。
迂闊だったと語る。

「バレないように、学校の帰りに行ったのが間違いでした。まさか……貸出カードを落としてしまうなんて」

図書室にある本の背表紙側見開きにある貸出カード。それがカバンから落ちてしまったことに気がつかなかった。
犯人がそこから割り出して、自宅を見つけるのは容易。

「私はちょうど、トイレに行っていて、席を外していたんです。うちの中が騒がしくなって、知らない男が叫んでいるのが聞こえました。『俺のことをコソコソ嗅ぎ回ってたことは知っているんだぞ! 』と。それと、『悠華はどこだ! おまえらが隠してるんだろ?! 』と。その言葉で、私たち──警察を含め──は気がついたんです。彼も逃げた奏以さんを探していた。下手にすべてのアパートを虱潰しに探したせいで、犯人を警戒させてしまったことに」

そこで、一番可能性の低かった女性が、探すべき女性だったことを知った三人。
犯人の言動はある意味、正しかった。

「貸出カードは決定打なだけで、警戒は既にしていたんです。……隠されていた女性物の下着が出てきたから持ち帰って、科捜研で割り出した犯人の携帯番号を勝手にメモりました。……こう言ったら、わかりますか? 」
「……!? まさかツール? 」
「はい、彼の携帯を遠隔操作で、《覗き見しました。そこに奏以さんのデータがありました。解約しても割り出すのは簡単。たぶん、遠隔操作しているときに彼は携帯を持っていたんでしょう。いつ開くかわからずにいた私の落ち度です。追われていることには気がついていたはずですが、哀しい現代人の性か、持ち歩いていたんでしょうね。電源を切ってでも。……下着取りに来たからバレたんでしょうけど」

若かった、なんて言い訳にもならない。
余計なことをして、三人は死んでしまった。
全部自分のせいだと蛯名はいう。

「祖父も両親もバカではないですから、気がついたんでしょう。貸出カードを突きつけられる前に。でもきっと、私が確証あるものを探しに行った、くらいの認識で。しかし犯人は私を探しにきた。だから……毬衣は出掛けているなんて嘘ついたんです、母は」

犯人に見つかるような真似をして裏切った娘を、愛してるから守った。
ひどいイジメに合っていたことすら、隠し通した娘を。
愛されていたのに、恩人の痕跡を消しに焦ったバカ娘を守って殺された。

「……奏以さんの居場所、突き止めていたのに言わなかったんです。正確には──ネット上でやり取りしました。奏以さんと思わしき女性の、匿名掲示板の書き込みを見つけ出したんです。時期的にも合致していました。行動範囲を鑑みて精査して、個チャに誘い、ネット上のコネを駆使して、科捜研で調べた彼の行動パターン解析を元に、彼に見つからない場所に誘導しました。奏以さんも、私だとは知らないはずです」

蛯名は、銃の発砲音と家族の悲痛な叫びに怯え、すぐに警察に連絡出来なかった。
そのせいで、家族を死なせてしまった。
パニックになる頭を抑えながら、直で父親の上司──桂木警部に連絡した。
すぐに駆けつけたこともあり、犯人は家探しする前に捕まった。

「……これが、7年前の事の顛末です。だから、私が殺したも同然なんです。奏以さんの話をしたのはお二人が初めてです。警部にも言えませんでした」

でも、と続ける蛯名。

「奏以さん、その男に出会う前に他の男性からも逃げてきていたみたいなんです。だから──立て続けに二件、事件が起きました。と言っても、入社される半年くらい前ですけど」

その男と付き合っていたのは、DV男の僅か二年前。

「覚えていますか? 『練炭自殺した男』のニュース」
「あ、確かに。そんな事件があった。いや、流石にピンポイント過ぎるだろ……」
「と、思いますよね? 私もまさかと思いましたよ。どうやって私が手配したアパート──今のアパート──の周辺に現れたのかはわかっていません。気になって現場である、男のアパートに行ってみたんです。……懲りないなって思いますよね。奏以さんじゃないことを祈りながら行ったんです。そうしたら、階段の死角に女性物のハンカチが落ちていたんです。帰って調べたら、一致しました」

知っているから薫を警戒している、そう蛯名は語る。


──不幸体質なのか、そんな男に好かれやすいのか。

誰も預かり知らない事項だ。

そして、彼らは知らない。悠華に新たな脅威が迫っているだなんて。
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