第1話 美少女?に告白されました

文字数 1,927文字

奏以(かない)悠華(ともか)さん、ですよね? 」

仕事帰り。
疲れて帰宅している最中、私は……私好みの美少女に名前を呼ばれ、呼び止められた。

「……え? 」

私好みの容姿、紫のゴスロリ、サイドツインテール。
どれをとっても私が2次元で好きな美少女そのものだった。
……たった一つを除いて。

「あの……僕、貴女のことが好きです。付き合って頂けませんか? 」

更にボクっ娘で、可愛らしい声。
モジモジしながら頬を染めるその仕草まで私好みだった。
しかし、それは2次元だけの話だ。
疲れを癒すには十分だが……。

「えっと、ごめんなさい。私、女なので……」

お友だちになってください、なら大歓迎だが、付き合って下さいは無理な話だった。
だから、断った。
けれど、その子は微動だにしなかったのだ。

「……男性が対象ですか? 」
「まあ、ノーマルなので」

別に同性愛の人たちを否定するつもりは無い。
私がたまたま、恋愛対象が男性と言うだけで。

「……良かったあ」

眩しいくらいの笑顔だった。
何が良かったのかわからない。
断ったのに、立ち去らないのは何故だろう。

━━あれ? どこかで見たことあるような……。

「あ、すみません。僕、鏑木(かぶらぎ)(かおる)って言います。気軽に薫って呼んでくださいね! 」
「か、薫ちゃん、ね」

気軽も何も、初対面なのだが。

「悠華さんって、彼氏いるんですか? 」

これはあれか。付き合えないならお友だちでと言う流れ。
なら、大歓迎だ!

「今はいないかなあ」

付き合ったことがないわけではない。
だが、長続きしない。
きっと私が仕事人間だからだ。

最低限が確保出来れば仕事を優先する。
週に一回デートをするとか、連休はお泊まり旅行に行くとか。
花金に夕飯を一緒にするとか、毎日連絡を取り合うとか。
付き合うって、それでいい気がする。
気持ちがないわけではないし。

でも何故か、すぐに別れることになる。
だから、付き合うことに固執しなくなった。
……結果、未婚のまま三十路を過ぎてしまった。

目の前の子は、十代後半から、盛っても二十代前半だろう。
若過ぎるし、女の子だ。
付き合うには若過ぎるし、同性だし。

━━そう思ったから、私は油断した。

「……なら、問題ないですね」

何が問題ないのかわからない。
彼女は私に近づいてくる。
私は訳が分からず、後退りを始めた。

(なに? 何でこの子、近づいて……)

━━トンッ。

すぐ後ろが壁だということを忘れていた。
……ここは路地裏だった。
残業だったから、近道を更にショートカットしてきたのだ。

━━ドンッ。

壁についた背中に振動が伝わる。
……帰る方向である左側が塞がれていた。
ものすごく複雑な……壁ドンをされたのだ。

━━ドンッ。

右側にも……。

(え? え? どんな状況?! )

私は鞄を抱き締め、パニックになりかけた。
正面を見ると、見上げる形で彼女のキレイな顔があった。
黒い縁のある、薄い茶色い瞳に私が映っている。睫毛長い。
そして、私は確かに身長は低いが、頭一つ分は大きい。
……違和感を感じた。
更に顔が近づき、思わず顔を逸らす。

「……オレ、男なんで。女装趣味だけど中身しっかり男ですよ」

耳元で甘く囁いた声は……、男性そのものだった。
無意識にビクリと反応してしまう。
低過ぎず、まだあどけなさの残る少年の声。
あまりに良い声過ぎて、迂闊にもドキドキしてしまった。
顔が熱くなり、耳まで熱い。
目を開けられない。

(待って待って! 絶対子どもだって! )

冷静になろうと現実的な思考に持っていく。
そして鞄を持ったまま彼を押し、距離を取った。
流石に壁から腕が退かされ、開放される。
再度正面を向くと、目を細め、男性的な視線でこちらを見ていた。

「わかってくれました? 」

よくよく見れば、化粧をしていない。
それでこの美肌はズルい。

私は美人ではないが負けた気がして、さあっと血の気が引いた。
火照っていた頬や耳も正常な色に変わる。

(私はこんなキレイな子に告白されてたの? )

近くで見れば見るほどキレイで。
何だか酷く惨めな気分になり、どっと疲れた。
キッと彼を睨む。

揶揄(からか)うなら、他所(よそ)でして」

そのまま振り向かずに歩き去った。




「……ま、すぐに落とせるとは思ってなかったけど。諦めないよ? 悠華さん」

追い掛けるわけでもなく、形のいい唇を弓形にして、見送った。


━━これは始まりに過ぎなかった、恐怖の。
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